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ねえねえ、今度の日曜日はなんとかピエロっていうハンバーガーが食べたいんだけど……? 前編

『キス お酒 事故』

『酔っぱらい キス 覚えてない』


 月曜の明け方から私のスマホにはそんな検索履歴がずらっと並んでいる。

 それもこれも、日曜日の夜にたこ焼き屋の横で綸子がいきなりキスなんかしてきたせいだ。


(いや……今更なんだけど、あれはそもそもキスに入るのか……?)


 私の眉間には皺が寄りっぱなしだ。


 キスというには唇の端っこだし、かといって端っことはいえ唇を舐められたのだ。

 ペロッと、そう----すごく自然な感じで。


(うん、あれはキスじゃないっしょ……キスじゃないわ、うん……ただの酔っぱらいがやった事なんだから、何も意味はない訳で……)


 そうは思いながらも、気が付けばまたスマホに手が伸びている。

 もう少しで知恵袋に質問の投稿までしてしまいそうな勢いにそろそろ我ながらキモいと思いつつあった月曜の夜、


「ふーこ、何かあったの?」


 向かいに座る綸子にいきなりそう聞かれ、私は危うく啜っていたコーンスープを噴き出すところだった。


「え、えッ!? どうして!?」

「いや、だってさ……なんかずっと考え事してるっぽい顔だから」


 はいそうです。

 大正解です。


 私は、日曜日の夜に貴女にされたキスのせいで、夜もあまり眠れなかったんですよ?


(……なんて、言える訳ないんだよなぁ)


「あー、いや……別にそういうんじゃないけど……」

「ないけど?」


 適当に誤魔化そうとしたのに、食べるのをやめてまで身を乗り出して来る。


 まずった。

 これはどうやら本気で心配してくれているようだ。


「いや、ちょっと昔の夢を見ちゃって……それで」

「……昔の夢?」


 咄嗟に出た言葉は、嘘ではない。

 

 久し振りに母親に会ったせいなんだろう。

 あの時の、火事の夢を見たのは本当だった。


「あッ、ほら、消防車のサイレンとか聞こえるとね……火事の時の事を色々思い出しちゃって……」


 そう言ってから、更にしまったと思う。


 ここは高層マンションなのだ。

 最上階のフロアにいる限り、下を通る消防車のサイレンなんて聞こえる訳がないのに。


「……そっか」


 なのに、綸子は安堵の表情を浮かべた。


「なら、良かった」

「……?」


 スプーンを再び口に運び、私は首を傾げた。

 コーンと牛乳の柔らかな甘みを味わってから、ゆっくり飲み込む。


 今日はポークソテーのバルサミコソースとコーンスープ、あとはマカロニのサラダがテーブルに並んでいる。


 ポークソテーは豚のロース肉を表面がカリカリになるくらいに焼いて、バルサミコ酢と醤油と塩と砂糖で作ったソースをかけたシンプルなものだ。


 コーンスープは袋入りのコーンスープの素にクリームタイプのコーンと牛乳を足したものだ。

 道内のメーカーの商品で、少し高いがパウチ入りの商品の中ではこれが一番好きだ。


 マカロニのサラダは早茹でのマカロニとキュウリとハムを混ぜたもので、主に混ぜる作業は綸子がやってくれた----まだ包丁が怖いからとキュウリは切ってくれなかったけど。


「いや、だってさ……心配したのに逆に心配されたりとかだったら悪いなとか、そう思って」

「あ、うん……?」


 バルサミコソースは少し甘めに作ってある。

 すっぱい物があまり好きではないという綸子も、これは気に入ってるようだ。


「嘘ついてお酒飲んだのは、その……ごめんなさい」


 いきなりお嬢様はぺこりと頭を下げた。


「だからその、その事は……」

「別にそんな事くらいわざわざ報告しませんよ」


 やれやれそういう事か、と私は拍子抜けした。


 お酒を飲んだ事を父親に報告されたらまた実家に戻らなければならないと、どうやら彼女はそれを心配していたらしい。


(ま、こういう所がまだ子供なのよね……)


「私が付いていたのに飲んじゃったのは私の責任でもある訳だし」

「あ、そっか」


 いや、いい事聞いた的な顔すんじゃないっつーの。


「でも私だって最初はちゃんと我慢してたんだよ?」

「我慢って?」


 軽い溜息をつきながら私は一応言い訳も聞いておく事にする。

 大人なので。


「ほら、あのたこ焼き屋さんさ、ハイボールも置いてるじゃない? あれはちゃんと我慢したんだよ? ね、偉くない?」

「……結果飲んじゃってるから偉くないと思う」


 そう言うと、お嬢様は「そうか……」と諦めた様子でマカロニサラダを少し乱暴につついた。


「でもさ、日曜日どこも行けなかったのは寂しかったなぁ」


 お、今度は泣き落としですか。


「お天気よかったのにさー、ピザ食べて一日狩やってたからなんか太っちゃった気がするのよね」


 いやそれはピザが悪いような----。


「まぁ、埋め合わせはちゃんとしますから」


 と、私が言った途端、綸子の目が輝いた。


「ホントに!? どこでもいいの!?」

「え、あ……うん……いいですけど……?」


 そう答えながらものすごく嫌な予感が炸裂するのと、お嬢様が満面の笑みで両手をパンと合わせるのがほぼ同時だった。


「じゃあね、今度の日曜日はハンバーガーを食べたいんだけど……」


 なんだ。

 ハンバーガーならそこらにいくらでも専門店がある。


(うんうん、今度こそ楽勝でしょ)


 私もつられて笑みを浮かべる。

 が、しかしその笑みは次の瞬間凍り付く事になる。


「なんとかピエロっていうお店のハンバーガーなんだけど、分かる?」


 なんとかピエロ。


 はい、分かります。

 某バンドのファンにとっては聖地と呼ばれているほどのお店ですね?


 そして、お嬢様。

 多分そのお店----函館にしかないんですけど?


 私は満面の笑みのお嬢様を見た。

 お嬢様も満面の笑みで私を見詰めている。


「……分かりました、行きましょう」


 資本家の犬である私は、笑顔を張り付けたままそう答えるしかなかった。

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