表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 6  作者: segakiyui
6.東の攻防
59/88

10

「…シリオンか」

 ふっと部屋の隅でいきなり形をとった気配に、ギヌアは目を開けた。半裸の体を起こし、乱れた白髪を掻き上げながら、相手を見つめる。

「は」

 低い声が嗤いを含んで響き、上げた白い顔が闇の中でにんまりと歪んだ。濡れた朱い唇が勝ち誇ったように動く。

「吉報を」

「話せ」

「ラズーンの東、崩れました」

「…何?」

 黒衣を羽織りかけていたギヌアの手が止まった。訝しくシリオンを振り返る。

「『銀羽根』の撤退を装った策、『穴の老人』(ディスティヤト)が戦いに加わったことで、戦局は我が方に有利に傾きました。追い討ちをかけ、『銀羽根』は『白の流れ』(ソワルド)の東で撃破、現在我が軍はラズーンの東へと迫りつつあります」

「『銅羽根』アギャンはどうした?」

「『泥土』に詰められ身動きできない状況、何れにせよ、あの位置からでは東の守りにはつけますまい」

「しかし、東へはユーノが『泉の狩人』(オーミノ)を率いて出るということだったが」

「未だその影もないところを見れば、『泉の狩人』(オーミノ)の説得に失敗したと思われます」

 シリオンの朱い唇が、一層禍々しく笑み綻んだ。

「時は来ました、今こそ中央の攻めに出る時…」

「…が、『氷の双宮』にはアシャが居る。迂闊には動けまい」

「アシャ・ラズーンなら……今や死の床におります」

「…何っ…」

 ギヌアの顔が一瞬強張ったのを、シリオンはどこか冷ややかに眺めた。

「お喜び下さいますでしょうな、ギヌア様? ジュナ・グラティアスがリディノ・ミダスを使って毒を盛り、アシャはまんまと引っ掛かったという次第…」

 シリオンは奇妙な笑みを浮かべた。

「我らが『運命リマイン』の長殿は喜んで下さるのでしょうな…?」

「何が言いたい、シリオン」

「いえ…夜伽の相手に重ねられるなら構わぬこと、が、戦にあっては、事と次第によっては我らの運命までも揺るがす…」

「…シリオン」

 顔を強張らせていたギヌアは、不意に薄い笑みを浮かべた。

「攻めぬ、と言えば満足か? アシャが死の床にいるのなら攻めるに忍びぬと命じれば、お前は納得すると言うのか?」

「…違う、と言われるのか?」

「私は動かぬ」

 ギヌアの答えに、やはりと言いたげな表情でシリオンの眉が上がった。自らを嘲笑うような皮肉な微笑に唇を吊り上げる。だが、その笑みは続いたことばに、意外そうな表情に溶けた。

「私は、な。まだ私が動くのは早すぎる」

「…と言われると?」

「『眼』に伝えよ。ラズーン内部から揺さぶりをかけろと。これまで己の生活にぬくぬくと浸っていた輩に、『運命リマイン』に攻め込まれる恐怖をじわじわと教えてやれと。流言、噂、あらゆる手段を通じて、あの外壁の中にいる平安に安心しきっている奴らに、不安を刻みつけろと。『氷の双宮』と『太皇スーグ』の存在を疑わせ、あの中にこそ人々を守る手立てがあるのに、それを自分達の王が独り占めにしていると思わせるのだ…………自分達の生活というものがどれほど脆いものか、それを知って動揺し始めた人間を襲うのと、『氷の双宮』があると絶対の安心に立つ人間を攻めるのと、どちらが御し易いと思うのだ、シリオン」

「…ギヌア様…」

「言ったはずだ。世を制するのは『運命リマイン』のみと。それ以上もそれ以下もない。始めも終わりも全ては『運命リマイン』の下においてこその生、それを望むと」

「…お許しを」

「甘いぞ、シリオン」

 ギヌアは頭を下げるシリオンに背を向けた。

「『運命リマイン』に降りた時から、私の頭は己の未来で手一杯、敵の身を思う余裕なぞない」

「では…早々に」

「うむ。しかし…リディノ・ミダスか…」

「は…『父娘揃って』宿命(定め)は『運命リマイン』にあったようでございます」

「生まれ間違いおった、な」

「御意」

 低い嘲りの嗤いとともにシリオンが気配を消し、ギヌアはもう一度ゆっくり振り返った。

 その眼には今までの紅蓮の焔を思わせる激しさはないだろう。或いはひょっとして、暗く頼りない、誰かの姿を恋うような色に染まっていたかもしれない。

「死の床に…いるのか、アシャ」

 薄く微笑む。

「まだ死ぬなよ…私が側に行くまで………お前の息の根を止めるのは……この私だ…」

 掠れた囁きは甘い翳りを含んで、夜闇に吸い込まれて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ