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ラズーン、ジーフォ公分領地西端、パディスよりほぼ真北に当たる灰色塔の地下広間には、錚々たる顔ぶれが集まっていた。
広間中央に置かれた石卓を囲んで、中央玉座の前にラズーン『第一正統後継者』アシャ・ラズーン、その右にセシ公ミダス公、左にジーフォ公アギャン公。ミダス公の隣は『銀羽根』の長シャイラ、アギャン公の隣が『鉄羽根』の長テッツェ。アシャの正面には野戦部隊の長、シートス・ツェイトスが不敵な面構えで座っている。テッツェが座を譲ろうとしたが、野を走る隊には野育ちの掟あり、とのことで一番の下座、けれども背後の戸口に悠々と背中を向けて席を占めている。
じじっと松明が音を立て、わずかに火の粉を散らす。熱気に押し付けられた煙は、ゆっくりと天井を這い、四隅にある通気孔から抜けて行く。
円卓の周りに陣取った16の眼は、今、卓上に広げられた地図に注がれていた。ラズーン全土を描いたもので、紺と緋、各々に縁取られた入り組んだ国々の国境が、明かりにくっきりと浮かんで見える。
「今朝、第1隊がここを発った」
アシャは口火を切った。
「ユーノ・セレディス、『星の剣士』(ニスフェル)を将とし、主力は『金羽根』の長リヒャルティ率いる1隊、他に野戦部隊の面々を加えての200余名、目的はネハルール、レトラデスの軍のラズーン侵入阻止にある。知っての通り、ネハルールのガデロ、レトラデスのレトリア・ル・レ共に『運命』の支配下にあり、その数、およそ850」
「っっ」
ぎょっとしたようにシャイラがアシャを見た。
「加えて先ほど、辺境の視察官より連絡があった。ガデロより新たに300余名が『運命』側に合流、現在『黒の流れ』(デーヤ)に沿って北上中である、と」
「アシャ様!」
「加えて」
耐えかねたようなシャイラの声を、アシャは平然とした一言で抑えた。
「アギャン分領地の『白の流れ』(ソワルド)に沿って、シダルナン、モディスンが一軍を率いて同じく北上中、その数、1500余名」
「同時、か」
ジーフォ公が険しい顔で呟いた。セシ公は既にこの情報を知っていたのだろう、冷ややかな微笑を崩さす、じっと地図を眺めている。
「双方の最終目標は、『太皇(スーグ』おわす『氷の双宮』陥落にあると思われる……が、気になるのは動かない連中だ」
アシャは淡々と戦況の説明を続けた。
「スォーガを挟んでだが、べシャム・テ・ラのベシャオト2世、クェトロムトのシーラ・クェトロムトが未だに動いていない。軍を組織していないわけではなく、1200余名ほどが待機中と思われる」
「肝腎のギヌア・ラズーンはどうしています?」
ミダス公が控えめに口を挟んだ。
「ギヌアの気配は……ない」
アシャは目を光らせた。
「ない?」
「ギヌアばかりか、現在動いている軍のほとんどが一般人、『運命』の主力部隊が見つからない」
「どれぐらいの規模です?」
シートスが黄色の虹彩をゆっくりアシャに向ける。
「『運命』のみの構成で、ギヌアを将とし、数はおそらく……800~1000」
「…なかなか面倒な内容ですな」
シートスは溜息混じりに肩を竦めた。
「アシャ殿、どうお考えですか?」
アギャン公が恐る恐る問いかけた。目元にかかる髪の後ろから、アシャは静かにアギャン公を捉える。
「囮、かも知れない」
「え?」
「我々はジーフォ公の空きに上手くレトラデス達を引き込んだつもりだった。が、ギヌアはそれを見越していてレトラデス達を捨て駒にし、もう一方のシダルナン、モディスンで陽動作戦を謀って、その隙に主力部隊で一気に『氷の双宮』を叩こうというつもりなのかも知れない」
「手痛い…」
テッツェが独り言のように呟く。
「いずれにせよ、こちらには手駒が少なすぎる」
「そして或いは」
アシャはことばを継いだ。
「囮でないかも知れない」
「…と言いますと?」
ミダス公が尋ねる。ちらっと、セシ公が髪を耳に掛け直しながら、ミダス公を見た。
「ギヌアは本当に、ジーフォ公の空きに釣られたのかも知れない。レトラデス達は捨て駒ではなく、有力な一隊なのかも知れない。この勝敗こそが戦局を決定するのかも知れない」
「…当たってみなければわからぬ、ということか?」
ジーフォ公が眉根を寄せた。
「しかし、それでは『星の剣士』(ニスフェル)達は、まずくすると無駄死にすることになる」
「仕方ないでしょう」
セシ公がさらりと受けた。
「どんな戦でも捨てる隊があって活路が開ける。リヒャルティもただの阿呆ではない。かなり手応えのある『捨て駒』となるでしょうね」
「失礼ですが、アシャ・ラズーン」
腹に据えかねたらしいシャイラが口を出した。
「『星の剣士』(ニスフェル)、いや、ユーノ様は、それをご存知でしょうか」
「いや、知らないはずだ」
セシ公が答えた。薄い笑みを漂わせ、
「捨てる駒に運命を教えておくわけにもいくまいよ?」
「……あなたを…見損ないましたよ、アシャ・ラズーン!」
憤然とシャイラが席を立った。
「そんなに簡単に将を見捨てて、何が稀代の軍師だ! ユーノ様がお可哀想です!」
「シャイラ!」
「失礼いたします。御用があれば、お呼び下さい」
ミダス公の制止を振り切り、シャイラは足音高く部屋を出て行く。
「……若いのに似合わず大したものだ」
シートスが呟く。訝しげにミダス公が振り返るのに苦笑して、
「いや、若いのにあそこまで意見を通せると言うのは、大したものだと言っているのです。若いから、と言うべきかな」
「ミダス公」
「アシャ殿!」
呼ばれて、ミダス公は深く頭を下げた。
「配下の失礼を深くお詫び申し上げます」
「構わない。私も昔はそうだった、からな」
苦笑混じりにアシャは続けた。
「それより、シャイラには『銀羽根』『銅羽根』を率いて、シダルナン、モディスンに当たってもらわなくてはならない。落ち着いたら知らせてくれ」
「かしこまりました」
ミダス公は大きく頷いた。