表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 6  作者: segakiyui
3.パディスの戦い
21/88

5

 浅い眠り、体の下でヒストが温かく息づいている。馬の背で眠るのは久しぶりだ、いつかの夜、そう、アシャと初めてやりあったあの夜も、ユーノはレノの背中に居た……。

「!」

「わはっ!」

 ドッ。

 気配を感じて咄嗟に跳ね起き、同時に抜き放った剣に相手が飛び退ってひっくり返る。微かな星の明かりにキラリと金の髪が光って、ユーノは思わず息を呑んだ。

(アシャ?)

 閃光のように思い出が蘇る、しかし、それはすぐに幻と消えた。

「あっ…つつ…」

「リヒャルティ…」

「ひでえなあ……また切っちまった」

「ごめん! 足、大丈夫?!」

 慌てて剣を収めてヒストから飛び降り、ユーノはリヒャルティの側に駆け寄った。昨日の戦いで足を捻ったと言っていたのに、またもや同じ箇所を傷めたのかと案じる。だが、リヒャルティは少しぼやいただけで長丈草ディグリスの中から立ち上がり、腕にできた切り傷をペロリと舐めた。

「お前と違って、こっちはあんまり長丈草ディグリスと仲が良くねえんだ、加減してくれよ」

「悪い…」

「…いいけどな」

 リヒャルティは一瞬複雑な目の色でユーノを見つめた。

「そろそろだと思って起こしに来たんだ」

「ありがとう」

「縄も火種も揃ってるし、準備はできたぜ。…けど」

「けど?」

 聞き咎めたユーノに、何とも言えぬ表情で続ける。

「お前、眠ってる時でも、あれだけのコトができるのか」

「ああ…」

 ユーノはくすりと笑い返した。

「前にも言われた。習い性でね、うっかり近づかない方が安全だよ」

「らしいな。ったく、眠ってても安心できねえ奴だな。あんなことをされた日にゃ、ちょっとやそっとじゃ受け切れねえよ」

「そう?」

(でも、アシャは受け止めた)

 くすくす笑いながら、ヒストの鞍の腹帯を締め直し、剣帯の具合を調べながら思い出した。

 あの夜、レノの背中で眠っていたユーノが、やはり不用意に近づいたアシャに切りつけ、アシャも剣で応じた。月光に金の髪が煌めいて、こちらを見返した紫の瞳が、驚きとともに密かな感嘆を湛えていた……。

(馬鹿だな、どうしてアシャだなんて思ったんだろう)

 アシャがここにいるはずはない。アシャは灰色塔ガルン・デイトスより遥か向こう、ミダス公の屋敷にいる。

(ミダス公の……姉さまの側に)

 作戦を聞かされた時、思わずアシャはどこにいるのかと尋ねたユーノに、アシャはきっぱりと答えた、ミダス公の所にいる、と。

 尋ねなければ良かった。

 当たり前のこと、何を期待したのかと、自分の愚かさをつくづく笑いたくなった。

 詳細を聞けば、自分がどういう役目なのかは十分わかる。アシャは囮だとも捨て駒だとも口にはしなかった。だが、850名に200名、勝敗は火を見るよりも明らか、ユーノの価値は、その850名との戦にどれほどギヌア達の眼を引きつけておけるのかにある。

 だからこそ、攻めはできない、少しでも兵を保たせるためには。負けるわけにもいかない、少なくとも西は、この戦いで境界が定まる。

 見捨てられた、と言う気持ちがないとは言わない。たった一人の想い人、見切られたと思ってはいないなどと、強がれもしない。

 ただアシャは、ユーノよりレアナが大切で、レアナを守るためにユーノに出撃を命じた、それだけのことだ。

 誰にでもあることではないか、一番大切なものを守るために、他のものを犠牲にするのは。

 ましてやユーノの気持ちは初めから片想いで、アシャはユーノの想いを知りもしないはず、ユーノを戦場へ差し向けたからと言って、恨むのは筋違いだ。

(それでも)

 心はやるせない。

(それでも…)

 ここでも『そう』なのかと思わずにはいられない。

 ここでもユーノは一人で、誰の助けも当てにしてはならないわけで、傷を受ければ一人で舐めなくてはならないわけ…だ。

(期待なんかしていない。守ってもらえるなんて思ってもいない)

 そうとも、少なくともユーノが出撃することで、大事なものは守れるわけだ、アシャとレアナと。いや、まだいる、レスファート、リディノ、ジノ、イリオール、イルファ、遠くセレドの父母にセアラ、『太皇スーグ』に『ラズーン』。

(そして、私は…?)

 この地で果てていくのが運命なのか、『灰色塔の姫君』が己の最後を知りながら、ぎりぎりまで愛しい男性を想って、この地を駆け抜けたように。

 ああそうだ、たじろぐつもりはない、引くつもりもない、逃げようとも思わない。

(それでも………)

 『灰色塔の姫君』は死の瞬間、愛しい人の名前ぐらいは呼べただろうに、とユーノは微かに笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ