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ねえねえ、今度の日曜日はなんとかピエロっていうハンバーガーが食べたいんだけど……? 中編その1

 さて、ここで質問です。


 札幌から函館までは、何時間かかるでしょう?

 ちなみに札幌駅からは特別急行列車北斗を使っても行けます。

 

「函館? テレビだと三時間半くらいって言ってた気がするけど……?」

「まぁ、電車ならだいたいそのくらいですね……じゃ、車だとどのくらいかかると思います?」


 ソファに横になって食後のうまいデザートを嗜まれていたお嬢様は首を傾げた。


「え、同じくらいでしょ?」


 うーんこの娘、簡単に言いおるわ。


「もう少しかかりますよ。高速使ったら、夏場ならだいたい四時間半くらいだと思って下さい」

「じゃ行けるじゃん」


 そこは躊躇しろよ!


(いくらなんでも車で函館はキツいでしょ……!)


 往復で九時間も車に乗るのよ? 函館でハンバーガー食べるためだけによ?

 二人っきりで高速乗りっぱなしなのよ?


 ----いや、気が進まないのは、私の方なのか。


 あんな事があった後で二人だけの空間でどんな話をすればいいんだろうとか、不自然じゃないように振る舞えるのかとか、そういう事が色々心配なだけで----。


 怖いのだ。

 私とこの子の関係が変化してしまうのが。


(契約とかそういうのじゃなくて……私自身の気持ちが、もし、変わってしまったら……)


 私がこのマンションを出なければならなくなる?

 不自然だけど安寧なこの生活を手放さなければならなくなる?


(……ううん、そうじゃない……私が本当に怖いと思ってるのは……)


 だから私はリスクの少ない方法を選ぼうとする。

 これまでもそうして生きて来たように。


 私が私のままでいるために、一番安全な道を、これからも----。

 

「今回は、電車にしましょう」

「なんで? 私は車の方がいいよ?」


 運転しない人間特有の気楽さだけではないその熱心さに、今度は私が首を傾げる番だ。


「いや、車でも行けなくはないけどその……ほら、絶対途中で退屈になったりとか……」

「全然平気!」


 そう言いながら、綸子はやにわに走り寄って来た。


「えッ、な、な……!?」


 いきなり距離を詰められたせいでつい仰け反ってしまったが、綸子は私の動揺に全く気付いてはいないようだ。


(あ、やっぱりこの子覚えてないんだわ……良かった……)


 大人の癖に自意識過剰だった自分が恥ずかしくなって、私はこっそり赤面する。

 私は拭いたお皿を棚に仕舞い、エプロンを解いた。


「見て見て!」


 綸子はずいっとスマホを見せてきた。


「ほら、ちゃんと全部調べたんだから」


 グーグルマップの画面だ。


「これが函館までのルート! サービスエリアが四つもあるの!」


 星やらハートやら旗やら、何やら色々マークが付いている。


「サービスエリアは全部寄って、あと途中でパーキングエリアもあるし、本輪西展望所とかもあるから、ふーこも全然退屈じゃないと思うよ!?」


 そうですか、もう絶対車で行きたいんですね。

 めちゃくちゃ楽しみにしてるじゃないですか。


(もしかして全部のサービスエリアでソフトクリーム食べる気じゃないでしょうね?)


 私は、ついふふっと笑ってしまった。


「何よ?」

「いや、よく調べたんだなぁって思って……」


 なんだか、こんな様子を見せられたら、もう私が運転するしかないような気持になってくる。


(そっか……お母さんってこんな感じなのかな)


 これなら心配はなさそうだ。


 綸子と私の歳の差なら、ギリギリ母娘でも通るだろう。

 そんな子に酔っ払ったからというだけで気まぐれなキスをされたくらいで、私は一体何を気にしていたんだろう。


(だったらこの子の事を可愛いって思ったって、別に変じゃないよね……)


 納得と、それから胸の奥深くがほんの一瞬キュッとなるような感覚を同時に覚える。


(……あれ? もしかして私……ちょっと残念とか思った……?)


 自分の感情を再確認しようとする前に、その微かな痛みはもう消えていて、私はそれにもまた曖昧な安堵を覚える。


「でも、折角函館まで行くんだから、本当に日帰りでハンバーガー食べるだけでいいの?」

「……うん、いいの」


 どうしてもというのなら、出血大サービスで土日を使って一泊してもいいくらいの気持ちで聞いてみる。


「だって日帰りじゃないって事は、どこかに泊まるんでしょ?」


 そりゃまぁそうなるでしょ。


「……そういうのは、ちょっと……違うかな、って」

「……?」


 急に困ったような顔をされてしまった。

 考えてみればそうだろう。


 あくまで私は運転手なのであって、友達ではない。

 お昼を食べに連れて行くだけであって、保護者に徹していればいいだけの存在なのだ。


 要するに、普通に考えれば一緒に泊まるような関係ではないのだ。


 その辺の線引きは、この子の方がよほどきっちりしているのかもしれない。


(うぅ、マズった……混乱し過ぎて逆にハードルの高い方の提案をしてしまった……バカじゃん私……)


 綸子の事を他人との距離の取り方が下手な人間だと思っていたけれど、実は結構私の方が他人との距離感を測り間違えるタイプなのかもしれない。


 そんな私の焦りに気付いているのかいないのか、綸子は「でもさ、なんかお店が幾つもあるからどこにすればいいのか分かんないんだよねー」などとスマホを見ながら呟いている。


「じゃあ行くまでにどのお店にしたいか決めておいてね」

「うん、分かった」


(……危ない危ない、ちゃんと大人らしく気を付けて接しよう……)


 私は改めて自分の立場を確認する。


 私は、お嬢様の雇われ人だ。

 それ以上でもそれ以下でもないし、なってはならない。


(もう、絶対にこの子には振り回されないようにしないと)


 それにしても、人ってキス一つでこんなに自分を見失うものだったっけ?

 たとえそれが相手のほんの気まぐれでも、こんなにも心を掻き乱されるようなものだったっけ?


(変なの……こんな感じは、とっくの昔に忘れたと思ってたのに……)


 いやいやこれは母性なのだ。

 そうに決まってる。


 うん。


 だから私も、広い気持ちでこの子の我儘を受け止めてあげればいいだけなのだ。


「よし、それじゃ今週の日曜日は、函館まで日帰り弾丸ドライブという事で決まりですね」

「うん!」


 スマホを握り締めた少女は、嬉しそうに笑う。


 あとは、神様----このドライブが色んな意味で無事に終われますように。


 私は心の中で十字を切ったのだった。

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