5
「気付いた?」
赤城華恋の問い掛けは漠然としたものだった。
宮田勇気は頭に疑問符を浮かべる。
佐久間康介はつい溜息をついてしまう。
「そんなんじゃ勇気にはわからねぇよ。鈍感主人公だぞ。」
「兄者は難聴系主人公で通ってるから。」
「えっ、なんだって?」
まるでコントのような一幕だが勇気は平常運転である。
華恋は仕方ないと最初から説明する流れがいつもどおりだ。
「あのディって男なんだけど。」
「あぁ、やっぱりそれか。」
「納得。」
「あぁ、彼も災難だったよね。こんな異世界に転移させられて。」
ちなみにディとは別の部屋に集まっている。
さすがに当事者を前に赤裸々トークできるほどの信頼関係はない。
「そこからしておかしいでしょ。あたし達は同じ場所にいたから、その魔法陣?一緒に転移されたのも納得がいくけど。いや、納得はしてないけどねっ!」
「そんなツンデレ風に言わんでも。」
「赤髪ポニテツンデレ剣道娘。個性盛り過ぎだろ。まぁ、胸は盛れてないけど。」
「あはは。」
勇気は異世界に来てもいつもどおりの会話につい笑ってしまった。
それに比べて一人でこの世界に来たディはどれだけ心細いだろうか。
この会話にも彼がいてくれたらと思う。
しかし、それは華恋によって却下された。
珍しく康介もそれに同意したので何も言えなくなってしまった。
「康介も違和感を感じたんでしょ?」
「あぁ、ディとちょうど握手した時に彼から殺気が漏れた。恐らくは俺が柔道経験者だと気付いたんだろう。」
「殺気ってそんなアニメじゃないんだから。」
勇気はどうしてもディを悪い奴だとは思いたくない。
少なくとも自分には違和感がなかったからだ。
「俺も武術家の端くれだ。親父に殺されそうになったのも一度や二度じゃねぇ。ヒグマの前に放り出されたときはさすがに死んだと思ったぜ。」
「あぁ、わかるわぁ。」
「あにぃ、こいつらに常識は通じねぇよ。」
「うん、心愛がこっち側で良かったよ。」
この幼馴染二人は少々特殊な時間を過ごしてきたようだ。
勇気は遠い目をしてしまう。
「そのときのヒグマの殺気。それを遥かに越えた殺気だった。正直まだ生きているのが信じられないくらいだ。」
「それを目の前にいた康介にしか感じさせないってのも厄介ね。」
「あぁ、少なくとも殺気をコントロールしている。それを感じさせても問題ないくらいには舐められてるってことだな。」
「えっ、康介ってかなり強いんだよね?」
「勇気。かなりじゃなくて高校生では最強だったよ。親父以外には負けたことがないくらいには。」
そう言う康介の背中は震えている。
言葉と行動が伴っていない。
何かに怯えているようだ。
「そんな俺がこんな気持ちになるなんてな。親父以上の壁を感じちまった。」
「康介のパパ以上ってことは必然的にあたしのパパ以上ってことよね。」
互いに実力を知るが故にわかる。
同年代に化物と呼ばれた。
天才だと言われてきた。
それでも親父という天井を知っていた。
だから、頑張れてこれた。
「勇気。お前は勇者だ。だから鍛えれば俺達より強くなれるだろう。もしものときは俺達が時間を稼ぐ。」
「ちょっとあたしを巻き込まないでよ。あたしは死なないようにやるつもりだけどねっ!」
華恋は否定しなかった。
つまり康介と考えていることが一緒なのだろう。
その事実が勇気は気に入らなかった。
「ちょっと待ってよ!一方的に決めつけるのは良くないよ!なんで皆諦めるのさ…訳がわからないよ。」
「あにぃ。二人は最悪を想定しているだけ。少なくとも戦闘能力は超越している。生殺与奪の権利を握っている。そのことをあにぃに伝えたいだけなんだよ。」
心愛が兄を嗜める。
勇気は驚いた。
妹がこんなに長文を喋るとは思っていなかったからだ。
「兄者は失礼なことを考えている。」
「あぁ、うん。僕の呼び方が安定してないなって。」
「私は囚われないのだよ。」
「うん、知ってる。」
妹は、心愛は何にも縛られない。
囚われない。
そんな些末なことに構う必要などないのだ。
そういう風に生きて良いと僕が言ったから。
それが妹にとって良いことかはわからないけど。
「何事もなければそれが一番良い。だが、万が一も想定しとかねぇとな。」
「うぐぅ、あたしも真剣が手元にあれば安心なんだけど。」
「あはは、王様の前じゃ無理かもね。」
「とりま疲れたから寝ようず。」
明日も平和でありますように。
その願いが叶うのなら何もいらない。
そして、無情にも朝はやってくるのだ。