ねえねえ、今度の日曜日はなんとかピエロっていうハンバーガーが食べたいんだけど……? 中編その2
そして当日。
運命の日曜日----というほどのものでもないけど。
「ふむ……本日の天気は、晴朗なれども風ちょびっと強し、って感じかな」
駐車場のスロープを上り、入り口脇の植込みが風にそよぐ様子を見て、私はそう呟いた。
すると綸子は「秋山真之?」と反応する。
おおさすがはゲーマーだ、と感心するが、単に日本史が得意なだけかもしれない。
ちなみに私はNHKのドラマで見ただけだけど。
「で、その心は?」
「まあなんとかイケるかなー、って感じかしらね」
そのなんとか、というのが実はちょっと心配なんだけれど。
「ふぅん?」
サンデードライバーの私でも最近ようやく分かって来た事がある。
それは、風がない方が運転しやすいという事だ。
いや、すごい今更じゃね? という感じではあるんだけど、高速を使うようになってから、風の強さで走りやすさが格段に違うというのが体感的に分かったのである。
ましてや今日は函館までの長距離運転だ。
風のあるなしで結構かかる時間が変わる事もありうる。
日帰りだから無駄にできる時間はない。
なのでかなり気を引き締めて行かないといけないという訳で。
何よりも、このお嬢様を乗せて事故など決して起こしてはいけない。
一応鴨嶋さんが保険の切り替えとかは全部やってくれたみたいだけど、そういう問題ではなく。
綸子に何かあるのだけは、絶対にダメだ。
そんな事があったら、私は----。
「頼むよチャンプ」
私はルームミラーの横にぶら下がる猫のラバーマスコットをツンと突く。
その後ろの銀色の小さなカプセルも、一緒にゆらゆら揺れた。
「そういえば、そのチャンプの後ろの入れ物、何?」
綸子が不思議そうに見詰める。
「ああこれね、チャンプの爪が入ってんの」
「爪?」
そう。
この小さなカプセルには、チャンプを火葬にする前に切らせてもらった爪が入っているのだ。
遺灰は市内の動物霊園にあるが、これだけは分骨のような感覚で手元に残している。
「もしかして、そういうの嫌だった?」
「ううん」
綸子は首を振る。
「逆に、なんか羨ましいな……そこまでして一緒にいようと思ってもらえるなんて」
「……うん、大好きだったからね」
インターチェンジまでは、もうそんなに綸子もスマホを見る事もない。
ナビにもだいぶ慣れて来た様子だ。
「南で入っていいんだよね?」
「うん」
綸子は窓の外を眺めながら、時折カプセルに目をやる。
「チャンプって、生きてる時も車に乗ったりしてたの?」
「ううん、生きてる時は病院に連れて行く以外は一度も外に出した事がないし、その頃はまだ私車持ってなかったからね」
チャンプの爪は、しばらくはガラス瓶に入れて窓辺に置いていた。
「でも、この車を買った時に、何故だか自分でも分からなかったけれど、これからは一緒に外を走れたらいいなって思ってね……それでここにいてもらう事にしたんだ」
結果として、チャンプの爪はチャンプ号と共に例の火事から逃れられた訳で。
だから余計に私はこの車だけは失わないようにしようと思ったのだ。
運命を感じたというほどではないけれど。
でも。
(こうして綸子と出会えたのも、もしかしたらチャンプが引き合わせてくれたのかもしれないな)
買ったはいいけれど結局家と会社の往復にしか使わなかったチャンプ号が、もっと走らせろと業を煮やしたのかもしれない。
そう思うと、少し可笑しくなった。
「なんか今日のふーこ、余裕じゃない?」
「そんな事はないけど、少しは高速も慣れてきたからね」
いつもより早く来たつもりでも、日曜日のインターチェンジはそれなりの大盛況だ。
「いっぱい人いそうだけど、ソフトクリーム売り切れてないよね?」
いきなりそっちの心配かい!
本社の移転で綸子のお父さんが札幌から東京に行ってしまったという話を鴨島さんから聞いてから、大丈夫かなとかまあそれなりに思ってたりもしていたというのに、本人は全然変わった様子はない。
(まあ、あんまり仲がいいという感じではなかったけどさ……)
「でもホント鴨島さんって有能だよね、なんでお父さんに着いて行かなかったの?」
「だってお父さんの秘書じゃないもん」
事もなげにお嬢様は答える。
「私の秘書だから、札幌にいるんだよ?」
「……は?」