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アリバイ、作る?

「あー風子、今度の日曜日開けといて」


 蓮見綸子との同居が決まり、あれよあれよという間にこのマンションに引っ越して来てからちょうど一週間。


 夕食が終わって、私は綸子の食器を食洗器に入れ終えたところだった。


 秘書の鴨島さんが熱烈にオススメして来たアイランドキッチンは確かに使い勝手が良くて、シンクも浴槽になりそうなくらい広い。


 キッチンの向こうは、部屋の二面を大きな窓で囲まれていて、ぐるりと夜景が見下せるリビングだ。


 置いてあるのはL字型のソファと楕円のガラステーブルと、ポールタウンにあるヒロシみたいなデカさの(ヒロシが100インチなのでそれよりは少し小さい)テレビだけで、今そのテレビは地元の情報番組を流している。


 まさに、絵に描いたようなセレブのマンション----うん、そのソファに寝転がって食後のうまい棒を貪っているスウェット姿の少女さえ視界に入らなければ----。


「今度の日曜? 何かありましたっけ?」


 私達に宛がわれた高層マンションは、街の中心部から少し離れている。


 1フロアを二人で自由に使うようにと言われたが、結局のところは4LDKを綸子が、3LDKを私が使う事となった(それでも広すぎるけど)

 私達の家賃光熱費はもちろん、食費も全て蓮見家持ちである。


 ご飯の時だけ私が綸子のこの4LDKにデリバリーに来ている。

 ま、スープの冷めない距離の隣人同士という感じだろうか。


「ちょっとめんどくさい事になったんだよね」

「え……?」


 まさか、私と綸子が親友なんかではないという事がバレてしまったのだろうか。

 そりゃそうだ。


 信じる方がどうかしてる。


 血の気が引く思いで、私は自分の預金通帳の残高が幾らだったか思い出そうとする。


(今更ここを追い出されたら、行く所がないんだけど……)


「あの……めんどくさい事って、どういう……?」

「アリバイが必要になったの」


 あっ、なんか別の意味でめんどくさそう。


「私達、無二の親友って事になってるじゃない?」

「……そうみたいですねー」


 私はできるだけ素っ気なく返す。


 これが、精一杯の抵抗だ。

 資本家の犬に成り下がったとはいえ、尻尾を振るような真似はしたくない----的な。


「めちゃくちゃ仲がいいから一緒に暮らしてる……ってウチの親は思ってる訳よ」

「そうでしょうねー」


 少女はむくりと起き上がった。


 長かった黒髪は無造作なウルフカットにされ、ミルクティーのような色に変わっていた。

 白い首筋に沿った毛先が華奢さを際立たせている。


 前はどこか作り物めいていた美貌に、現実感というか、生きている感じが加わって、どこか野生の猫みたいな雰囲気が出ている。


「で、私達色々あるから絶対にここには来ないでって言ってあるじゃない?」

「えッ、そんな事言ったんですか!?」


 つい悲鳴に近い声が出てしまった。


「えッ、えッ、ご両親には私の事何て……」

「まぁ、そこはいいじゃん」


 だるそうに髪を掻き上げてそう言われると、それ以上は聞けない。


「で、問題はここからなんだけど、今日パパから電話が来てね……仲良くやってるか心配だから、このマンションに来る代わりに週に一度は写真を送れって」

「それだけ?」


 拍子抜けした。


「そう、風子と一緒に遊んでる写真」

「……一緒に?」


 つい鸚鵡返ししてしまう。


「遊んで、その写真を送ればいいんですか?」

「そう……ただしこの近所なんかじゃなくて、ちゃんと二人で遠出して遊んでるような感じのじゃないとダメって」


 綸子はそう言って、手にしたうまい棒で私をビシッと指差す。

 今日はプレミアムうまい棒の和風ステーキ味だ。


「そこのイオンじゃダメなんですかねぇ?」

「ダメに決まってるでしょ」


 買い出しがてらに済ませたかったのだが、秒速で却下される。


「だから、これからは毎週日曜日、車を出してもらうから」

「……私が、運転するんですか?」


 チャンプ号は私の命の次に大事な車だ。

 絶対に傷を付けたくないので、極力通勤にしか使わないようにしているのに。


「そんなの当たり前でしょ? 私自転車も乗った事ないのよ?」

「はぁ」

  

 そこでドヤられても困る。

 確かに高校生くらいだから、免許がないのは仕方ないんだけど。


「まぁ、そうですね……お父様とは契約書を交わさせていただいていますし、これも契約のうちですよね」

「当然でしょ、拒否権なんてないんだからね」


 満足そうに頷き、綸子はテレビに向き直る。

 そういう所は本当に小憎らしい。


「あっ、そうだ! なんか久し振りに紅茶飲みたい……淹れてくれる?」


 帰ろうとするタイミングで頼み事をする天才でもある。


「……はい」


 やっぱりなんだかめんどうな事になったなぁと思いながら、私はお湯を沸かすのだった。

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