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ラズーン 6  作者: segakiyui
6.東の攻防
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6

「それが、私に出来る、唯一つのことだから」

「!」

 びくっと、なぜかミネルバが体を震わせた。

(そうだ、これが私に出来る唯一つのことだ)

 気負うのではない。己こそがと誇るのではない。見捨てられても見切られても、ユーノがユーノとして生きる為に出来る、これが唯一のことなのだ。

「……?」

 不意にミネルバが馬を降り、ユーノはきょとんとした。こちらへゆっくり歩み寄ってくる、水色の衣の、長身の美女の姿を訝しく見つめる。

「剣を…納められよ……聖女王シグラトル

 深く哀しい響きを宿して、ミネルバは囁いた。ユーノを見下ろす暗い眼窩の奥に、たゆとうような淡い光が瞬いた、と見えた。

「遥か……昔……同じ言葉を聞いた」

 見上げるユーノに、優しく諭すように、

「我らは愚かだった。功を焦り、出陣し、味方に滅亡をもたらし……万に一つの生きる望みもないと思えた。が、聖女王シグラトルは……いや、聖女王シグラトルだけが諦めていなかった。愚かな我らのために、万に一つの奇跡を呼ぶべく、敵地へ出立された」

 それは、ラフィンニから聞いた、『泉の狩人』(オーミノ)の伝説だ。

「供を志願した2人の部下がいた。1人を『死の長』、もう1人を『生の勇者』と称していた。聖女王シグラトルは『死の長』に待つことを命じ、『生の勇者』と共に敵地へ出、その身はついに故郷に帰らなかった。彼の地で敵に嬲り屠られ……代わりに滅亡を救う秘薬を『生の勇者』に託し……。だが、『生の勇者』は滅亡から生き延びることを欲する余り、故郷に帰り着く前に秘薬を口にし、『狩人の山』(オムニド)でこそ初めて制御できるその力に操られるまま、人の世の闇を跳梁する魔となった…」

 ミネルバは微かに自嘲を含ませて嗤った。

「悔いてはおらぬ……とか? 『太皇スーグ』にも『氷の双宮』にも仕えぬのは、ただ聖女王シグラトルこそ我が主と思うせいではないのか? 長き年月、帰らぬ長を恋い、一人生き延びることしか考えられなかった己を恨み……。夜毎に『運命リマイン』を狩り、仲間から恥知らずな『魔』と嘲られることなぞ痛みのうちに入らぬわ。長を追い詰めた己の不甲斐なさ、闇の『魔』として人を狩り、おぞましいもの呪われるべきものと蔑まれ、切り刻まれて死ぬるその時こそ、我が長の元に行ける……と思い詰めておったのに……なあ?」

 ミネルバの声はひどく頼りなく、吹雪の音に混じった。

「そなたのことをアシャから聞き、姿を見もし……ラフィンニがいくら聖女王シグラトルと祭り上げようと所詮は人間、彼の地に散った長は帰らぬと意地を張っておったのに………まさか、そのそなたの口から、あの日の長の言葉を聞くとは、なあ……。まこと……ラフィンニは待つことを命じられただけある、見事、聖女王シグラトルを探し当ておった…」

「ミネルバ…」

 膝を折り、跪く相手を、ユーノは困惑して見守った。頭を垂れ、ミネルバがことばを重ねる。

「今度こそ、長よ……私を置いて行かれるな。伴に死ねよと命じられよ。既に『魔』と化したこの身、この上、何の汚名があろう?」

 ユーノは微かに震えた。

「ミネルバ……来てくれるの?」

 人を超えた力を放つ、この『泉の狩人』(オーミノ)一人で、どれほど戦局が変えられるか。

「…ああ」

「私と一緒に?」

「どこへなりと」

 夢でも幻でもない、確かに相手はユーノと共に戦場へ戻ってくれる気なのだ。だが、喜びに走り出しそうな鼓動を堪え、ユーノはもう一歩踏み込んだ。

「では…」

 息を吸い込んだ。

「まず『泉の狩人』(オーミノ)の神殿へ。そして東へ……『穴の老人』(ディスティヤト)が待っているから」

「ほ、ほほ」

 ミネルバは顔を上げて、軽い笑い声を立てた。

「これは楽しみ、昔馴染みじゃな」

「それから…」

 明るい気配は、続いたユーノのことばに再び強張る。

「一つ言っておく。死ぬ為に行くんじゃない。それを忘れないで」

 しばらく沈黙したミネルバは、

「………長が」

 掠れた声で応じた。

「存命ならば、やはりそうお叱りになっただろう…そなたは『生の勇者』(ミネルバ)のはず…と。……ユーノ」

「わ!」「あ!」

 ひょいと軽々、ユーノに続いてジノを馬の背に乗せる。自らは降りたまま、手綱を持って嬉しそうにユーノを振り仰いだ。

「振り落とされぬようにな……少し急ぐゆえ」

「わかった」

 ユーノ短く答えて唇を閉じた。


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