表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/40

プリンは硬い派? 柔らかい派? 前編

 初めてのドライブから一週間。


 綸子からは、その後どうだったとかいうメールやLINEは特にない----というか、そもそも交換していなかった。

 だって友達でもなんでもないし。


 朝晩の食事を私が綸子の部屋に運んで、食べ終わった頃にまた食器を片付けに行くというパターンも変わらない。


  あの時レジでもらった青いマッチだけが私のバッグに入っている。

 いや別に使うアテはないんだけど。


 そんな訳で、日曜日のドライブは夢だったのかもしれないという結論を私が出しかけた土曜日の夜----。


「……明日、空けといて」


 相変わらずソファと一体化していた少女が、むくりと身を起し、うまい棒で私をビシッと指す。

 今日はめんたい味のようだ。


 っていうか、それで何本目だ。


「明日……行くんですか」

「当たり前でしょ」


 UFOキャッチャーなんかでよく見る袋にパンパンに詰まったうまい棒というのは、こういう所に需要があるのかと感心してしまうくらいに、この少女はいつ見てもうまい棒を食べている。


(いやまぁ、ちゃんとご飯を食べてるんだから別にいいんだけど……)


 私は保護者としてここにいる訳ではない。

 資本家の犬----じゃなくて、ニートお嬢様蓮見綸子の使用人として雇われた身分なのである。


 お嬢様がうまい棒を十本食べようが百本食べようが、ちゃんと三食食べているのなら私には関わりのない事だ。


「あと、紅茶飲みたい」

「はい」


 テレビはローカル番組が終わり天気予報が始まるところだった。

 明日の天気だけしっかり確認しておこうと思いながら、私はお湯を沸かす準備をしたのだった。


「で、今日はどちらへ?」

「えぇと……湖」


 春先の路面は、一週間で随分変わる。

 雪解けの水を含んで黒かったアスファルトも、今日はだいぶ乾いてきた。


 でもって、行先は湖である。


「湖っていうと……ペケレット湖とか?」

「何それ? そんな湖どこにあんの?」


 市内だといいなという私のささやかな希望は、簡単に打ち砕かれる。

 ペケレット湖、野鳥が多くていい所らしいんだけどな----ま、いっか。


(今時期だと山の中は凍結が怖いんだよなぁ……今日は日差しもあるし、大丈夫だとは思うけど……)


「12号線は使う?」

「ん……っと、使わない」


 じゃ、シューパロ湖ではない。


 いつの間にか行先当てクイズみたいなこのやり取りがちょっとだけ楽しくなっていた。


「最初に、えぇと……230号線に入って」

「了解」


 高速は今日は使わなそうだ。

 今のところ私の中で、行先の候補地は二つ。


(さて、今日はどこに連れて行かれるんだか……)


「ねぇ、プリンは硬い派? 柔らかい派?」

「……柔らかい派かな?」


 私が答えると、綸子はふぅんと言ってそれっきり黙ってしまう。

 なんなんだ。


 230号線は、週末は必ず混むのが定番の道路である。

 南下したいS市民がこぞって使うからだ。


 あと、春先に覚悟しておかないといけないのは----。


「うわッ、ちょっと! 運転乱暴じゃないの!?」


 ガクン、ガクンと跳ねる車の中で、お嬢様は私に猛烈に抗議する。


「もっと丁寧に……ッ、て、わッ!?」


 230号線の舗装は、春になるとボロボロなのだ。

 藻岩の下辺りからいきなり路面に大小様々な穴が開き始め、時々ハンドルを取られそうになるくらいの大穴が出現したりする。


「な、なんでこんなに穴空いてるの? 古いの?」


 確かに230号線の歴史は古い。


 230号線の基礎は、明治四年に開通した本願寺道路である。

 名前の通り、本願寺----東本願寺が作った道路だ。


「でも東本願寺って、京都にあるんじゃないの? なんで北海道の道路なんか作ったの?」

「私もよく知らないけど、本当は明治政府が作らなきゃいけない大事な道路だったんだけど、明治政府はお金がないから恩義を売った東本願寺に作らせたんだって」


 当時の工事の指揮を執ったのは現如上人という若きお坊さんで、原始林の開拓は困難を極めたが、なんとか開拓使本府に通ずる第一号の道路を完成させた。

 中山峠にあるお坊さんの銅像は、この現如上人のものである----という話は市役所のホームページにも載っている。


 という訳で、230号線は、古いも古い、北海道最古の幹線道路である。


「じゃあさ、古いのは分かったけど……ちゃんと手入れすればいいだけじゃないの?」

「んー、それがそうでもないんだよね……」


 ガクンガクン揺れながら、私は溜息を吐く。


「簡単に言うと、雪解け水のせいかな」


 元々アスファルトには砂粒が混ざっている。

 車の重みで少しづつひび割れたアスファルトに雪解け水が入り込み、夜気温が下がるとそのまま凍ってしまうのだ。


「水が凍るとどうなるか分かる?」

「バカにしてんの? 水は凍ったら膨らむんでしょ……あ、そうか……!」


 つまりはそういう事だ。

 凍るのと解けるのを繰り返していると、アスファルトの隙間が広がり、ちょっとずつ欠けて、そこから穴が開いてしまう。


「毎年工事してるけど路面がすぐガタガタになるって、雪国の宿命っちゃ宿命なんだけどね」


 幹線道路ほどこの現象は起きやすいのが悩ましいところだろう。

 そうは言っても、下手すればタイヤがパンクする事もあるので、運転には注意が必要だ。


 あとは、飛び石。

 砕けたアスファルトや細かな砂利が飛んで来てガラスに当たるのが一番怖い。


「このくらいで騒いでたらこの先川沿過ぎたらもっとひどく……」

「あ、あの吉野家を左折ね」


 早く言え!


 慌てて私はウィンカーを出す。


「あのね、曲がる時は早めに指示ちょうだい!」

「私も今気付いたんだもん」


 お嬢様は少しも悪びれない。

 いや、そこは猛省して欲しい。


 そして、453号線に入るという事は、二つの候補のうちの一つ消えたという事になる。


(……どうか道路に雪が残ってませんように)


 祈るような気持ちで私は吉野家の前を曲がり、豊平川を渡った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ