ねえねえ、今度の日曜日はなんとかピエロっていうハンバーガーが食べたいんだけど……? 後編その4
「……なんであんな事言ったのかは、正直自分でも分からないんだよね」
駒ヶ岳を左に見ながら高速を下りる。
さすがに出口付近は軽い渋滞だ。
何気なく周りの車に目をやる。
家族連れにカップルらしき男女の二人組----皆それぞれの車内で笑顔だ。
まぁ、さすがにハンドルを握るお父さんはお疲れ気味だけど。
私達は----あちら側からはどう見えてるんだろう。
「でも、動画に映っていたふーこ、あの中で一人だけ……笑ってたんだ」
綸子の言葉には私は「は?」と声を上げる。
「……嘘でしょ? だって私の部屋燃えてたんだよ!? なのに規制線張られてるから入れないし、大事なものは全部部屋にあるのにそれが目の前で燃えていくのを見てるしかなかったんだよ!?」
燃えてる家を見て笑ってるなんて、放火魔か、サイコパスだ。
ましてや自分の家が現在進行形で燃えているのに、笑ってたなんて----そんなバカな事は----。
「……分かってる……でも、ホントに笑ってたんだもん……燃えてる部屋を見上げながら、サイレンと炎に照らされて、笑ってた」
そうか。
やっぱりそうだったんだ----。
「……そうかもしれない」
「え?」
今度は綸子が驚いた顔をする。
「正直あの火事の記憶はあまりないんだよね……っていうか、思い出さないようにしてる」
高速を下りるとすぐに国道5号線に合流する。
ちなみに綸子の行きたがっていたハンバーガーショップはここにもあるが、まだ函館ではないのでそのまま通り過ぎる。
(なんか賑やかな看板だな……って、今焼きそばって字が一瞬見えた気が……)
で、ここからは大沼公園を抜けて行く事になる。
並走する形の函館本線と一旦お別れして、じゅんさいが採れるという蓴菜沼を通り、大沼と繋がっている小沼を左に見ながら走る。
「沼、もっと見えるかと思ったら結構木で隠れて見えないもんなんだね」
ガラスに鼻先を付けるようにして綸子は小沼を眺めてる。
道路の両脇は結構灌木が多くて、思ってたよりは景色がよく見えない。
「……もし沼が見たいんなら大沼の方まで回れると思うけど、どうする?」
「いい、時間がなくなっちゃう」
大沼側はホテルもあって結構有名な観光地って感じだけど、国道沿いはやや寂れている感じだ。
『大沼ボール』というボーリングのピンが立った巨大な看板があったけど、もう廃墟になっていた。
沼を通り過ぎた途端にトンネルに入る。
トンネルを抜けて少し走ると、また例のハンバーガー屋だ。
(……マック並みにあるんだな)
感心してると、
「そこ、函館新道に入って!」
お嬢様から指示が飛ぶ。
5号線とはまたお別れだ。
「これ、高速道路……?」
「ううん、無料のやつ」
山裾に沿うようにして出来たまだ新しい道路をチャンプ号はゆく。
制限速度が70キロから100キロに変わり、外の景色がどんどん流れていく。
「この辺で給油したいんだけど、確かスタンドあったよね?」
「うん、インターチェンジ降りてちょっと行くとあるから大丈夫」
いつの間にか、いつもの私達のやり取りに戻ってる。
だけど、綸子が私の答えを待っているのは伝わって来る。
「……さっきの話だけど」
「うん」
私はちょっと深呼吸した。
「あの日の次の日に婚約者が部屋に来る予定だったんだよね」
私と婚約者(元、だけど)は数少ない私の友人の紹介で出会って何となく付き合いをスタートさせ、二年前の冬になる頃には彼の趣味道具のキャンプ用品なんかが私のクローゼットの大半を占めるようになっていた。
「それで、まぁ帰って来たら自分の部屋が燃えてて……取りあえずパニックになりながらも電話した訳よ」
今目の前で部屋が燃えてるという私に彼が返した言葉は、
「じゃあ俺の荷物は!?」だった。
「笑えるよね」
「……そいつサイテーじゃん」
綸子の眉間に皺が深く刻まれた。
「うん、サイテーだったわ」
電話を切った後はもう覚えてない。
ずっと立ち尽くしていて、お巡りさんに「大丈夫ですか?」とか聞かれながら規制線の前から引き離されたような記憶があるけど、それも本当だったかどうか今では分からない。
「でも、そう言われると……そうかもね、私、笑ってたかもしれない……」
全財産が燃えているという絶望よりも、多分あの感情は、解放感だ。
綸子の言う通り、第一声で自分の趣味道具の安否しか聞いて来ないようなサイテ―な男と付き合っていた自分。
そのサイテ―な男と早く結婚して母親を安心させようと思っていた自分。
自分の意思など持たないまま流されるようにして生きて来た自分----。
全ての自分が、あの火事で焼き尽くされたのだ。
私を縛っていた『普通』から自由にしてくれたのだ。
「……うん、そうだ。私は笑ってたね」
そして付け足す。
「笑ってたし……幸せだった」
車は次第に市街地に入っていく。
インターチェンジが近い事を示す看板が増えて来た。
「私、頭おかしい女に見えたでしょ?」
「ううん……」
インターチェンジを出るとまた5号線に合流だ。
函館ナンバーの車がぐっと増える。
「最初私が幻覚でも見てるんだと思ったくらいに場違いに笑ってて、それがすごく不思議で、でも綺麗で目が離せなくて……」
「そんな事で私を探したの?」
ちょっと呆れた声で聞くと、綸子はキッとなってこっちを見る。
「私にとっては大事な事だったの!」
「あ、ごめんなさい……」
怒られちゃった。
そしてそのままガソリンスタンドへと向かう。
給油の間は二人共無言だった。
満タンにしてガソリンスタンドを出て、あとは道なりに走る。
当たり前だけど、周囲は普通の住宅とか学校だ。
いわゆる観光スポット的なモノは全然なくて、生活道路、っていう感じだ。
「……でも、私が色々鴨島さんから聞いた事、怒ってないの?」
「何で?」
質問に質問で返されちゃった。
仕方ないので私は車の流れを慎重に見ながら尋ね直す。
「だって、最初に暮らし始めた初日に、余計な詮索したらコロス、って言ってたから……」
「別に……これは余計な詮索じゃないし、そもそも私も話そうとは思ってたし」
スマホを見ながらお嬢様はぼそぼそと言う。
「ふーこも忘れたい過去を話してくれた訳だし……おあいこ、って事で」
それに、と彼女は続けた。
「私だって最後まで隠し事するのは嫌だもん」
「最後?」
聞き返した途端に、「あ、その神社のとこ左」と指示が飛んで来る。
ちょうど市電の終点がある交差点だ。
時間的な関係なのか、観光客らしき人はあまりいない。
「そしたらあと真っ直ぐ行って600メートルくらいで左にあるから」
「了解」
いよいよゴールだ。
長かったドライブも、取りあえずはここで無事目的地に辿り着ける。
でも、安堵と同時に私の胸には言いようのない不安が芽生えていた。
(さっき……最後、って言ったの、私の聞き間違いじゃないよね……?)