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「ユーノ」
「っ」
突然リヒャルティの声が響いて、ユーノは思わず目を開けた。
「そんな奴に守り札なんかやるこたあねえよ」
「何っ」
体を起こしたユカルが苛立ちながら振り返る。
「へえ、怒ったのか、野戦部隊の物見」
いつの間に戻ってきていたのか、薄笑みを浮かべたリヒャルティが、凍てつくほど冷ややかな侮蔑を含ませて言い放った。
「女に守り札をもらえなきゃ、戦えないのか」
「……」
ユカルの顔が強張る。
「守り札ってのはな、女からもらうもんじゃねえ、男が女にやるもんだ」
ぎらりと光った赤茶色の目がユカルを睨めつける。
「ましてや、女にそんな顔させて、何がてめえの守り札、笑わせるんじゃねえ
「あ…」
はっとして振り返ったユカルが何に気づいたのか、見る見る顔を赤らめるのに頓着せず、リヒャルティは真っ直ぐにユーノを見つめた。
「指示をくれ。あんたは隊長だ。あいつらは」
ユーノを見つめたまま、顎をしゃくる。
「あんたの指示を待っている。あんたの命令だけを」
指し示された方向に、準備にざわめく男達の姿があった。
「……小隊長を……集めて…」
無意識に呟いて、ユーノは冷や水を浴びせられた気がした。
「『星の剣士』(ニスフェル)」
ユカルの声に振り向かないまま、リヒャルティの視線に応じる。
「作戦を再確認する」
声に気づいた男達がこちらを見やる。少しずつ、その数が増える。
また失う命だ。
この作戦の後には、確実にこの顔の幾つかは答えなくなっている。
「目指すはレトラデス軍残存勢力、650名」
この顔か、あの顔か。
茜に塗れ地に埋もれ、その屍の上をユーノは踏みしだきながら、また走る。
これらの顔の、その真上を。
そんな価値がユーノにあるものか。いやどこの誰だって、誰かの命を踏み躙りながら生きる価値などありはしない、けれども今。
「目的は?」
心得たようにリヒャルティが尋ねる。
「レトラデス軍壊滅と生還」
ユーノは進めと号令する、この人々に死ねと命じる。
ならば、その代償は。
「わかった」
にやりと笑ったリヒャルティが指示を受けて走りながら、
「それでこそ、兄貴の見込んだ女だよ、ユーノ!」
嬉しそうに肩越しに叫ぶ。
「『星の剣士』(ニスフェル)…」
「ユカル……ごめん」
低く、振り向かないまま、謝った。
「見捨てられたのかも知れない……ずっと一人なのかも知れない……でも、私はまだ、アシャの顔を見ていたい……ううん」
何という自分勝手な願いで、ユカルの求めを切り捨てるのか。
「もう一度、アシャの声を聞きたい……だから、今は生き延びることしか、考えたくない」
「………ああ」
苦しげな呻きが漏れる。
「ユーノ!!」
集めてきた小隊長と駆け寄って来るリヒャルティに、ユーノは顔を上げ、背筋を伸ばし、足を踏み出し、声を掛けた。
「行くよ、ユカル」
「…っ……あ、ああ!」
置き去られるのを覚悟するように立ち竦んでいたユカルが、跳ね上がるように体を起こした。歩き出すユーノの背後を守るように駆け寄ってきながら、明るい声を上げる。
「わかった、『星の剣士』(ニスフェル)!」
代償は。
ユーノは唇を強く引き締める。
駆け寄る顔の全てに誓う。
ただ1人を無事に戻すためだけにでも、私はここで果てよう。