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ラズーン 6  作者: segakiyui
3.パディスの戦い
23/88

7

「ユーノ」

「っ」

 突然リヒャルティの声が響いて、ユーノは思わず目を開けた。

「そんな奴に守り札なんかやるこたあねえよ」

「何っ」

 体を起こしたユカルが苛立ちながら振り返る。

「へえ、怒ったのか、野戦部隊シーガリオン物見ユカル

 いつの間に戻ってきていたのか、薄笑みを浮かべたリヒャルティが、凍てつくほど冷ややかな侮蔑を含ませて言い放った。

「女に守り札をもらえなきゃ、戦えないのか」

「……」

 ユカルの顔が強張る。

「守り札ってのはな、女からもらうもんじゃねえ、男が女にやるもんだ」

 ぎらりと光った赤茶色の目がユカルを睨めつける。

「ましてや、女にそんな顔させて、何がてめえの守り札、笑わせるんじゃねえ

「あ…」

 はっとして振り返ったユカルが何に気づいたのか、見る見る顔を赤らめるのに頓着せず、リヒャルティは真っ直ぐにユーノを見つめた。

「指示をくれ。あんたは隊長だ。あいつらは」

 ユーノを見つめたまま、顎をしゃくる。

「あんたの指示を待っている。あんたの命令だけを」

 指し示された方向に、準備にざわめく男達の姿があった。

「……小隊長を……集めて…」

 無意識に呟いて、ユーノは冷や水を浴びせられた気がした。

「『星の剣士』(ニスフェル)」

 ユカルの声に振り向かないまま、リヒャルティの視線に応じる。

「作戦を再確認する」

 声に気づいた男達がこちらを見やる。少しずつ、その数が増える。

 また失う命だ。

 この作戦の後には、確実にこの顔の幾つかは答えなくなっている。

「目指すはレトラデス軍残存勢力、650名」

 この顔か、あの顔か。

 茜に塗れ地に埋もれ、その屍の上をユーノは踏みしだきながら、また走る。

 これらの顔の、その真上を。

 そんな価値がユーノにあるものか。いやどこの誰だって、誰かの命を踏み躙りながら生きる価値などありはしない、けれども今。

「目的は?」

 心得たようにリヒャルティが尋ねる。

「レトラデス軍壊滅と生還」

 ユーノは進めと号令する、この人々に死ねと命じる。

 ならば、その代償は。

「わかった」

 にやりと笑ったリヒャルティが指示を受けて走りながら、

「それでこそ、兄貴の見込んだ女だよ、ユーノ!」

 嬉しそうに肩越しに叫ぶ。

「『星の剣士』(ニスフェル)…」

「ユカル……ごめん」

 低く、振り向かないまま、謝った。

「見捨てられたのかも知れない……ずっと一人なのかも知れない……でも、私はまだ、アシャの顔を見ていたい……ううん」

 何という自分勝手な願いで、ユカルの求めを切り捨てるのか。

「もう一度、アシャの声を聞きたい……だから、今は生き延びることしか、考えたくない」

「………ああ」

 苦しげな呻きが漏れる。

「ユーノ!!」

 集めてきた小隊長と駆け寄って来るリヒャルティに、ユーノは顔を上げ、背筋を伸ばし、足を踏み出し、声を掛けた。

「行くよ、ユカル」

「…っ……あ、ああ!」

 置き去られるのを覚悟するように立ち竦んでいたユカルが、跳ね上がるように体を起こした。歩き出すユーノの背後を守るように駆け寄ってきながら、明るい声を上げる。

「わかった、『星の剣士』(ニスフェル)!」

 代償は。

 ユーノは唇を強く引き締める。

 駆け寄る顔の全てに誓う。

 ただ1人を無事に戻すためだけにでも、私はここで果てよう。


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