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羊の味って、どんな味? 中編

「ねぇ、ジンギスカンって食べた事ある?」


 夕食後、リビングのソファで寝っ転がってうまいデザートを食べていた綸子が、唐突にそう聞いて来たのが、今回のドライブの始まりだ。


「あるけど」

「あるの!?」


 自分から聞いてきたくせに、何故かやたらと驚かれてしまった。


「えッ、だってジンギスカンって羊でしょ? 牧場とかにいるやつでしょ……なのに食べちゃうの!?」


 信じられないモノを目にしているといった顔で、私とテレビを交互に見ている。


(ん? 私何か変な事言った?)


 確かに洗い物の最中だから何か聞き間違えたのかもしれないけど。


(……何だ?お嬢様今度はどうしたんだ?)


 混乱しつつ目をテレビに移すと、ちょうどローカルの情報番組でグルメ特集的なものをやっていて、そこでどうもジンギスカンが出ていたらしい。


「あー、まぁ確かに……可愛いから抵抗ある人もいるとは思うけど……」


 とはいえ、私は基本的に羊だろうと牛だろうと豚だろうと、お肉として出て来るモノに対して抵抗感はない。

 このお嬢様だって、今夜のメニューの豚肉と玉ねぎのパスタとコーンスープとサラダは完食している。

 コーンスープに至ってはおかわりまでしているし。


 ちなみにパスタはケチャップメインの味付けなので、本当は冷蔵庫のトマトを片付けたいところを堪えてサラダにはレタスを使った。

 ケチャップとトマトでトマトがダブってしまった、という事態は華麗に回避できたので、今日は自己評価90点というところだろうか。


 ただこれ、フライパンとお皿を洗うのがちょっとめんどくさいんだよね----。


「え、もしかしてみんな普通に食べた事あるの?」

「うーん……北海道の人間なら、生まれてから一度くらいは食べてるんじゃないんですかね」


 え、なんかここから動物愛護とかそういう方面の話になったりする? 


 お金持ちのお嬢様って割とそういう方面に関心持ったりする人がいそうだから、この子がそうでもおかしくはないんだけど、それにお付き合いしろと言われたら、まぁメンドクサイ事になりそうな気はする。


 色々考えた結果、私はフライパンの汚れをこそげ落すのに没頭する振りをした。


(あ、でもファーのコートとか普通に持ってるしな……でも思春期とかだといきなり目覚めたりもありうるし……うーん……分からん……お金持ちの考えている事は私には分からない……)


「信じられない……羊ってあんなクサいのに……」

「……はい?」


 そっちかい!


 流し台の前で私はひっそりとズッコケたのであった。


 そして、今日のこのドライブである----。


「はぁ……ジンギスカンって、どんな味なんだろうなぁ……」


 クサそうとか散々言っていた割には、めちゃくちゃ楽しみにしてるし。


「水差すようで悪いけど、そんなに期待して食べるものじゃないと思うよ」

「えー、何それ!? なんでふーこはそんなにテンション低いの……!?」


 綸子にそう聞かれ、私は言葉を濁した。


「……いや、ジンギスカンってさ……なんていうか……人によっては結構メンドクサイ食べ物だから……」


 ジンギスカン----。


 それは、北海道民以外からは北海道のソウルフードと思われ、当の北海道民からすれば別にそれほどでもないと思われている、やや特殊なポジションの食べ物だ。


 あ、いや、三食食べたいくらいに好きな人も探せばいるとは思うけども。


 ただ、私も北海道の人間だが、ジンギスカンが好きかどうかと聞かれると、「好き嫌いが出る程食べてないのでよく分からない」という、一番面白くない答えしかできない。


 ----というか、実はこれ、「ラム」か「マトン」で聞かれないと非常に答え辛い質問なのだ。


 そして、これは私の超個人的な話なのだが、このジンギスカンがきっかけで会社を辞めた人がいて、その顛末を知っているだけに、それ以来ジンギスカンは何となく食べていないのだ。


「メンドクサイ食べ物ってどういう意味?」

「あ、うーん……話すとちょっと長くなるけど……」


 と、おもむろに私が眉根を寄せたところで、


「あっ、蝶々! 窓開けて! 早く!」


 私は急いで助手席の窓を開ける。


「ねぇ、その春に見た蝶々の色でその夏がどんな夏か分かるって知ってた?」

「初めて聞きましたね」


 モンシロチョウ以外だと、あと何だろう?

 黄色とか黒とか?


「ふふ……この夏は、きっと素敵な夏になるわよ……」


 お嬢様は吹き込んで来た風に髪を靡かせて満足そうだ。

 何だかよく分からないけど、良い結果だったようで何よりです。


「あの橋渡って、えーと……そこからもうちょっと行ったら停めてね」

「へい」


 ゆったりと流れる石狩川の川面はキラキラと輝いている。

 白い大きな二本のタワーで支えられた橋の上を通っているのは、私達の乗ったチャンプ号だけだ。


 運転席の窓も開ける。


(ホントだ……風、気持ちイイな……)


 ちょっとだけ私はスピードを落とす事にした。


 大橋を渡るとすぐ村の中心街に入る。

 セブンイレブンや郵便局なんかを通り過ぎた辺りで、私達は車を停めた。


 通りからはちょっと見えにくい場所にある小さな丸太小屋というかバンガローというか、とにかくそんな感じのソフトクリームのお店が、今回の最初の目的地である(らしい)


「おぉー、これが今流行のいちごパラダイスかぁ……」


 散々迷った挙句綸子が選んだのは、二つに切ったイチゴがびっしり乗ったカップ入りのソフトクリーム----っていうか、ほぼパフェみたいな名物メニュー。

 私は生イチゴクレープにした。


「はぁー可愛い……食べるの勿体ない……」


 お店のすぐ前には道路に向かって座れるようにパラソルとテーブルセットがあったので、私達は並んでそこに腰かける。

 テーブルの上には、ソフトクリームを持ったキャラクター人形が置いてある。


「はぁー、美味しい……」


 一人でニタニタしながら写真を撮りまくっていた綸子も、やっと満足したのか、物凄い勢いでソフトクリームを食べ始めた。


「すごい……食べても減らない……」


 うっとりしながらイチゴを噛み締めている。

 お金持ちにしてはささやかな幸せの感じ方である。


「ふーこのやつは? クレープ美味しい?」


 おもむろにこちらを覗き込んで来た。

 考えてみれば二人で並んで何かを食べるのは初めてだ。


(車の中より距離近いんだよな……ちょっと変な感じがする……)


 ミルクティー色の毛先が春風にそよいでいるのを見ながら、ふとどうでも良い事を考える。


「……うん、美味しい」


 アラサー的にはこっちを選んで正解だったようだ。

 見た目の派手さはないが、クリームの甘さも量も丁度いい。


「あ……一口食べる?」


 その一言を待っていたかのように、綸子は「うん!」と元気良く答えてクレープの端をぱくりと咥えた。


「おいひい!」


 なんともお行儀が悪い。

 でも、この景色の中なら----まぁこんなのもたまにはいいのかな----。

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