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「大体狡いんだよね、リヒャルティは」
ギャティがぼやけば、
「全くだ」
バルカが応じる。双子だけに息の合い方も完璧で、交互に自分達の長を罵倒する。
「始めて会った時からこすかった」
「剣の勝負を挑んできたくせに、トドメが短剣なんてありか?」
「そりゃ、こっちも用意はしていたよ、けど、公の弟だろ、使えるわけはないじゃないか」
「その立場をいつも利用してだな」
「今度のことにしたって、どうしてリヒャルティが戦場で、僕らがジーフォ公のお目付になるんだ?」
「2人で1組、いいじゃないか、だとよ」
「いいじゃないか、が聞いて呆れる。自分こそ『星の剣士』(ニスフェル)の側につきたかったくせして」
「それで、また、バカな怪我してくるんだぜ、あの人は」
「やだねー、バカな主人持つと、気苦労が多くていけないよ」
「全くだ」
本筋はリヒャルティがユーノに付き、自分達がジーフォ公の見張りなどと言う『つまらない』仕事に回された不満、なのだが、言っていることが微妙にずれていっている。
「いつかの、あれ、なんだったっけ」
「グォルン狩りだろ、反乱分子鎮圧」
「そうそう。あの時だって、危険な役目1人で買っちゃって、僕達を放っていったし」
「ミダス辺境の『運命』探索だって1人で行ったしな。挙げ句の果てに3日寝込む怪我して帰ってくるし」
「あの人が寝込んだ日には『金羽根』がおとなしくなっていけないよ、皆、何か沈んじゃって」
「殺気立ってた奴もいたしな。リヒャルティを斬った奴が生きてるって聞いた途端、飛び出しかけたのも」
「あれ、バルカじゃなかったっけ」
「そう言うお前だろ、2週間後に辺境区の『運命』追い回したの」
「…」
「……ズルイよな、1人で行っちまうなんて」
「ああ」
何のことはない、2人もリヒャルティが自分達を置いていってしまったことが心配でならないのだが、それを口に出せるほど素直な性格でないのは宣告承知、特に、長があれほど開けっぴろげな性格だけに、どうしても屈折せざるを得ない。
「あの人のことだから、『星の剣士』(ニスフェル)が死ぬようなことがあったら、生きて帰ってくるつもりはないだろうし……」
それでもつい、不安げな口調になったギャティに、バルカがからかいを向ける。
「何だ、お前、リヒャルティが心配なのか」
「違うよ!」
むっとしたようにギャティが言い返す。
「ただ、あの人は阿呆だから」
「バカだしな」
「すぐカッとなるし」
「楽天的だし」
どちらからともなく目を合わせる。溜め息混じりに同時に一言、
「どうしてあんな人に惚れちまってるのかな…」
「しっ」
次の瞬間、ギャティが素早く制した。バルカも身を潜める。
夕暮れに近い淡い陽の中、アリオの部屋の扉がゆっくり開く。中から2つの人影、人目を避けるようなアリオとジーフォ公の姿、簡単な旅支度をしているところを見ると、どこかへ行こうと言うのだる。
「今頃どこへ行く気なのかな」
「俺はどっちかっつーと無視したいな、あのお姫さん、苦手だ」
「僕も同じだよ、けれどリヒャルティの命令は1つ」
「ジーフォ公を『灰色塔』から出すな、だろ」
囁き交わしてギャティとバルカは頷き合った。
なにせ、四大公の誰が裏切っているのか、配下にどれだけの裏切り者がいるのかはっきりしない今、まんまと策にはまって姿を消したはずのジーフォ公が、あちらこちらに不用意に姿を見せるほど愚かしいことはない。それこそ、一分の隙なく搗き固めていっている作戦が一挙に崩壊する憂き目を見る。だからこそ、セシ公はバルカ、ギャティの2人を目付けとして配置して置いたのだ。
「ジーフォ公」
「!」
「それに、アリオ・ラシェット様とお見受けいたしましたが」
声をかけられて2人は動きを止めた。やがて、1人がゆっくりと前に進み出る。夕暮れの光に厳しくしかめられたジーフォ公の顔が浮き上がる。
「如何にも。何用だ?」
「どちらへ行かれますか?」
やんわりとギャティが尋ねる。
「ミダス公の屋敷へな。アリオがアシャに会いたいそうだ」
一瞬屈辱に鋭くなった目の光を弱めようともせずに、ジーフォ公はギャティを凝視した。
「通してもらおう」
「残念ながら」
バルカがゆったりと応じる。
「お通しするわけには参りませんな」
「何?』
「我らは『金羽根』、セシ公命の下、リヒャルティの指示により動いております。我らが受けた命令はただ一つ、ジーフォ公には今しばらく灰色塔』にご滞在願うこと」
「では」
それまで黙っていたアリオがきつい視線でギャティを射抜いた。
「あなた達の役目がジーフォ公を止めることなら、私には関係がないはずですね」
「そうなりますね」
「では、私1人で参ります」
「いかん」
ジーフォ公の声にアリオは険しい顔になった。
「まだこの上に私を縛るおつもりですの?」
「いや、縛るつもりはない…ないが、1人で行かせるわけにはいかん」
ジーフォ公にしてみれば、1人で行かせれば最後、アリオは二度とこの手に戻らないとわかっているだけに辛いのだろうが、その辺りの苦しさをアリオが配慮に入れることはなかった。
「では、どうなさるおつもりですの」
冷笑を投げて問う。その目の冷たさに、ジーフォ公の顎がぐっと引き締まった。
「1人では行かせん。ならばこそ」
腰の剣を引き抜く。
「腕尽くでも通る!」