ふふん、積丹のウニの時期っていつからいつまでか知ってる? 中編
積丹なんか、入社した年の社員旅行以来だ。
つまり、十何年振りである。
「ふーこの社員旅行って、どんな事したの?」
「えーと、皆でバスに乗って神威岬行って、海鮮丼食べて……あ、蟹汁も飲んだかな……?」
つまり、全然覚えていないのだ。
いつもの如く行先は積丹としか聞かされていないので、まずは高速に乗る事にする。
今時期の日曜日は5号線を使って渋滞に嵌まるよりも、とにかく高速を使った方が精神衛生上ずっと良い----ちぃ覚えた。
「そうだ、ご飯は1時半ね。だからそれまでには着いてよ」
「……えぇ……それ今言いますかね?」
駐車場を出たのが十時半だから間に合うとは思うけれど、ホントそういうトコだぞ?
「でもあの辺りのご飯って結構並ぶんでしょ? もっと早目に出ても良かったんじゃ……?」
「大丈夫よ」
眉間に皺を寄せる私に、綸子は涼しい顔で返す。
今日はダメージデニムのショートパンツに、グレーのTシャツだ。
白い羊が何匹も走っている絵柄だけど、見ていたら眠くなりそうで危ない。
運転中は横を見ないようにしなければ。
「だって、お店予約してあるもん」
「え? 予約……!?」
どうやらあの積丹にも予約を受け付けてくれる食堂が僅かながらあるらしく、綸子はそこに予約を入れているそうだ。
「っていうか、一人で出来るんですね……」
「ちょっと何よそれ、バカにしてるの?」
いやいやいやそんな事はないですよーと言いながら、私は札樽自動車道に入る。
名前の通り札幌から小樽までの高速道路だけど、今日は小樽までは行かずに途中から後志自動車道を通って余市まで抜けようという計画だ。
後志自動車道は、後志・道央地域などの連絡の強化を図り、沿線地域の安全・安心を確保するとともに、産業・経済・観光等の発展に資する高規格幹線道路である----と、ウィキペディアを見ると書いてある。
札幌から余市方面へ行くには国道5号線を使っていたのだが、昔から事故が多かった。
特に夏場は蘭島の海水浴場辺りの渋滞が酷くて、慣れたドライバーは抜け道を使っていたんだけども、そこも結局混むし危ないという問題は私が子供の頃からあったのだ。
「確か、蘭島のセブンイレブンは日本一売り上げがあった事もあるらしいよ」
「マジで? 海水浴場ハンパないじゃん」
蘭島の海水浴場からそのセブンイレブンに行くために道路を渡る海水浴客が途切れないため、夏場は必ず渋滞ができていたというのは、今じゃちょっと想像ができない光景ではある。
「あとは余市と小樽の区間は海沿いだから大規模地震による津波の影響を受けやすい、とかいう話もあったかな……それと有珠山や樽前山なんかが噴火した時……って、有珠山は実際前の噴火で道路めちゃくちゃになったからね……」
構想から実現までかなりの時間を要したが、そんなこんなで完成したのがこの後志自動車道なのだ。
小樽の病院への緊急搬送も、これができた事でかなりの時間短縮に繋がったという。
「最終的には倶知安まで伸ばすとか聞いたけど……ま、それはまだ先みたいね」
こうしてあちこち走るようになる前は高速道路なんてたいして使わないし、どこか他人事でもあったけれど、改めて道路は大事なんだと思う。
「ふーん、じゃあ後志自動車道サマサマって感じなんだ?」
「……それがそうとも言い切れないのかな」
これまで国道5号線を使っていた車が後志自動車道を使うようになった結果、5号線沿いのコンビニが閉店したり、日帰りメインの温泉が営業終了をしたというニュースが幾つかあった。
当たり前の事かもしれないのだけど、便利になったという反面、5号線沿線の経済は打撃を受けた所もあるのだ。
「……難しいんだね」
「まぁ、ウチの会社のドライバーさん達は出来て良かったって言ってるけどね」
ちょっとしんみりした空気になった辺りで、海が見えて来る。
青くて穏やかな海に、大きな白い船が浮かんでいる。
「……あ、小樽ジャンクション? で左に曲がるから」
「って事はもうそろそろ看板出て来るんじゃない?」
などと言ってると、緑色の大きな看板が見えた。
「えーと、余市・倶知安は左で……朝里・小樽が直進だって」
「うん、左に進めばいいのね?」
このまま小樽まで行ってしまっても確かに積丹までは行けるが、そこから5号線を使うとなると全然時間が読めない。
(ちゃんと後志道に入れますように……!)
割とマジで緊張しながら、私はウインカーを出した----。
後志道に入ると、走っている車はかなり少なくなる。
なので、少しは周りの景色を気にする余裕が出て来る。
「なんか木に白い花がいっぱい咲いてる」
ぐっと山側に入って、後志道は朝里温泉の上辺りを通り、毛無山と天狗山の下を潜って進む。
距離の割にはトンネルの区間が多い印象だ。
そしてたまに見える景色は、山肌に沿って耕された畑だったり、農家の屋根だったりビニールハウスだったりなのだが、目につくのが満開の白い花だ。
「……多分だけど、ニセアカシアかな」
私がそう言うと、少女は首を傾げた。
「変な名前……」
小さな白い花が葡萄の房みたいに集まって咲いているのが、ニセアカシア、別名ハリエンジュだ。
蜂蜜が採れるくせに葉っぱや実には毒があって皮を食べた馬が中毒を起こした事例があるとかで、子供の頃に花を吸っていたら先生に怒られた記憶がある。
「昔住んでた家の近くの公園にいっぱい咲いてたけど、こんなにたくさん咲いてるのは初めて見たかも」
「へぇ……昔は薪に使ってたんだって……」
綸子がスマホと窓の外を交互に見ながら教えてくれる。
「あー、だから田舎の方が多いのか」
ちょっとした疑問が解けて、私は笑みを浮かべる。
いや、そうじゃない。
こうやってすぐに調べて教えてくれたり、行きたいお店にちゃんと予約を入れたり----今日また一つこの子のいい所が分かったのが、なんだか嬉しいのだ。
(……うん、嬉しい)
噛み締めるようにして心の中でそう繰り返すと、今度は本当にニマァと笑ってしまったようだ。
「え、ふーこどうしたの……?」
「な……なんでもない」
引き気味で私を見る綸子に、
「余市で降りたら真っ直ぐ? 曲がる?」と慌てて誤魔化して、私は咳ばらいを一つしたのだった。