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「はい……こちらをお向きになって下さい」
「ジノ…」
「手を上げて」
「もういいよ」
「駄目です」
決まり悪そうな表情で言いなりになっていたユーノに、ジノはきっぱりと首を振った、
「もう少しお待ち下さい」
「だってジノ…私は夜会には出ないんだし、ただちょっとアシャに話したいことがあるだけで…あつっ」
「っ」
絹のリボンを結びかけていた手を止める。
「傷が痛みますか?」
「いや…」
ユーノは眉をしかめたままだ。そっと相手を覗き込むが、気丈そうな表情に吐息をつき、リボンを解いた。
「金鎖にしましょう、軽いものなら大丈夫でしょうし」
「ジ、ジノ…」
「駄目、です」
弱り切った顔のユーノにちらっと笑みを零す。左肩の薄物を止めた金細工に細い鎖を絡め、腕を幾度か巻いて手首の華奢な金細工の腕輪に繋ぎながら、
「広間には他国の姫君もいらっしゃる……噂に名高い『氷のアシャ』を一目見ようと」
「だから、私はなおさら…」
「なおさら」
夜会に出る気はないと言いかけたユーノの前に膝を突き、腰を留めた鈍色がかった金の帯を直し、ジノはあっさりユーノのことばを封じた。
「あなたを他の姫君に見劣るような姿で出したくない」
言い切って眩くユーノを見上げる。
事の起こりは、戦時中の夜会、シャイラの戦死などという数々の腑に落ちない出来事の次第をアシャに確かめようとしたユーノが、廊下でばったりジノに行きあったことにある。
ユーノの格好は黄みがかった白の簡素なチュニックに茶色の革ベルト一本、髪は寝起きをとりあえず整えた程度、どこへ行くのかと尋ねたジノはユーノの目的を知ると、さっさとこの小部屋に連れ込んだ。嫌がり抵抗するのも何のその、そこはリディノを言い含めてきた経験もあり、あれよあれよと言う間にユーノを着替えさせてしまった。
ジノの苦労は鮮やかに実って、今目の前に立つユーノは、薄紅の前合わせの長衣に白銀の薄物を重ね、広がった襟は金細工の胸飾りで、腰は金帯で留め、薄物一枚の左腕には鎖を絡みつかせ、ひたいに小さなメダルを下げ、絡む鎖を焦げ茶の髪に見え隠れさせながら後ろへ回している。
本来ならば長衣は首から肩までを露出させる仕立て、袖も右袖のみが長く、腰から下は波打つ裾を合わせただけで動けば脚が見え隠れする形だったのだが、ユーノのたっての頼みで重ねた薄物が、逆に細い首筋に妖しい翳りを与え、傷ついた左腕に絡んだ金鎖とともに、囚われの悲劇の王女のような儚い甘さを醸しているとは気づいていまい。加えるならば、身動きするたびに割れる長衣から見える素足に薄物がまとわりついて、傷が見えないばかりか、微かに浮遊しているようにさえ見える。無理につけさせたメダルは瞳の強い輝きによく合い、姿は少女のものなのに、戦神の娘とはこのような者かと思わせる、不思議な威圧感がある。
ジノはユーノの仕上がりにすこぶる満足だった。
「…お綺麗です」
大きく息を吐く。
「これならば、どちらの姫君とても見劣りはいたしません」
(ひょっとすれば、姫さまよりも)
胸に響いた声をそっと押し込める。
「ジノ」
「はい」
恥じらった罵声が飛んでくるかと思ったのに、ユーノが静かに問いかけてきて、ジノは訝った。見下ろしてくる黒の瞳が深い輝きを宿しているのに、無意識に体が竦む。
「なぜ、リディノの側に居ない?」
「っ」
ジノは体を硬くした。
ユーノの問いの意味はわかっている。ジノが本来飾るべき相手はリディノ、ただ一人の想い人とまで気持ちをかけたアシャが出席する宴にリディノが出ないはずはなく、それならそれで今頃ジノはリディノの身支度に忙しいはずだろう。
「姫さまは…」
ジノはユーノの視線を避けて、向きを変えた。脱がしたチュニックを畳みながら、
「既に宴に出ておられます。お支度は…」
「あなたがしたんじゃ…ないんだね?」
ジノは動きを止めた。
背中から穏やかにユーノの声が響く。
「レスが言っていた。リディノが出ていて、ジノはいない、と」
「…私には、姫さまのお気持ちがわかりません」
声は低く、掠れた。
「以前なら、必ず私を呼ばれて、お支度をさせて下さったんです。宴で詩を歌え、と命じられることも多く……けれど…」
『ジノ!』
脳裏に無邪気に目を細めるリディノの笑顔が広がって、胸が詰まる。噴き出しそうになる、どうなさったのですか、姫さま。一体何が起こっているのですか、あなたに。
「今度は私をお呼びになりませんでした……姫さまはもう…」
口に出しかけたことばを首を振って掻き消した。
「それに…私には納得のいかないことがあります」




