2
非情な戦の前にこんな泣き言を口にする者を、ユーノは黙って聞いていてくれる。
だからこその懺悔だ。
ジノはリディノの変化に気づいていた、気づいてはいたが、それよりもいつしか、ユーノの振る舞いに魅かれていた。主人を取り違えていた暗愚、それがジノには許せない。
「拾われて今日まで、姫さまのために生きてきて……なのに、肝心のところで、私は何一つ……何一つ……姫さまのお役に立てませんでした」
今になって思う。
あの時、差し出がましいと怒られようが、二度と口を聞いてもらえぬようになろうが、たとえその場で非礼を咎められて死を命ぜられようが、どうして一言、リディノに本心を問い質さなかったのか。一番近くに居て、一番リディノのことをよく知っているはずの自分にリディノが見えなくなった時、どうしてその原因を考えようとはしなかったのか。
リディノは迷っていたはずだ。何度も己の心を確かめていたはずだ。その迷いに、例え光は投げかけられなくとも、どうして一緒に手を取り、共に迷ってみなかったのか。
後悔しかない、ただただ全ては後悔でしかない。
「ですから……ユーノ様」
あの男を殺すことを封じられたのなら、ジノにはどこにも行き場がない。己の心のやり場がない。戦いの中でしか、その己を忘れられない。
「ジノ……死ぬ気だね?」
「……」
「ジュナを殺して自分も死ぬ気だったね? それが駄目だから……私についてきて、東で死ぬ気だね」
ジノはぼんやりと考える。
それのどこがまずいのか。行き場がなくて役立たずの配下ならば敵とともに倒れれば良い。それが叶えられないのなら、ラズーンにとってかけがえがなく、リディノもまた大事にしており自分も気持ちを寄せられる人の為に死ねば良い。せめてユーノの盾になり剣になって砕ければ良い。
それぐらいしか意味がない。
ジノの命は意味がない。
「…見損なうなよ」
「…?」
不意に、ユーノが冷ややかな怒りを満たして言い放ち、ぎょっとした。慌てて涙を手の甲でこすり取り、ユーノを見上げる。見下ろす黒の瞳が激しい憤りに燃えているのに戸惑った。
「ユーノ…様…?」
「私が東へ出るのは、死ぬつもりで行くんじゃない。むざむざ何千もの兵を無駄死にさせに行くんじゃない」
ユーノのことばがわからない。
瞬きしながら、必死に聞き取ろうとする。
「死ぬと決めて、何のための戦いだ」
自分に言い聞かせているようにも響く声だった。
ジノは思い出す、西への囮と知っても、ユーノは怯んでいなかった。万分の1、億分の1の勝利に賭ける情熱で、ただ一瞬見えた生への出口を押し広げて突破口として戻ってきた。
「あなたが死んだら、ジュナは誰が殺す? 放っておくのか、あの男を」
ユーノのことばが、もう一つの意味を含んで聞こえた。
『私が死んだら、アシャは誰が守る? 死なせるのか、愛しい人を』
(ああ、そうだった)
胸の底から湧き上がってくる何かに目を閉じる。
(この人は、そういう人だった)
一人を守るために、己の全てを投じて運命を駆け抜ける、それこそ後悔さえも力にして。
(立ち止まるな、進めと背中を押す人だった)
「…ユーノ…様」
ゆっくりと目を開く。
そうだ足りない、ジノにはまだまだ全く覚悟が足りない、後悔に己を浸して遊んでいるような生ぬるさだ。
そんな盾が、何を守れる。
口元がなぜか綻んだ。
「もう一度……お頼みいたします。私を是非お連れ下さい」
「…なぜ?」
ユーノが微笑む。ジノの答えを知っているように。
「生きて…行くために」
答えた瞬間、ジノの体を熱い顫えが走った。