表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 6  作者: segakiyui
7.ミダスの裏切り
61/88

2

「時は来たのだ!!」

 ラズーンの街角、木箱の壇上で1人の男が叫んでいる。

「今こそ真実を知り、救いを求めるべきだ!」

 ぼさぼさの髪、白い衣、如何にも修行者風の容貌、だが、瞳が妙に虚ろで昏い。

「『氷の双宮』にこそ、その救いはあるはずだ、なぜなら、あそこに『太皇スーグ』が居るのだから。だが、その『太皇スーグ』は何を為さっているのか、これほど人心が惑っているのに、姿も見せて下さらないとは何事であろう!」

「そうだ!」

「『太皇スーグ』はどうしたんだ!」

 頃合いを見計らったように、男の前に集まった群衆の中から声が上がった。よく見れば、その男達も木箱の上に居る男同様、どこか不吉な、ものに憑かれたような眼をしているとはわかるだろうが、並み居る群衆は辻説法に心奪われ、合いの手の巧みさに気づかない。

「『太皇スーグ』は我らを見捨てられるのか?」

「我らは見捨てられたのか?!」

「『太皇スーグ』は何を為さっているのだ!」

「そうだ、何を為さってるのだ!」

「そもそも『太皇スーグ』とは何を為さっている方なのだ?!」

「何の為に、あの『氷の双宮』に籠もられているのだ?!」

 男達の掛け合いのような叫びが続く。

「……そういや……そうだな…」

「『太皇スーグ』って……王様だよな……?」

「けど、何を…してくれてるんだ?」

「赤ん坊にミルクをくれるわけじゃないし」

「俺たちに給金をくれるわけでもないし」

「どうして…『氷の双宮』にいるんだ…?」

 巧みに扇動された群衆がこそこそと囁き始めるのを、近くの店で買い物をしていた大柄な男が、品物を受け取りながらじっと聞いている。

「そもそも『氷の双宮』とは何なのだ? 『太皇スーグ』はなぜあそこに籠られるのだ、これほど世の中が不安定な時に?」

「何かあるのか?」

「何か、あそこにはあるんじゃないのか?!」

 2人の仲間が、辻説法の男の問いを煽り立てる。

「何か…?」

「何かって……何だ?」

「そりゃお前、こんな戦だの何だのって言ってる時だから……身を守れるものじゃないのか?」

 人々の囁きが不信を含む。

「武器か?」

「…おい…何かひょっとして……途轍もない武器じゃないのか?」

「武器だとしても、どうするんだ?」

「なあ、おい、俺達にそんなもの、ねえぞ」

「けど、ラズーンの『壁』があるから…」

「聴きたまえ、諸君!」

 壇上の男は一層声を張り上げた。

「私は諸君の知らないことを知っている、だから警告するのだ!」

「それは何だ?!」

「教えてくれ!」

「そ、そうだ、教えてくれ!」

 煽る声の尻馬に、1人が乗った。

「諸君……ラズーンは今、最大の危機に晒されている」

 壇上の男は不意に声を低めた。しん、と静まる群衆に、

「『運命リマイン』と言う謎の軍が攻めて来ているのだ」

「え…?」

「何…?」

「っ」

 買い物をしていた男はぎくりとしたように、壇上の男を振り返った。大柄な男に全く気づかない様子で、壇上の男は冷淡とも言える平坦な声でことばを継いだ。

「諸君も聞いたことがあるはずだ。夜を走る黒い影の噂を。月夜に猛る野獣のような声を」

「影…」

「…そういや…」

「けど…『壁』はあるぞ!」

 別の男が反論する。

「ラズーンには『壁』がある!」

「『壁』が絶対なのか!」

 被せるように壇上の男が言い放った。

「現に、西の『壁』ぎりぎりに『運命リマイン』が攻めてきている。セシ公配下の『金羽根』の働きがなければ、とっくに『壁』は突破されていただろう。今や東にも『運命リマイン』は迫っている。『銀羽根』『銅羽根』の守りは、先日ついに崩れたと聞く」

 壇上の男は硬直したように立ち竦む群衆に、依然、低いが人を威圧する声音で語りかけた。

「明日にも『運命リマイン』は東の『壁』に達するだろう。誰が守りに着けよう、この動乱の時期に? 東が崩れれば西も崩れ、ラズーンは遠からぬ先に滅するだろう……守り堅き……『氷の双宮』を除いては」

 男のことばが人々の胸の奥に沈むまで、数瞬の間があった。

「滅ぶ…?」

「この…ラズーンが…?」

「け、けれども!」

 先ほどの男が再び反論を試みた。

「まだ『壁』は崩されていないぞ!」

「『壁』…だと?」

 初めて壇上の男の唇に、うっすらと禍々しい笑みが広がった。人々が笑みに気づく前に、綻んだ男の口元から嘲笑に似た嗤い声を伴って声が零れる。

「『壁』などどこにあるものか……『我ら』…『運命リマイン』にとって!!」

 同時にかっと男の口が上下に避けた。閃いた手が黒剣を握り、柄まで通れと己の腹に突き立てる。鈍い音を立てて黒に近い紅の血飛沫が噴き出し、男のすぐ前にいた人々に降り注いだ。

「ぎゃっ!」「ひいっ!「きゃあああっ」

 劈くような絶叫、息を引く音、喉に詰まった呻きが一瞬にしてあたりを満たし、街角はいきなり混乱と暴徒の巷と化した。その中でずるずると崩れ溶けていきながら、修行者風の人間を装っていた『何者か』が、聞くに耐えないけたたましい嗤い声を上げる。

「逃げても無駄よ、すでに『運命リマイン』はお前達の隣におるわ!!」

「きゃあ!!」「うわああっ!!」

 ぶしゅっ…ぶしゅっ…と、同様の、液体の詰まった皮袋が一気に生温かい中身を噴き上げる音が、逃げ惑う群衆の中から聞こえた。それは、今の今まで男の辻説法に賛同の声を上げていた男達、1人はやはり短剣で己の首を掻き切り、もう1人は突いた胸をどす黒い朱に染めて倒れる。地面に倒れた後は腐臭を放ち、どろどろとした肉汁となって流れ広がっていくのを見たものが、吐き戻し気を失って倒れていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ