夜更けの南瓜、どうやって食べる? 前編
「……うーん」
月曜日。
昼休みの事務所で、地図を広げながら私は一人首を傾げていた。
「何なのかなぁ……」
「なした?」
怪訝そうな顔で私と地図を見比べたのは、係長の熊井さんだ。
ちょうどお昼を食べ終わったようで、火を着けない煙草を咥えたまま席に戻って来たのだ。
「あ、別に全然大した事じゃないんですけどね」
私は慌てて手を振る。
「いや、その……友達……が行きたいって言って連れて行かれた場所が幾つかあるんですけど、これって何繋がりなのかな……って思って」
「ほう……?」
丸っこい身体によく似合う、いつも通りの間延びした声が返って来る。
「とりあえず、どことどこよ?」
熊井さんが地図を覗き込む。
「最初は、この博物館のレストランに行って……」
「あらあらどうしたの」
気が付けば、職場のおじさんおばさん達がわらわらと集まって来ていた。
休憩室のテレビが先週から壊れていて修理待ちのため----要するに、暇なのだ。
「博物館は息子が小さい頃何度か行ったな」
「あー、確か夏場は機関車にも乗れるのよね、懐かしいわぁ」
例の博物館は、どうやら子供がいる家庭では割とメジャーな施設なようだ。
レストランのあの青い車輛を遠くからわざわざわざわざ見に来る人もいるらしい。
(へぇ、意外と有名なんだ……確かに海外の観光客が写真撮ってたもんなぁ……)
「あれ、この工場の前の駅……俺のフォロワーが撮った写真上げてたけど、もう解体したんだっけ?」
「え、昔は函館行く時によく見たけどそんなに有名だったの?」
これが集合知というやつか。
ものの数分で謎が解けそうな雰囲気である。
でも、まだ一つ残ってる。
「じゃぁ、この湖は……電車関係で何か有名なんですか?」
途端に皆の勢いがなくなる。
「うーん、あそこは……氷濤まつりが有名よね」
「俺、学生の頃に毎年競歩遠足に連れて行かれてたからさぁ、ロクな思い出がないんだよなぁ」
一定の年齢以上の市民だと、かなりの確率であの湖の周りを歩かされているようだ。
実は私もだったりするけど。
「ここはちょっと分からんわ」
「あ、すみません……本人に聞けば分かる事ですから……」
慌ててそうは言ってみたが、聞けるならとっくに聞いている訳で----。
(ま、あとは家に帰ってから調べてみるか……あのコ、今夜は出掛けるから晩ごはんはいらないって言ってたし……)
「……うーん、微妙だな」
その晩。
自分の食卓で私はまたで一人唸っていた。
一人前のお味噌汁を久し振りに作ったら、なんだか削り節の量が分からなくなっていたのか、出汁が薄い気がするのだ。
(って、ごはん食べてる時って、こんなに静かだったっけ?)
まぁいいかと思い直して、黙々と食べ、さっさと片付けをして、のんびり湯船に浸かり、いつもより念入りに化粧水をつけて、リビングに仁王立ちになる。
「さぁ、久し振りの一人だけの時間だ……!」
----とはしゃいでみたのも束の間。
(……意外とやる事ないな)
だだっぴろい部屋で一人エクササイズをしたりしても、一時間も経ってない。
ソファに転がり、スマホをいじっても何か落ち着かない。
「……今日は久々に晩酌でもして寝るか……」
と、缶チューハイを冷蔵庫から取り出したその時。
ピンポーン。
品の良い(前のアパートのように音が割れていない)チャイムの音が響いて、私は危うく缶チューハイを取り落としそうになった。
「……起きてた?」
インターホン越しに聞こえて来たのは、綸子の声だった。
「え? ん、まぁ起きてたけど……」
見ると春物のコートを着た綸子が一人で立っている。
ちゃんとエクステも着けている。
そうか、実家に行ってたのかと私はなんとなく察した。
「……ちょっと、いつまで立たせてる気なのよ?」
「へ?」
疲れているのか不機嫌なのか、声がいつもより低い。
「開けて」
「え?」
私は反射的に自分の格好を見る。
前の前の家を焼け出された後でドンキで買って以降捨て時が分からないままずっと着ているホルスタイン柄のパジャマだ。
「え? 今? 開けるの?」
「何よ、誰の部屋だと思ってるのよ」
いや、一応私の部屋なんですけど----。
表向きは同居しているとはいえ、顔を合わせる時はお互い普段着なのだ。
いきなりパジャマ姿を見せるのは、こう、何というか----仕事の付き合いの人にめちゃくちゃプライベートを晒してしまうという恥ずかしさというか、失態みたいな気分になる。
「え、えっと……着替えて来るからちょっと待ってて!?」
「いいってば。何着てても別に気にしないし、それよりも寒い中私を待たせる方が良くないでしょ?」
と、妙に説得力のある返しをして、お嬢様はもう一度、
「開けて」
と私に命じた。
「ご、ごめんね……こんな格好で……」
一人でわたわたしている私を尻目に、勝手知ったる我が家、的な雰囲気で綸子はさっさとリビングに入ってしまう。
「なんだ、何もないじゃん」
「はぁ、すみません……」
応接セットのソファに、ぽすんと腰を下ろして、少女は深い溜息を吐いた。
「……疲れた」
それからやっと気付いたかのように黒髪のエクステを取り、頭をばさばさと振った。
いつもの見慣れたウルフカットに、私は少しホッとする。
そして、部屋はしんと静まり返った。
私に罪はないはずなのに、とても気づまりのする感じの静けさである。
(え、何この状況……?)
おもてなしもできないのでこのままお帰りいただいて欲しいなぁなんて思っていたのに、私はふと気付いてしまう。
「……あの、もしかして……お腹空いてたり、する?」