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もしかして私って、ダメ人間?

 「ちょっと綸子さん、もう起きてよ……おうちに着きますよ……? ねぇってば……」


 たこ焼き屋の横でぶっ倒れたお嬢様を背負って、私はマンションの前にやっとの思いで辿り着いた。

 そして、そこである事にハタと気付いた。


(うぅッ、このまま正面玄関から入るとコンシェルジュさんと鉢合わせになってしまう……!)


 高級マンションの二十四時間常駐コンシェルジュというのも、こういう時は考えモノだ。


 いや、普段は夜中でもいてくれて安心だなとか、お嬢様のクリーニングを受け取ってくれたりお嬢様宛のでっかい宅配便を受け取ってくれたりしてくれてありがとうという気持ちで一杯なんだけども。


「起きてよ……ねぇ、ねぇってば?」

「うーん……もう飲めないよぉ……」


 うん、傍目には私が酔い潰したようにしか見えない。


(さすがにこの状況を見られるのはマズいよね……?)


 このマンションの関係者にも、どこまでロータスグループの息が掛かっているのか分からないのだ。

 万が一秘書の鴨嶋さんの耳にでも入って要らん誤解を与えてしまったら、私がこのマンションから蹴り出されてしまうと----私の大事なチャンプ号が路頭に迷いかねない。


 それは困る。


 本当はもう腕と腰が限界で、誰かに手伝ってもらいたいのはやまやまだったのだが、そういう訳で、私はお嬢様を担いだままエンヤコラと裏側に回り、駐車場から部屋に戻る事にしたのだった。


 最上階のフロアに辿り着いた時には、私はもう汗びっしょりだった。


「ねぇ、大丈夫? 今お水持ってくるからね?」


 綸子を私の部屋のソファに寝かせ、タオルを絞り、水をコップに汲む。


「具合悪くない? 大丈夫?」

「……うーん……だい……じょうぶ……」


 タオルで額を拭ってやると、少女は目をつぶったまま、のろのろと首を振る。

 まだ顔は赤いが、取りあえずは心配なさそうだ。


「じゃ、これお水ね……ゆっくり飲んで……」

「……うん」


 身体を起こさせると、やっと目を開いた。

 でも焦点が定まってない。


「……あれ? なんで私、ここにいるの……?」

「……それは、貴女が缶チューハイで酔っ払ったからです」


 わざと厳しい顔をしてそう告げると、


「……覚えてない」


 コップを持った綸子は申し訳なさそうな顔になった。


「……ふーこ、汗すごいよ……? もしかしてここまで運んでくれたの?」

「そうですよ?」


 そう言うと、


「……ごめんね」


 少女は小さな声で呟く。

 こっちまで調子が狂ってしまう。


 そのせいだろうか、つい思ってもいなかった言葉が出てしまった。


「……どうする? 自分の部屋に戻る? それとももう少しここで休む?」

「うん」


 素直だ。

 そして、ちょっと困った。


「……ここのソファで寝る」


 上げるつもりがなかった部屋に自分で連れて来てしまってから言うのもなんだけど、私は結構ドキドキしてしまっていた。


(このコがここに来たのって、これで二回目か……なんか、すごく……緊張する……)


 いや、鴨島さんと二人きりで向き合う時のあの緊張感もなかなかのものだけど(褒めてない)。


「服、苦しくない? 私のパジャマでいいなら着替える?」

「……いい……あっ、でも、ブラだけ……外そうかな……」


 ごそごそとカットソーを捲り上げ背中に両手を回している少女に、私は慌てて背を向けた。

 少しして、ポスッという微かな音がした。


「じゃあ、おやすみなさい……」


 ブラを投げ捨てて数秒で、お嬢様は再び眠りについた模様だ。


「あっ、うん……おやすみなさい」


 高そうなレースのブラジャーを注意深く摘み上げて、私は困惑していた。


 いきなり泊めてしまった隣人が部屋でブラジャーを外してしまった場合、そのブラジャーはこちらで洗って乾かしてから後日渡すべきなのか?

 それとも、目が覚めてから「落ちてましたよ」とそのまま渡すべきなのか?


 いや、そんな些末な事よりも----。


(って! さっきの綸子のアレ……どういうつもりだったの……!?)


 たこ焼き屋の横で私にいきなりしてきたアレが、キスなのか、キスじゃないのか、そもそも酔っぱらいのキスはキスに入るのか----?


 しかもそれは本人に直接聞いていいものなのか?

 聞くなら明るく聞くべきなのか、正座して深刻な顔で切り出すべきなのか?

 

(いやいやいやいや! どっちにしたって、おはよう! ところで昨日のキスについて覚えてる!? なんて聞ける訳ないし!)


「な……何もかも、正解が分からん……」


 大人だの保護者だと言ってみても、実際のところ人生のこういう経験値は限りなく低い。

 いや、それにしても低すぎる。


「あれ……なんか、私の方がダメ人間ぽくない……?」


 薄々気付いてはいたけど、気付きたくなかった。

 振り回されているつもりが、実は私の対人スキルが低いだけだったとか----。


「分かんない……世間の皆って……こんな時どうしてるんのよぉ……!?」


 肌掛けをかけられて気持ち良さそうに寝ている少女の横で、私はへなへなと膝から崩れ落ちたのだった----。

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