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ねえねえ、今度の日曜日はなんとかピエロっていうハンバーガーが食べたいんだけど……? 後編その1

 サービスエリアの駐車場は八割くらい埋まっていて、私はチャンプ号を二周させた後、やっと停める事ができた。

 

(へー、結構人気なんだ……)


 建物自体はあまり新しくも大きくもない。

 場所的に一息入れたい運転手にとってはちょうどありがたい感じのスポット、という感じなのだろうか。


 などと思いつつ歩いていると、綸子はソフトクリームという幟を目ざとく見付けて先に駆けて行った。

 子供か。


「ソフトクリーム2つ下さい」


 チョコ味でもあったら私がそっちを選んで一口舐めさせてやってもいいかなと思っていたけれど、メニューに載っているのはバニラ味だけだった。

 それでも綸子はニコニコしながら受け取り、そのまま建物の外に出て行く。

 私も慌てて追いかける。


「うーん、いい風」


 お嬢様は立ったまま、美味しそうにソフトクリームを舐めている。

 

 確かに、見晴らしは最高だ。


 小高くなった場所に建つサービスエリアの下は緩やかな斜面になっていて、遊歩道が整備され、ちょっとした公園のように芝生が植えられている。

 所々に咲いているタンポポの黄色が目に鮮やかだ。


 モンシロチョウがひらひらと目の前を横切って行くのを目で追っていると、なんだかこのままここでピクニックを始めてもいいような気分になって来る。


「あー、こんなに眺めがいいとは思わなかった」


 駆け回っている子供達を眺めながら私がそう呟くと、


「でしょでしょ?」


 自分の庭でもないのに胸を張る。

 こういう所は、いつもの綸子だ。


「やっぱりサービスエリアは命の洗濯よ」


 どこかで聞いたようなセリフでドヤ顔をされた。

 いや、さすがにそこまでは思わんけど。


 でも、確かに綸子が来たがっていた理由も分かる。

 今まで行ったサービスエリアの中では、一番くらいに、いい。


 遮る物のない日差しの中、正面には有珠山と昭和新山、左手には噴火湾の海面が煌めいているのが一望できる。


 規模は大きくないが、運転の合間に緊張をほぐすには最高の場所だ。


「それ美味しい?」

「うん、美味しい」


 海からの穏やかな風が、綸子の後れ毛をそよがせている。

 私も綸子の横に立ってソフトクリームを舐める。


「あー、ここってガソリンスタンドもあるんだよ? 至れり尽くせりだね……寄ってく?」

「いや、函館で入れるから大丈夫……ありがとう」


 給油の事も考えていてくれたんだろうか。

 初めの頃に比べると色々と考えてくれるようになったんだなぁ、なんてちょっとした感慨を覚えたり。


 いつものセルフの系列が函館市内にもあるはずなので、給油はそこでするつもりだ。

 何事も無ければ給油なしでギリギリ往復できそうだけど、さすがにそれは怖いので、市内に入ったら最初に満タンにしておこう。


「もう夏だねぇ……日焼け止め持って来れば良かったかな」

「引き籠ってばっかりなんだから、こういう時くらいは紫外線を浴びた方がいいんじゃないですかね?」


 そう言うと、お嬢様のグーパンチが横腹に飛んで来た。


 穏やかだ。

 ひたすら穏やかな初夏の休日だ。


 この穏やかさが最後まで続く事を私は心から願った。


 ----恐らくは叶わないとうっすら悟りつつも。


「……そろそろ行く?」


 ほとんど同時に食べ終わって、私達は顔を見合わせる。


「行きますか」


 パーキングの端に停めてあるチャンプ号に向かって、私達は歩き出す。

 いつもと変わらない足取りで。


 綸子が先で、私が後からついて行く。


 だけど、多分、綸子との関係は、この旅で大きく変わる。

 いや、もう変わりつつある。


 そのために、彼女は私を函館に連れて行こうとしているのだ。


「ここからだと、あとどのくらい?」

「んー、三時間かな」


 シートベルトを締めながら、綸子は質問を予期していたみたいな口振りで答えた。


「大丈夫? 行ける?」

「……ここまで来ておいて大丈夫じゃないとは言えないでしょ」


 綸子は十分下調べをしているはずだ。

 そのうえで私に函館まで行かせようとしている。


 私達のドライブは、ある種の共同作業なのだ。


 だから、私は何があってもちゃんと綸子の信頼に応えようと思う。


「お嬢様にちゃんとお昼を食べさせるのも私の仕事ですからね、雨が降ろうが槍が降ろうが辿り着きますよ函館まで」

「あはは、何それ」


そう言い合いながらチャンプ号に乗り込み、ドアを閉めると、綸子の顔は傍目にも分かるくらいに緊張していた。


「……どこまで話したっけ?」


 そう言うと、少し伸びた髪を掻き上げ、少女はシートに深く身体を沈めた。


後部座席に、いつものトートバッグはない。

彼女は、覚悟を決めている。


私はまだソフトクリームの甘味の残る唇を噛み締めた。


「……入院して、同室の子とせっかく仲良くなっても、先に退院したりして……その繰り返しだった、って話まで聞いた」

「……そっか」


少し間が空く。


 モンシロチョウが一匹、見送りでもしてくれるかのようにチャンプ号の後からひらひら着いて来て、どこかへ消えた。


(そういえば、春の終わりに見た黄色い蝶々、あれから見てないけどなんて名前だったっけ……?)


 もう夏だ。

 綸子にとって、最高の夏になるはずの、夏が、もう始まっている。


だけど、私には一体何ができるんだろう?


 綸子に最高の夏を経験させてあげられるとはとても思えないんだけど。


(……ま、いいや……私は私の仕事をするだけだ)


 今日やるべき事は、安全運転でお嬢様を函館までお連れする事。

 それ以上でもそれ以下でもない。


(さて、行きますか……!)


 青い空の下、私達はまたドライブに戻るーーーー。

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