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えっ、お蕎麦に角煮って合うの? 中編

「あ、綸子ちゃん出掛けてたんだ?」


 綸子は私がいるとは思わなかったのだろう。

 ちょっと息を呑むようにしてから、僅かに乱れていた黒髪の一房を手で梳いた。


「うん……ちょっとね」


 スカイブルーの薄手のコートに白のブラウス、紺のフレアスカート。


(そっか……実家あっちの関係か)


 なんとなくの暗黙の了解で、私と少女の間には一瞬の沈黙が流れた。


「……風、出て来たんだね」


 何も気付かなかったような顔をして私は言う。

 大人だから。


 いや、そういうのとはまた違うけど、そういう事にしておこう。


「うん、なんか雨降りそうだったよ……今すごく眠いもん」


 少女は大欠伸をしながらウィッグを外し、ぶんぶんと頭を振る。

 いつもの----私の知っている方の綸子に、戻る。


「ふーこは何? これからどっか行くの?」


 そう聞き返されて、私はポケットから車のキーを出して見せた。


「うん、今日はスタンド行って洗車してお昼でも食べようかなって……」


 私の言葉に綸子はパァッと顔を輝かせた。

 眠いんじゃなかったのか。


「って事は、車乗る!?」

「そりゃまぁ乗るけど……」


 そう答えた途端、綸子は「じゃあ付き合ってあげる!」と満面の笑みで自分の部屋の前までダッシュする。


「えッ、でも今日は土曜日なんで私のプライベートな……」

「着替えるからそこで待ってて!」


 ビシッと指差してそう命じられてしまうと、悲しいかな「あッ、はい」という言葉しか出て来ない。

 せめて汚れてもいい服にしてください、お嬢様。


「そっかぁ、お前もご飯食べなきゃなんだよねぇ」


 チャンプ号の助手席で、綸子は感慨深げに頷いた。


 ストレッチのデニムに何かのロゴの入ったTシャツを着て、足元はピンクのスニーカー。

 犬か猫にでもするかのようにグローブボックスを撫で、口元を緩ませている彼女には、こっちの方がずっと似合っている。


「それでまずはどこ行くの?」


 綸子がスマホを素早くタップしながら尋ねた。


「洗車からかな」

「場所は?」


 そう聞かれると、説明が難しい。


「ええと、5号線から行ってずっと走って……橋を渡った所なんだけど……」

「いや全然分かんないし!」


 怒られちゃった。


「じゃあ、えーとね……5号線を左にカッと曲がって真っすぐ行ってドン、って感じかな?」

「なにそれ大阪のオバチャンごっこ?」


 綸子は呆れてるようだが、実際説明しろと言われると私の頭の中の地図はそのくらい大雑把なのだ。


 だって会社とスーパーとガソリンスタンドとコイン洗車と、あと幾つかご飯食べる所----的な感じじゃない? え、みんな違うの?


「ま、別に今日はナビしなくて大丈夫だから、眠かったら寝てていいんだからね? 着いたら起こすし」

「そうじゃなくて……!」


 なにやら不満げな様子でスマホを弄っている。


「……マップにさ、今まで行った場所の記録付けてんのよ……だから」

「へぇ、エライじゃない」


 感心してそう言うと、


「……別に」


 黙ってしまった。


「私なんか修学旅行の時くらいだよ、そんな地図に記録残すとか」

「……修学旅行は行ってないから知らない」


 少女はそう呟き、窓の外を見る。


「社会科見学も合宿も、野外学習も……やんなかったから……よく分かんない」


 ニトリを過ぎて、日帰り入浴の施設も過ぎて、銀行を右に曲がると函館本線にぶつかる。

 そこを跨いで真っすぐ進むと、あとは本当にそのまま一本道だ。


「わ、牧場だ」


 川を渡ればすぐに緑が目に飛び込んで来る。

 住宅地の中に取り残されたようにして畑だの球場だのが広がっているこの辺りは、もう隣の市との境でもある。

 

「あー、ソフトクリーム!」


 左前方に赤い屋根のサイロが見えた。

 市内では有名な牧場直営のソフトクリーム販売所だ。


「ね? ソフトクリーム」

「……はい、食べますか」


 ソフトクリームを手にした牛のイラストの看板に誘われるようにして、私達は駐車場の端に車を停める。

 ログハウス風の販売所からはちょうど学生らしきカップルが出てきたところだ。


「ここもマップに残すの?」

「当たり前でしょ」


 長々と悩んでいたお嬢様は、結局ミルクソフトにした。

 私はチョコソフトだ。


「この先、あと20メートルくらいで石狩なんだよね……ちょっと不思議な感じがする」


 綸子が辺りを見渡しながら感心したような声を出した。


 見る物全てに一々反応しているのが子供っぽくて微笑ましい。

 だけどそれ以上に、連れて来た甲斐があったなという気にさせてくれる。


(なんか私って、子供をドライブに連れて来たお父さんみたいな心境になってる……?)


 私達はお行儀悪くチャンプ号の横で立ったまま食べている。

 生憎の曇り空だが、夏の陽射しに追い立てられるようにして食べるよりも、こうして風を感じながら食べる方が味をじっくり楽しめるから、私は好きだ。


「……チョコのやつ美味しい?」


 気が付くとじっと手元を見られていた。


「……美味しいですよ」

「……そう? ミルクソフトも美味しいけど」


 まだじっと見ている。


「……一口食べていいですよ」

「じゃ、私のも一口あげる」


 なんとなくこうなりそうだったので、チョコにしたのだ。

 あっ、ここのチョコは甘すぎないのでオススメですよ。


「うん、チョコも美味しい!」


 私のチョコソフトを一口舐めたお嬢様が、私にミルクソフトを差し出す。


「はい、あーん」

「……いや、そういうのはちょっと……」


 そして、渋い顔をした私の顔を見て笑う。


「ふーこって真面目系?」

「なにそれ」


 わざと大きめに一齧りしてやったけど、へへへ、とか笑って返された。


(……やっぱり変なコ) 


 牧場直営だけあって牛乳の風味は濃いけれど、喉越しのクドさがないのがここのミルクソフトの人気の理由だ。


「……うん、美味しい」


 そう言うと、どこかホッとしたような顔で少女はまた笑った。

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