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ラズーン 6  作者: segakiyui
7.ミダスの裏切り
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3

「ちいいいっ」

 鋭い舌打ちを響かせた大柄な男は、怯えた目で慌てて店じまいを始める主人を横目に、手にした品物を小脇に抱え、恐慌を起こしてあちらこちらへ走る人の波を縫った。

「『運命リマイン』が…!」

「影が迫ってるってよ!」

「化け物がいるぞ!」

「もう『壁』の中に…!!」

「『太皇スーグ』は何を為さってるんだ!」

 口々に叫んで逃げる人々が、壇上の男のことばを思い返すに、そう時間はかからないはずだ。不安は今や明確な恐怖となり、『氷の双宮』に対する無知と畏敬は、不信と疑惑、得体の知れないものへの憤りに育ち始めた。

「何て事をしやがる」

 大柄な男、イルファはぼやきながら、大股に道を急いだ。このままでは例えミダスの公邸とは言え、安全とは言い切れまい。彼はそこに大事な仲間を2人、残してきている。

 急ぎ足に戻ってきた屋敷が、出てきた時と同様の静けさに包まれており、周囲に人が集まってくる様子もないのにほっとした。群衆はまず自らを守る方向に走ったらしい。各々の家で、各々の家族に今必死に見てきたものを語っているのかも知れない。

 イルファは入り口に控える緊張した表情の兵士に軽く頷き、扉を開けた。平和な治世、剣もあまり持ち慣れていないのだろう、急ごしらえの見張りは疲れた表情で礼を返し、イルファを見送った後は、再び外界へ続く扉へ目を戻す。

「イルファ!」

 奥へ通ると、どこか不安そうに佇んでいたレスファートが彼を見つけて走り寄ってきた。穏やかな日差しに髪をきらめかせ、イルファを見上げる。透ける淡い色の瞳が、探るようにイルファを捉えた。

「どうした、レス?」

「…ううん、なんでもない」

「アシャは?」

「まだ…目が覚めない……レアナ姫がずっと付いているけど…」

 イルファの問いにかぶりを振り、それでも緊張を隠せない様子で応じた。レクスファの第一王子、人の心象風景に敏感な少年が、外の混乱を気づいていないはずはない。だがレスファートもただ徒に旅をしてきたのではない、己の不安が泣いて訴えれば消え去るものではない事を、薄々察しているようだった。

「…そうか」

 イルファは頷いて、体を寄せてきた少年の頭に己の手を乗せた。本来ならば不敬だろうが、ぽんぽんと優しく思いやりを満たして叩き、

「大丈夫だ」

 見上げた瞳に笑う。

「きっと、何もかもうまくいく」

「……うん」

 子どもながら、イルファの苦しい慰めを感じたのだろう、小さく頷いて、レスファートはにこりと笑って見せた。

「外はどう?」

「…なかなか派手だな」

 伝えたものかどうか悩んだが、おどけて肩を竦めてみせる。

「化け物屋敷へ行きたかったら言えよ、タダで『かなりのもの』が見られるぞ」

「やだ! イルファ、消して!」

 心象を思わず読んだのだろう、レスファートが青ざめて声を上げる。

「そんなの、ぼく、見たくない!」

「ああ、悪かったな」

 イルファも見せたくはないが、遅かれ早かれ直面する羽目になるかも知れない。奥歯を噛み締めると、

「…それよりも、ぼく」

 ためらいがちにレスファートは呟く。

「ユーノに…会いたい」

 声の切なさに胸が詰まって、イルファは返すことばもなく、再び不器用に、いささか強くレスファートの頭を叩いた。憤ることもなく、自分が零したことばの苦さに気づいたのだろう、頼りなく眉を寄せてレスファートが俯く。

「…ごめんなさい」

「謝ることはない」

 ぐ、っともう一度、奥歯を強く噛み締めて、イルファは話題を変えた。

「セシ公はどうしてる?」

「広間にいる…東からの使者、ジットーと言う人に会っているよ」

「ジットー?」

 ジットーとは確か『銀羽根』の伝令、今頃はユーノと共に東の戦線をかけているはず、その男がなぜ。

(まさか…本当に東が…)

 不吉な予感に、イルファは広間の方へ目を向けた。

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