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ラズーン 6  作者: segakiyui
3.パディスの戦い
22/88

6

「『星の剣士』(ニスフェル)」

「ユカル…」

 左腕を肩から吊ったユカルが声を掛けてくる。リヒャルティが準備を確認して来る、と一旦側を離れる。ユカルの腕を痛ましく見やったユーノは心配を満たして問いかける。

「腕、大丈夫?」

「ああ」

 ちらりとユカルの視線が、同じように夜目にも白く包帯が巻かれたユーノの左腕に流れた。

「…それより」

 強いて視線を剥がして顔を上げる。

「連中の準備は済んだぜ。各々に『鉄羽根』と野戦部隊シーガリオン、最低1名ずつ配置している」

「わかった。レトラデス達はどこに陣を張っている?」

「昨日と変わっちゃいない。パディスより少し西寄りの窪地だ」

「格好の場所だね」

 示された地図を火種のほのかな明かりで覗き込む。

「囲めば一網打尽……戦慣れはしていないね」

「『星の剣士』(ニスフェル)」

「ん?」

 改まった声で呼ばれて、策の変更を申し出るのかと顔を上げる。

「奇襲とは言え夜襲だ、一歩間違えばかなりの手駒を失う」

「…ああ」

「俺は生き残りたい……そのために欲しいものがある」

「何?」

「…唇を」

「え…」

 どきりとしてユーノは瞬き、相手が紛れもなく本気なのを知った。無意識に体を引くのを察したユカルが、退路を遮るように巧みに場所を移動する。

「俺は無粋な男だ。欲しいものの手に入れ方は一つしか知らない。お前の心は手に入らない、が、奪えるものもある」

「…ユカル…」

 ユカルの目がじっと自分の口元を見ているのに、顔がじんわりと熱くなった。

「お前があいつに惚れているのは知っている。が、あいつは、お前をここに送り込んだ」

「…ユカル」

「俺なら自分の女は自分の腕で守る。他の奴に任せはしない。他の奴に任せるのは、その女に惚れていない…」

「ユカルっ」

 遮った自分の声が悲鳴じみているのに、ユーノは体を震わせた。知らず知らず、聞くまいとするように背けていた顔を、そろそろと振り向ける。一番聞きたくなかった一言を証明されて、胸の奥がざっくりと裂かれたのがわかった。

「ユカル…」

 声が掠れている。

 ぽた、とどこか遠い闇の奥で、血とも涙ともつかぬものが滴る男が聞こえた。

「違う……アシャだって、そうだよ。ちゃんと、好きな人は、守るんだ」

「っ」

 ぎくりとユカルが体を硬くした。ようやく自分が何を言ったのか、理解した顔で、

「『星の剣士』(ニスフェル)、俺は」

「ただ、ね」

 弁解しようとした相手のことばをそっと遮る。

「アシャの好きな人が…ボク…じゃなかっただけなんだ。アシャだって…ちゃんと…大切な人は守って…」

 どんなに思っても届かない遠い人。精一杯差し伸べた手はいつも空を抱く。探し求めた目は闇を見る。耳に聞こえるのは風の音、叫んでも声は砕けて形にならない。

「ニス…」

「……ユカル」

 詰めた息をそっと吐く。強張った顔に必死に笑みを浮かべようとする。不安なのはわかる、守りが欲しいのもわかる、わかる、わかる、わかっている。

「…あのさ…守り札、なら上げられるよ」

 唇を引き上げた。緊張に青白く見えるユカルの頬を見つめ、視線を合わせる。

 微笑んだ。

 そんなものでいいのなら。少しでも生き延びようと思ってくれ、戦う力になるのなら、ユーノのためらいなんて切り捨てていいことだ。

「本当なら、皆にあげたいぐらいだけど。……だから」

 一瞬目を閉じた。

「ごめん、唇、は」

 いやだ? 誰にも望んでもらえないのに?

 あざ笑う声が闇から響くのを悲しく聞きながら、

「私…」

「…わかった」

 ユカルが深く息を吐いた。

 目を開くと、静かに身を屈めて来る。

 背が伸びた。体格も良くなった。出会った頃の子ども子どもした気配はなくなってきている。その頬に、そっと顔を近づけ、唇を寄せる。別の顔が重なりかけ、思わず目を閉じた。

 ぽた。

 また何か、熱いものが胸の底に滴った。

 ぽた……ぽた……ぽた…ぽた…ぽた。次第に速度を増して滴っていく雫が、体の奥に熱い溜まりを作っていく。


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