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ねえねえ、今度の日曜日はなんとかピエロっていうハンバーガーが食べたいんだけど……? 後編その5

 綸子の言う店舗に入るまで、曲がる所を間違えて私は川に沿ってホームセンターの周りを二周する羽目になった。

 けれども綸子はその間もずっと窓の外を眺めていて、文句一つ言わなかった。


「……この並木、春になったら桜綺麗なんだろうなぁ」


 ボソッと呟く彼女の横顔は、どこか寂し気で、


「あ、この木って全部桜なんだ? 名所なのかな?」


 次こそはちゃんと右折するぞと思いながらそう聞くと、「そうみたいね」という返事だけが返って来た。

 その様子が、まるで、目に映る全てを記憶に焼き付けようとしているかのように思えて、私の不安がどんどん膨らんでいく。


(なんでだろう……このままお店に着かないでずっと走っていた方がいいような気がしてきた……)


 でも、そんな子供じみた考えを嘲笑うかのように、目的地はいきなり目に飛び込んで来た。


「あ、あれだ」


 もうすっかり覚えてしまったピエロの描かれた大きな看板。

 その下にメニューの看板もびっしりと並んでいる。

 

(あ、ここも焼きそばあるんだ)


 やっぱり謎の店感が強い。


 駐車場の入口には幟が何本もはためいている。

 思っていたよりも車は少ないし、ナンバーも地元のものばかりだ。


 そして、店舗自体は意外と落ち着いた感じの外観だった。


 向かって左側はレンガ葺きの屋根の長方形の造りなのだが、ちょっと変わってるのが、右側が青銅色の大きな六角形だか八角形の四阿あずまやっぽい造りになっている所だ。


 装飾的な窓ガラスがぐるりと取り付けられていて中の様子が見えるようになっている。

 尖がった屋根の先端には小さな小屋(?)があってその上に風力発電機なのか白い風車が見える。


「……なんかもっと派手かと思ってた」

「うん、他の所だと凄い派手なお店もあるよ」


 あたかも地元民かのような感じで綸子は答え、助手席からひょいと降りる。


「ありがと、お疲れさま」


 いつものように、愛おしむようにチャンプ号のミラーを撫でる。

 だけど、いつもより少しだけ撫でる時間が長かったような気がして、また胸がざわつく。


 私も急いで後に続こうとしたが、ふと思い付いて、


「……チャンプ、帰りも頼むね」


 ルームミラーの横の小さなカプセルを指で突いた。


「それと……」


 安全運転だけじゃなくて、それ以外の事をお願いしたのはこれが初めてだ。

 カプセルとその横のラバーマスコットの猫が、プラプラと揺れた。


「ふーこ、早くおいでよ」


 入口で綸子が手を振っている。


「ごめん、今行く」


 店内が見えないくらいに色々とポスターが貼りまくられたドア(これは多分どこの店舗もそうっぽい)を開けると、嫌でも目が行くのは、入って左手のカウンターだ。


(うぉッ! メニュー多っ!)


 まず、カウンターのスペースの上半分くらいがメニューの写真で占められている。


 店員さんの白い帽子が引っ掛かる寸前の位置まで吊り下げられたそれらの写真には、ハンバーガー以外にもカレーやらオムライスやらハンバーグステーキやらが載っていて、


「……ここって、ファミレス?」

「ううん、ハンバーガーショップだよ?」


 綸子はと言えば、カウンターの両脇に貼り出されたこれまた凄い量のメニューをふんふんと見ながら、早速選び始めている。


(うーん、目が滑る……)


 ラーメン。

 とんかつ。

 ソフトクリーム。


(函館ではこれが普通のハンバーガーショップなのか……?)


 後から来た客は、慣れた感じで普通にお持ち帰りピザとか頼んでるし。


 しかし先にメニューを注文しないと席へ行けないシステムのため、私も綸子の隣に行って一緒に選ぶことにした。


「何かオススメとかあるの?」

「うん、チャイニーズチキンバーガーは絶対食べるんだ」


 綸子がニコニコして写真を指差す。


 『中華風甘辛味』とあって、確かに美味しそうだ。

 カウンターのメニューにもダントツ一位とあったっけ。


「じゃあ、私もそれにする」

「あと、ラキポテも食べようよ」


 ちゃんと下調べをしてきたのか、お嬢様はメニュー決めをテキパキと進めていく。

 ラキポテとは、ポテトにソースがかかったやつらしい。


「よし、食べよう」


 二人共チーズソースにした。


 なんだか、この辺りでワクワクしている自分に気付く。

 なんだかんだで、お祭りの屋台で買い食いをする時の非日常感に近い楽しさが、このお店にはある。

 

「あとは飲み物を決めて、と……」

「うん、分かった」


 綸子はラッキーガラナで、私は自家製本物ウーロン茶というなんだか凄そうなウーロン茶にした。

 ガラナは飲んだ事あるけど、オリジナルというのは凄い。


 カロリーの暴力みたいな外観のカウンターで先に支払いを済ませ、私と綸子は席を探しに行く。

 四阿あずまやのように見えた店舗の右側が客席になっていた。


「わ、綺麗……」


 外観よりも、中はもっと西洋風だった。

 

 中央の太い柱に支えられた高い天井には木製のシーリングファンが二つ。

 天井も壁も、ウィリアムモリスの壁紙で飾られているのは圧巻だ。


 所々に配置された半円の傘のランプも、それに合わせたのか薔薇や色んな花模様のステンドグラス製だ。

 窓からの自然光と観葉植物の緑と合わさって、全体が柔らかな雰囲気に包まれている。

 

 客席は窓辺の一部を除いてテーブル席だ。

 ソファーやテーブルの色は深い青色で揃えられていて、カウンター側とはなんだか別世界の感じだ。


 綸子はセルフの水を私の分もコップに注ぎ、奥側の窓辺のソファー席に座る。

 丁度人のいない時間帯なのか、持ち帰りが多いのか、お客は少し離れたテーブル席で高校生らしき女の子達が二人楽しそうに笑い合っているくらいだ。


「……ふーこも、こっちに座んなよ」


 向かいに腰掛けようとした私に、少女は手招きした。


「これ、一緒に見よ?」


 鞄から付箋を貼ったガイドブックらしきものを取り出し私に見せる。

 なるほど、注文が早い訳だ。


 頼んだメニューが来るまで、私は、函館のガイドブックを捲りながら「この辺はもう湯の川に近い」とか、「植物園にはサルがいて温泉に入るのが有名らしい」とかいう綸子の説明をずっと聞かされていた。


 私の隣で綸子はいつもよりよく笑い、よく喋っていた。


 鴨島さんといた綾子さんも、きっとこんな感じだったのだろうか。

 少し、胸がキュッとなった。


「あ、来た来た」


 店員さんが持って来てくれた緑色のトレーには、二人分のメニューが乗っている。


 白いカゴに入ったハンバーガーと、ドリンクと、あとマグカップに入ったポテト。

 こうしてみると、マックやモスとあまり変わらない。


「……あー、とうとう函館まで来ちゃったね」


 ガラナを飲みながら綸子は私に笑いかけた。


「運転疲れたでしょ? ありがと」

「……別にそんなに疲れてないし……なんなら、植物園とか行ってみる?」


 時間はまだ少し余裕がある。

 いつもの綸子なら二つ返事のはずだ。


 しかし、少女は首を振った。


「ううん、ここでふーことゆっくりしたいから」


 チャイニーズチキンバーガーは、油淋鶏のネギ抜きといった感じで美味しかった。

 考えてみればハンバーガーでこういうのって珍しいかもしれない。


(うん、ウーロン茶と合わせて正解だったな)


 ラキポテはフォークが付いているのでマグカップから一本ずつ抜き取って食べる。

 チーズソースのお陰でかなりボリューム感があるけど、運転してきた疲れには丁度いい濃厚さだ。


(うん、やっぱりウーロン茶で正解だ)


 先にバーガーを食べ終えて、あとはのんびりそれぞれのポテトを摘みながらまたガイドブックを二人で見る。

 観光地に来ているとは思えない静かさが心地良いのだが、それよりも私は今日の綸子の距離の近さに困惑していた。


(顔、近いし……)


「ねぇ、ふーこってさ、なんで風子って名前なの?」

「……え、えーと、風の強い日に生まれたからだって」


 綸子にいきなり名前の話を振られて、私の心臓が飛び跳ねた。

 ガイドブックを見ていてそんな事を聞いて来るか? フツー。


「……で、私の名前の由来は、聞いてくれないの?」

「あ……いや、聞いていいのかなって思って」


 そう言うと、綸子はふっと笑う。


「ふーこのそういうトコ、好きだよ」

「ちょ……、大人をからかうもんじゃないって」


 突然そんな事を言われた驚きで私は赤くなる。


「だいたいねぇ、あのたこ焼き屋さんの時だって酔っ払って私に、その……キス、したりとか」

「だってあれは……口にマヨネーズ付いてたから」


 あれだけへべれけになってた割には、記憶はあるのか。

 何か問題でも? みたいに私を見る綸子に、私は告げる。


「私、たこ焼きにマヨネーズはかけないの……だから、あの時もソースだけに変更してもらったんだよね」


 綸子が隣のスーパーに行ってる間に私が店員さんに頼んだのだ。


 今度は少女の顔が、赤くなった。


「え、何それ……ズルくない?」

「いや全然ズルくないと思う……ってか、私のせいみたいな目で見られても……」


 しばらくの間、見詰めあったまま沈黙が続いた。


 そして、不意に私の目の前に、広げたままのガイドブックが掲げられて----気が付いた時には、私は綸子にキスをされていた。

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