表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 6  作者: segakiyui
4.2人の軍師
32/88

4

「戦況は?」

 ギヌアがシリオンに問いかけていた頃、アシャも同じく帰り着いた伝令、ジットーに尋ねていた。

「は…っ」

 疲れ切った表情、目の前に置かれた飲み物にも手を付けず、ジットーは俯いた。

 ミダス公屋敷の一室、開けた窓から風がゆっくりと渡っていく。

 部屋に詰めているのはミダス公、イルファ、アシャ、それに急を知らされ灰色塔ガルン・デイトスから戻ってきたセシ公、シートスの顔もある。そのどれもが、伝令の話が進むにつれて、重苦しく沈んでいった。

「…それで、私が伝令に発った時にはシャイラ様の姿が人波に呑まれ……兵が崩れるのがわかりました……もはやどうすることもできず……ラズーン外壁を目指し、散り散りに逃げるのが……精一杯で…」

 ジットーは喉を詰まらせことばを切った。

 戦況は悲惨だった。

 どこでどう漏れたのか、『銀羽根』『銅羽根』の動きは悉く敵に読まれ、進退窮まったところを力で抑えられた。元々圧倒的に数で劣る『ラズーン』軍が策を読まれて勝てるわけもなかった。

「負傷者、行方不明者……合わせて半数は越え…」

「どう…なされます」

 ミダス公が遠慮がちに問う。半眼になったアシャは低い声で、

「東の手配りは私の失策だ。だからと言って、このまま何もしないわけにはいかない。……東へは私が出よう、残った『羽根』を率いる。何としてもラズーンに攻め込ませるわけにはいかん」

「アシャ…」

「その間、ここの守りはイルファに頼みたい」

「うむ。任せておけ」

 ようやく出番が来た、と嬉しそうにイルファは請け負った。体を持て余して、時折兵達と鍛錬もしている。元はレクスファ国の兵士でもあった。兵を率いることができなくとも、守りを固めることぐらいできよう、と笑う。

「ミダス公も、ご不安でしょうが、留守をよろしくお願いします」

「わかりました」

 リディノと同じ緑の瞳に優しい色をたたえ、ミダス公は頷いた。

「『ラズーン』存亡の時、私は何もできないかもしれないが、協力は惜しみません」

 はっきりと約束し、ためらいながら立ち上がる。

「出られるのは明日ですね、アシャ殿」

「はい」

「では今宵、ささやかながら別れの宴を張りましょう。何、浮かれての騒ぎではない、戦士を戦地へ送り出し、留守を守るしかない我らの気休めとでも思ってください。それでは私はこれで………リディノがシャイラが戦死したと聞いて悲しんでおります。わずかでも慰めてやりたいと思います」

 一同が頷くのに席を離れ、ミダス公は出て行った。

 しばしの沈黙の後、セシ公が口を開く。

「どこまで乗ります?」

「へ?」

 イルファがきょとんとする。

「行き着くところまで、な」

「無茶なお人だ」

 アシャの答えにセシ公が苦笑いする。

「どういうことだ?」

「シートス」

 イルファに構わず、アシャは続ける。

野戦部隊シーガリオンの手配は済んでいるな?」

「はい、命令一下、どこへでも」

 にやりと黄色の虹彩が笑う。

「ジットー」

「…はっ」

 沈み込んでいた伝令は、アシャに名前を呼ばれて慌てて顔を上げた。

「これを渡してくれ」

「は?」

 一通の封書を渡されて、伝令は訝しげな顔になる。

「再び戻るのだろう?」

「もちろんです。我らの長の体を連れ帰りもしな…い……で……アシャさま?!」

 宛名を確かめて叫び声を上げる。

「こ、これは?」

「渡せばいい。全て相手が知っている」

「は…はい」

 アシャのことばになおも不思議そうに宛名を見下ろした。

「けれども、どこへ行けばお会いできるのでしょう」

「負傷者用の天幕カサンの奥に、1人の怪我人が寝ているはずだ。体に緋色の衣をかけられて。な」

「で…では、あれが……!」

 叫びかけたジットーをセシ公がいたずらっぽく制する。

「静かに」

「何だよ、話が見えねえぞ?」

「世に有名なことばがある、世界を欺く前に家族を欺け、と」

「…は? あ……あれか!」

「あれだ」

 ようやく腑に落ちたらしいイルファの声に、アシャが溜め息を漏らし、セシ公が薄笑みを浮かべ、ジットーは呆然と、その2人の軍師を見比べていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ