こんな夜は、たこ焼きでも食べない……? 前編
私、麦原風子は社長令嬢と一緒に高級マンションの最上階で暮らしている----。
なんて言うと、まるでキラキラセレブワールド(なんだそれ)みたいな響きだけど、実際には、
「……お腹空いた」
「ちょ……ッ、なんで朝と同じ所で寝てんですか!? 今もう夜の七時ですよ!?」
という感じの毎日だ。
社長令嬢であるはずの蓮見綸子は、ゲーム以外に趣味を持たず、私が持っていかなければご飯も食べず、リビングに出て来たと思ったら夜までソファから動かないという、つまりは最高レベルのダメ人間だったのである。
そしてそのダメ人間のご飯係を、今日も私はやっている訳で----。
「あーもう今すぐにご飯にしますから、とにかく顔を洗って下さい」
「……うん」
と、お嬢様は一体化していた革張りのソファからやにわに両手を水平に突き出した。
そのまま、ぬぼーっと上体だけ起こす。
「……見て見て、幽体離脱~」
「ネタ古っ!」
私が思わず突っ込むと、「えー、ちょっとくらいウケてよね」と頬を膨らませた。
「ふーこがオヤジギャグ好きだからせっかく動画見ながら練習したのに」
「え、それ、練習してたんだ……?」
しかも別にオヤジギャグは好きじゃないし。
気を使ってくれるのは嬉しいけど、もっと他の所に気を使って欲し----いやなんでもないです。
「もう……努力した人間にかける言葉がそれ? ふーこってさ、そういうトコあるよね」
憤懣やるかたないという感じで、綸子はぼさぼさの髪を掻き上げている。
それでも、ジャージにタンクトップという格好でも、やっぱり見惚れてしまうくらいに綺麗な横顔だ。
「私は褒められれば伸びる子なんだからね?」
「奇遇ですね、私もですよ」
陶器めいた白い肌は、昼夜逆転の生活を送っているとは思えないくらいにツヤツヤしている。
若さの賜物なのか、それとも私の料理のお陰か----。
(なーんて、それはないだろうけど……)
だけど、もし、もしもあるとしたら----それは日曜日のお昼ご飯なのではないのだろうか。
自分の食べたいものを探して、行く道を調べて、その日を指折り数えて待って、美味しく食べる----。
その楽しみが、この引きこもりの少女に何かしらのプラスになってるのだとしたら、もしそうだとすれば、私がこうして彼女と暮らす事にも意味があるのかもしれない。
(私が選ばれた意味、か……鴨島さんもその話になるといきなり口が重くなるしなぁ……)
秘書の鴨島さんは、相変わらず毎週やって来る。
だけど、当たり障りのない世間話みたいのが大半で、最近は綸子の様子もそんなに聞いて来ない。
先日思い切って綸子と直接話をしないんですかと尋ねたら、子猫を毎日見ていると大きくなっている事になかなか気付かないものですよ、と、分かったような分からないような返しをされてしまった。
『お嬢様に直接お会いしなくても、麦原さん、貴女の表情を見ていればお嬢様の様子は分かるものです』
笑顔でそう言われたけど、もしかしてあれって褒められたのだろうか?
いやまさか、適当な事を言ってこのまま私に押し付けておくつもりとか----?
(うーん、参ったな……ただのしがないOLの私にそういう役割を期待されても、何ができるって訳じゃないし……それに、私だって他人の世話を焼ける程の心の余裕は……)
私の心中も知らずに、ニートお嬢様はキッチンに入った私のすぐ横に立つ。
「今日はご飯何?」
日がな一日寝ている割には食欲は旺盛だ。
うん、いい事だと思う。
(いやいや、難しく考える事じゃないか……食欲がこの子を動かしているってだけで、別に私は関係ないんだと思う……うん……)
「串カツとコーンサラダと、あとは豆腐のお味噌汁です」
そう答えて私はエプロンを着ける。
綸子も慌ててエプロンを着ける。
うん、人間、形から入るのも大事だからね。
「では始めますか」
前は揚げ物でも私の部屋で揚げてから持って来ていたのだけど、一緒に食べるようになってからは綸子の部屋に来てから調理の仕上げをするようになっていた。
「じゃあ、私はソースを出すね」
「あー、油の準備の方が助かるんですけど……って、聞いてないし」
なんとなくだけど、最近は綸子も手伝ってくれる。
テレビを見てる時間の方がずっと多いけど。
「ねぇ、日曜日なんだけど」
そう声を掛けられて、私の手が止まった。
ちらっと見上げた先には、おたふくソースを手にウキウキした顔の綸子がいる。
「あのね、行きたい所が……」
「ごめんなさい」
私は深々と頭を下げた。
「日曜日は……親戚のお葬式があるから、お昼は一緒に食べられません」
「……えッ!?」
お嬢様は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。
その後ろで地元のアナウンサーが「週末は最高のお出かけ日和です!」と叫んでいるのが、やけに大きく聞こえていた----。




