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『アシャ…』
遠い闇で呼ぶ声がする。
『アシャ…』
いや、呼んではいない。何かを伝えようとしているのだ。
『アシャ…私、行くよ』
声には優しい聞き覚えがあった。遥か太古、この体が形を取る前から待っていたような、どこか懐かしい、どこか温かい、心に沁みる声……己の心を震わせる唯一人だけが出せる声。
(ユーノ…)
声の持ち主に気づいたアシャは、甘く切ない想いで呼びかけた。
(どこへ行く? …俺から離れて…?)
いつもいつも、この腕をすり抜ける聖少女。ひたいに『聖なる輪』(リーソン)、腰に水晶の剣、『星の剣士』(ニスフェル)の名を花冠に、一人荒野に『白い星』(ヒスト)を走らせて。
(どこへ行く? ……俺を残して……)
行くなと叫びたかった。側に居てくれと懇願したかった。抱き締めて、抱き竦めて、捕まえられるものならば幾重にも包み込んで身動き一つさせたくない、その想いをどれだけ殺し続けたことか。
けれども、そのアシャの想いを知った上でからかってでもいるように、運命はアシャからユーノを引き離し続けた。伸ばすこの手に気づきもせず、ユーノは身を翻す、少女の身には潔すぎる魂を鮮やかな生き様で燃え上がらせて。アシャの心を魅きつける、目も眩むほどの炎となって。
行くなと言っても無駄だろう、あの魂は駆けることしか知らないのだから。側に居ろと言っても虚しいのだろう、あの魂はアシャを拒み、男とさえ見ていない。
(ならばせめて、俺を連れて行け)
お前の駆けるところならば、紅蓮の炎の中も氷の闇も駆け抜けて見せよう。疲れ切った夜には一滴の露となってお前を潤そう。草の寝床の代わりにお前の体を温めよう。そして、心淋しい夜があるのなら、もし万が一誰かの姿が必要ならば、その誰かの身代わりとなってでも、お前の心を慰めよう。
だから、ユーノ。
だから。
(俺を置いて行くな)
『アシャ、私、行くよ』
(ユーノ!)
繰り返す声の非情さにアシャは身悶えた。
(無駄なのか? 俺では駄目なのか?)
西への戦い、一人出陣して行くユーノ、傷ついて疲れ果てて、パディスの遺跡で、長丈草の中に埋もれて……抱き上げたアシャの腕を拒んだユーノ……アシャを見上げたユカルの激しい瞳は恋敵への怒りを含み、腕の中のユーノはその唇でユカルを呼んだ。
(ユーノ……ユーノ…)
恋しさに心が勝手に悲鳴を上げる。
アシャ達は長い旅をしてきたのではなかったのか。互いの背中を合わせて敵から身を守り、互いの胸を合わせて一つの願いを育てたと思ったのは、アシャの一方的な想いだったのか。ユーノはアシャのことをただのラズーンへの道案内、所詮は付き人の1人としてしか見ていなかったのか。誰よりもユーノに近しいと思ったのは独りよがりの妄想だったのか。
『アシャ、私、行くよ』
(ユーノ!!)
アシャの心に熱い叫びが溶け広がった。