夕焼けの色って、どんな色? 前編
今日も彼女は白い革張りのソファの上で丸くなっている。
テレビから流れているのは、ローカルの情報番組。
いつもの光景だ----。
ウルフカットにしたミルクティー色の髪。
何着同じのを持っているんだと、見るたびに突っ込みたくなるスウェットの上下。
(確かにいつもの光景なんだけど……改めて意識すると、変な感じだ……)
家族でもないし友人でもないのに同じ屋根の下にいる存在----。
目の前の生き物は、そう考えると(考えなくても)不思議な存在だ。
(ま、ああやって好き勝手してくれている方が、構わなくて済むから助かるっちゃ助かるんだけどね……)
うまい棒を物憂げに齧っている様子は、さしずめマタタビの枝を離そうとしない大きな猫といったところだろうか。
(猫かぁ……うーん……いや、どっちかというと、アラブの石油王とかが飼ってるチーターとか……そんな感じかも……)
蓮見綸子。
ロータスホールディングスの社長令嬢。
そして今は----私の同居人。
我が物顔でリビングを占拠している猫であり、同時に私のご主人様でもあるのだ。
そして資本主義の犬である私は、今日もご主人様であるお嬢様の夕餉の後片付けをしている。
「ねー、ふーこ」
お嬢様がソファからのそりと身を起こす。
最近は風子という私の名前を、少しだけ舌足らずな感じで呼ぶようになった。
もしかして花粉症なのか?
(今度鴨島さんに聞いておくか……)
「ガソリン満タンにしたじゃん?」
「しましたね」
私が応えると、お嬢様は封を切っていないうまい棒を私にビシッと向けた。
今日はピザ味だ。
いつの間にか、包装を遠目に見ただけで種類が分かるようになってしまった。
こんな特技いらんけど。
「あれだと、どこまで行けるの?」
「……あ、うん……と、物理的には函館くらいだと思うけど……やめておいた方がいいと思いますよ」
何を企んでいるのか、ふーん、と呟いたまま綸子は何かを考えている。
「という事は、函館の手前までなら大丈夫か……」
何それ怖い。
せめて噴火湾の手前までにしておいて----。
「じゃ、今度の日曜日は夕焼けを見に行かない?」
「夕焼け?」
夕焼けなら海か?
なら一番近くて銭函辺りだ----楽勝じゃん。
はいはい。
ちゃっちゃと行って帰って来られる距離なら大歓迎ですよ。
包容力のある笑みを浮かべて快諾しようとしたら、
「よし決定!」
私の返事を待たずに、速やかに可決された。
この家では民主主義などというモノは、息をしていないも同然なのである。
そんな訳で、次の行先は、『夕焼けの見える何処か』に決定したのだった----。
「いやー、今日は高速日和だねぇ」
「……あのー、もしかしてこのまま函館まで行く気では……?」
右も左もゴルフ場という『ザ・北海道』な風景の中、私達の乗ったチャンプ号は一向に高速から降りる気配のないまま走り続けていた。
「んー、確かにこのままなら函館着いちゃう可能性もあるよね」
「……あと三時間乗り続けたらですけど」
私が甘かった。
銭函とは正反対だ。
しかも走行距離は順調に伸び続けている。
「あの……明日仕事なんで日帰りになっちゃいますよ? 函館に着いてもせいぜいラッキーピエロくらいしか食べられませんよ?」
「んー、もしかしてふーこ……焦ってる?」
うしゃしゃしゃ、みたいな声で綸子は笑った。
こうやって笑うと、胸が痛くなるくらいに子供じみた顔になる。
「別にラッキーピエロ行けるんなら全然いいよ」
コイツめ。
来る途中のSAでソフトクリームを食べたから、やたらと元気なのだ。
その元気があれば、私だって函館日帰りはできなくはないんだけどさ。
「安心して……さすがに今日は函館じゃないから」
そう言われて、ハンドルを握る手から少し力が抜けた。
取りあえず命拾いした----的な大袈裟な安堵の表情になったのだろう。
「だいたいさ、ホントに函館行くんならもっと早く出るよ」
「まぁ、そうだよね……」
ごもっともだ。
「……ふーこってさ、すぐ騙されちゃう派? 結構可愛いとこあるよね」
綸子がまたうしゃしゃしゃと笑った。
コイツめ。
「大人をからかうんじゃありません」
わざと眉間に皺を寄せて、私は通過していく案内標識を確認する。
もうすぐ次のインターチェンジだ。
降りるか、このまま進むのか----。
「次で降りて……っていうか、降りないで」
「え!? どっち!?」
私は慌ててハンドルを握り直す。
「何ていうか、下に行かないで左にそのまま曲がって」
「……あ、日高自動車道に入るのね?」
日高自動車道は、一般国道ではあるが自動車専用道路だ。
いわゆる高規格幹線道路である。
もちろん、私がここを通るのは初めてだ。
「もう、そういうのはもっと早く言ってよね」
「ごめんごめん」
綸子が右手でゴメンの仕草をする。
「……私、初見殺しには必ず引っ掛かるので」
「なにソレ、大門未知子の真似? ウケるー!」
いやいや、気を付けてくれ頼むから。
そんなこんなやってる間も、チャンプ号は日高を進んで行く。
車の数は本当に少ない。
進行方向の右側は、千歳線から分かれた日高本線が走っている。
びっしりと並んでいる巨大なタンクは、たまにニュースなんかで見る備蓄石油のタンクなのだろうか。
海の側には火力発電所もあるはずだ。
この辺りは工業地帯の色が濃い。
札幌からは離れているが、札幌を含めた周辺地域のエネルギーの重要拠点なのだ。
「ええと、次で降りて235号線に入って」
「分かった」
石油備蓄基地を通過した辺りから、国道235号線は日高本線に引き寄せられるように海沿いを走る。
室蘭ナンバーが目に見えて増えてきたのが分かる。
「海はやっぱりいいよねぇ」
綸子はさっさと窓を開けて、気持ち良さそうに目を細めた。
ブルーのタータンチェックのワンピースが、良く似合っている。
「こっちの方は来た事あるの?」
「ううん」
首を振って少女は窓の向こうを眺めた。
何かを言おうとしてやめたのか、少しだけ、不自然な間があった。
「なんかさ、遠足ってこういう感じなのかな?」
何をもってこれが遠足だと思ったのかは分からないが、少女には何か思う所があるのだろう。
私がとやかく判断する必要はないのだ。
「……多分これの十倍は賑やかで、十倍は生徒が先生の言う事を聞かないといけないと思うけどね」
そう言うと、少女は私の方を向いて、「じゃ、私これでいいや」と笑った。




