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「ほう」
「腕尽くでも、ね」
面白い、とバルカとギャティは目を細めた。もともと顔立ちの優しさとは正反対の荒い気性、加えて『金羽根』リヒャルティの元で荒仕事に磨きをかけられているとあれば、少々の脅しで引き下がろうはずもない。
「良かろう」
こちらは剣を抜きもせず、バルカが腕を組む。
「戦地に出ている我らが長、引いては『星の剣士』(ニスフェル)、アシャ殿の策まで無為にしようとなさる気なら、こちらも引くわけにはいかないな」
ギャティが得意の短剣を抜き放つ。夕陽を弾く光芒に瞳を煌めかせて、
「裏切り者の汚名を着て、死に急がれるか、ジーフォ公」
重ねて、依然腕を組んだままのバルカが声高に言い放つ。
「たかが女1人の為に!」
「くっ」
呻くジーフォ公の顔が歪む。彼とて愚かさは重々わかっている、わかってはいるが、抑えきれないのも持って生まれた性格、この上は一戦覚悟と3人が各々に身構えた次の一瞬、凛と澄んだ声が間を破った。
「お待ちください、『金羽根』の方々」
絶妙な間合い、振り返る3人の目に、殺伐とした空気を感じてもいないようなテッツェの婉然と笑み綻ぶ顔が映った。魔性の、と噂される緑の瞳が素早く一瞥し、バルカとギャティに話しかける。
「無駄な争いは砂の塔より儚い。アリオ様、どうぞ、ミダス公の所へお出向き下さい。ギャティ殿、バルカ殿、アリオ様をお送りいただけるでしょうか」
「テッツェ!」
「そして、公は慣れた私がお相手を」
剣を収めて、ギャティはバルカを促し、アリオを呼ぶ。
「では、こちらへアリオ様」
「よろしく、テッツェ殿」
「…」
さよならとも言わず、恋しい男の元へ走り出して行く惚れた女の後を追おうとして、テッツェに遮られ、ジーフォ公は叫んだ。
「テッツェ! そこを退け!」
「いいえ」
冷然と応じるテッツェは動揺もしていない。
「退け! アリオが行ってしまう!」
「行かせてやりなさい」
「行かせるわけにはいかん!」
「他の男に走る女です」
「だが、俺の惚れた女だ!!」
荒い息を吐きながら、ジーフォ公は喚いた。
「俺の女だ! 俺が手に入れた女だ!」
「人の心は買えますまい。まして女の心ならば、なおのこと」
「知りもしないくせに! 退け! テッツェ!」
「公よ!」
「っ」
びんっと周囲の空気を瞬時に緊張させる声に、ジーフォ公が思わず口を噤んだ。
「落ち着いて下さい。ラズーン四大公の1人もあろう方が、女1人に何を騒がれます」
「…お前には…わからん」
ジーフォ公は苦い顔で吐き捨てた。
「今追わねば、あいつは永久にこの手には戻らない」
「戻らないでしょうな、ユーノ様の御命も」
「…」
体を強張らせるジーフォ公に重ねる。
「戻りませんな、今、戦に出ている全ての命も。長丈草の草波の中に、血の紅を浴びて倒れるのみ」
「……どうしろ、と言う」
ジーフォ公が呻いた。
「どうしろ、とは申しません。私はあなたの参謀です。決められるのはあなたです。…だが、ここであなたを踏み留まらせられないようなら、私はあなたの参謀でさえない」
初めてテッツェは声を低く殺した。
「いつか申し上げました。もし、私とあなたの策がどうしても相容れず、なおかつ双方ともに己の策を譲れぬ時は、私を殺して頂くより、あなたの策を進める術はない、と」
テッツェは身を沈めた。片膝を突き、わずかに首を伸ばす。
「今がその時、と心得ます。逆らいますまい、私はあなたの参謀ですから……が、ここを動きますまい、私があなたの参謀でいるために」
「…」
ジーフォ公は手にした剣を握り直し、構えた。
「テッツェ!」
叫びとともに振り下ろされた剣が空を走る、凍りつく一瞬、迫る刃先、そして。
「……」
ピクリと微かにテッツェの体が震えた。首筋に当たった刃先が冷たい。伝った雫が、首から冷えながら流れ落ちてくる。
「…参謀だと言い張るのか」
「はい」
「………」
剣が引かれる。刃を拭い、鞘に収め、ジーフォ公はくるりと背中を向けた。首筋を伝い落ちる血を拭わないまま、テッツェは顔を上げる。
「テッツェ」
「はい」
「傷の手当てをしてこい。それから……酒を付き合え」
「…ご用意いたします」
静かな笑みを浮かべて、テッツェは深く頭を下げた。