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闘争の果てに  作者: 餅巾着
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皆死んだ。

いや、正確にはらしいと言った方が正しい。

白い服を着た人がそう言ったからだ。

お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、これから生まれてきたであろう妹も。

皆死んだ。

いつも通り過ごしていたのに。

僕がおもちゃをねだったのがいけなかったのかなぁ。


「もうお兄ちゃんになるんだから我慢しなきゃね。」

そう言ったお母さんの困った顔が。


「あとで僕のお菓子あげるから。」

そう言って頭を撫でてくれたお兄ちゃんの手の温もりが。


「今日はお前たちの大好きなすき焼きだからな。」

そう言ったお父さんは微笑ましいものを見るような顔が。

僕たちよりもお父さんの好きなものだとは言わなかった。


帰り道の事故。

相手は大きなトラックだった。

図鑑で見るよりももっと大きかった。

真正面で見たトラックは全然かっこよくなくて怖いと思った。

それから僕はトラックが嫌いになった。

トラックを運転してた人も死んだみたいだ。

心臓停まっていたらしい。


「本当に不幸な事故でした。」


白い人は言った。

誰も悪い人なんていなかった。

そんな言葉が聞こえた。

それじゃあやっぱり僕が一番悪い子だったんだ。

だから僕が全身細い管に繋がれているのも。

空気を送ってくるマスクが顔にめり込んで痛いのも。

全部全部僕のせいなんだ。



それからしばらくすると細い管が腕に一本だけになった。


「これからリハビリだよ。頑張っていこう。」


白い人の言った言葉はわからなかったけど笑顔だったからきっと良いことだ。


「すぐに動けるようになるよ。」


その言葉を聞いて僕は嬉しくなった。

早くお外で走り回りたかったし、ボールだって使いたい。

そのためだったら頑張れる。

でも、リハビリというやつはとてもきつくて痛くて辛くて。

僕は泣いてしまった。

いくら泣いてもお父さんもお母さんもお兄ちゃんも来なくて。

それでますます泣いてしまって。

その時、僕は初めて皆が死んだことを知った。

死というものを理解した。

死とはいなくなること。

死とは会えなくなること。

死とは何も出来なくなること。

僕が泣けるのは生きているから。

だから僕は泣くのをやめた。

泣いたって動けるようにならないし疲れるだけだから。

今は白い人が言うことを聞いて早く外に出たかった。

ここには悲しいが多くあるから。

その先には何もないから。

僕は歯を食い縛ってリハビリした。



体が動くようになると皆と遊んだ。

皆とは病院にいる子達だ。

白い人はお医者さんという人だった。

皆のお姉ちゃんのゆみちゃんが言ってたから間違いない。

ゆみちゃんは色々教えてくれた。

皆ここから出るために頑張っていること。

でもここは決して悪いところではないこと。


「私はね。お外に出たらケーキ屋さんになるの。皆が私のケーキを食べて幸せになるの。」


僕にも食べさせてくれるようにお願いした。


「ちゃんと行列に並んで買いなさいよ。皆平等なんだから。」


うん、ずるはダメだ。

僕は反省した。


「はーい。じゃあ体操するわよー。広場に集まってー。」


白い服の女の人が言った。

あれはたしか看護師さんという人だ。

お医者さんと何が違うのかはわからないけど、看護師さんの方が数が多い。

あとお医者さんはおじさんが多い。

僕は勝手に看護師さんが進化するとお医者さんになると予想している。

そんなことより体操だ。

体操を教えてくれるのはお父さんくらいの男の人だ。

白い服だけどお医者さんとは違う服だ。

胴着というらしい。

それに黒い紐を腰に巻いている。

なんとなくかっこいいから僕は好きだ。

他の子達は嫌々やっている。

ゆっくり動くから退屈なんだそうだ。

でも僕は一つ一つの動きが綺麗で好きだった。


「おっ、今日も張り切ってるなクソガキ。」


この男の人は口は悪い。

看護師さんに注意されても治らないから諦められた。

可愛そうな人だ。

僕は言葉遣いには気を付けよう。


「ったく、相変わらず綺麗な動きしやがる。俺の道場に欲しいくらいだぜ。」


僕も道場に行きたいけどお父さん達がいないから行けない。

体は元気だけど外には出られないのだ。

里親を探している最中らしい。


「お前が望むなら里親になってやる。俺の道場を継ぐならな!」


僕は悩んでいる。

皆外に出たいはずなのに出られないのに。

僕だけが出ても良いのだろうか。


「あんたのことはあんたが考えなさい。」


ゆみちゃん達は応援してくれた。

僕は泣きそうになりながらも頷くことができた。



それから色々手続きが終わると僕は道場にいた。


「俺の稽古は厳しい。非常に厳しい。だから、嫌になったら言え。別に道場を継がなくても良いからな。」


男の人、いや新しいお父さんはそう言った。

僕に気を遣ったのかもしれない。

新しいお父さんの奥さんと子供はいないらしい。

事故で亡くなったとか。


「あいつが生きていたらちょうどお前くらいだな。」


と染々言っていたから、子供と重ねているようだ。

僕もお父さんみたいな人だと思っていたからおあいこだ。


「じゃあ始めるぞ。」


こうして僕の新しい生活が始まった。

体をひたすらに鍛えた。

といっても年齢に合った訓練だ。

ずっと走っていたら、体が出来るまでまだダメだと言われた。

だから、残った時間はひたすら本を読んだ。


「本を読んだ数が頭の良さだ!」


とバカなことを言っていたから、そんな風にならないように勉強した。

読める漢字が増えると読める本も増えた。

僕は充実していた。

だから、病院からゆみちゃんが死んだと聞いたとき。

やっぱり僕は悪い子なんだと思った。

一人だけ生き残ったから。



お葬式が開かれた。

箱の中で眠るゆみちゃんはとても綺麗だった。

綺麗とか可愛いとか言うとゆみちゃんは怒った。


「そういうのは好きな女の子に言うのよ。」


僕はゆみちゃんが好きだと言うと。


「はっ、いやっ、私も嫌いじゃないけど。むしろちょっと…ほんのちょっと好きよ。勘違いしないでよねっ!」


看護師さんが言うにはツンデレというやつらしい。


「娘に触ってあげてください。」


ゆみちゃんのお父さんが言った。

僕はゆみちゃんの頬に軽く触れた。

冷たかった。

それだけだった。

いつもみたいに憎まれ口を叩いてほしかった。

ただただ生きていてほしかった。

僕の周りには死が溢れている。

僕は死神なのだろうか。


「手術が失敗したらしく…決して低い確率ではなかったのですが…。」


嗚咽混じりにゆみちゃんのお父さんは言った。

僕が読めなかった本に死について書いてあった。

死は人生の終末ではない生涯の完成である。

難しくて全然読めなかったけど、意味はわかった。

そう、ゆみちゃんは完成したんだ。

お父さんもお母さんもお兄ちゃんもそうだ。

死は決して悲しいものじゃない。

僕もいつか完成するんだ。

なら悲しむ必要なんてない。

だから僕は出来るだけ多くの人の完成を見守ろう。

あぁ、早く皆死なないかなぁ。

まるで休みの日に遊びにいくような気持ち。

これが僕の狂った始まりの日だった。

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