羊の味って、どんな味? 前編
オフ会の翌日の日曜日、私は市内から北へ向かって車を走らせていた。
といってもせいぜい30キロばかりなので、高速は使わないで275号線を使う事にした。
下道だけど、この先には大きなレジャー施設とかもないせいだろう、走っている車は高速より少ない。
(……特に変わった様子はないわね)
助手席の少女は、手にしたスマホではなくもっぱら窓の外を見ている。
今回は目的地の近くまではほぼ道路一本で行けるから、マップをそんなに見なくても済むのだろう。
あとは----。
「わぁ! これ全部田んぼだ!」
車窓の風景がとにかく面白いようだ。
北海道の人間にしてはありえないくらいに田んぼに反応している。
「すごい! 池みたいに水張ってる!」
「うん、田んぼだからね」
川を越えた辺りからずっとこんな調子だ。
「ねぇあれトラクター?」
「多分ね」
素っ気ない(運転に集中したい)私の答えが聞こえているのかいないのか、窓に張り付きっぱなしだ。
(なんか変に気まずい気分になってるのって私だけか……ならいいんだけど……)
私の方は、オフ会の後サンドイッチを食べながら言われた一言が、まだ頭の中をぐるぐるしている。
(ふーこと一緒だから楽しい、って……なんでこの子、急にあんな事言ったんだろう……?)
たとえばもし昨日の夜にでも秘書の鴨嶋さんが来て『何かお嬢様に変わった事はございませんか?』などと聞いて来たら、私は息せき切って、いの一番に報告していただろう。
っていうか、今からでも電話して報告した方がいいレベルの変わった事だ。
(……オフ会の事がショック過ぎて一時的におかしくなってたとか?)
そろーっと横を見ると、綸子は今度はスマホで懸命に窓の外を撮影していた。
「あーっ、今、いい感じで撮れそうだったのに!」
何やら一人で残念がっている。
「……どうしたの?」
「田んぼにおっきな鳥がいたの……! すぐ飛んで行っちゃったけど」
こうして見る限りは普段と変わりない。
いや、普段の無気力な様子を見慣れているせいであまり気付かなかったけれど、こうしていると、すごく十代の女の子らしい仕草や表情をしているんだなぁ、と改めて思う。
(でも、これで楽しいのか……? 田舎道走ってるだけだぞ……?)
首を捻りながら私はなおも車を走らせる。
春の陽射しが乾いたアスファルトを照らし、遠くの山並みにはまだ雪が白く残っている。
目に痛いくらいに青い初夏の空よりも、少しぼやけた感じのこの空の青さが、私は好きだ。
「あー、タンポポきれい!」
遠くまで広がる田んぼを跨ぐようにして、送電線の鉄塔がポツンポツンと等間隔に聳えている。
その足元に正方形の絨毯のようにタンポポが密集して咲いているのだった。
日差しを反射して光る田んぼと黄色いタンポポの群れは、確かに札幌から出ないと見られない景色ではある。
(楽しいっちゃ楽しいのかな……)
ところどころ殺人的にボコボコになっている舗装にさえ気を付けていれば、快適なドライブだ。
(ま、あまり深く考える事もないか……多分ただの気まぐれで言っただけで本人も忘れてるくらいの……)
「昨日のさ……」
「えっ!?」
考えていた事がバレたのかと一瞬ドキリとするが、
「エビと生マッシュルームのなんだかジョってやつ、あれ食べたかったなぁ」
「……アヒージョ?」
昨日の多国籍料理の居酒屋で他のメンバーが頼んでいたやつだ。
「あー、それそれ……! なんか急に思い出しちゃった……お天気いいとお腹空くよね」
「そうね」
どうやら胃袋は平常運転らしい。
うん、良かった。
「それならお店行く前にソフトクリーム食べる?」
「いいの!? やったぁふーこ大好き!」
あまりにも屈託なく言われて、
「ぶふぉ……ッ!?」
危うくハンドル操作を間違う所だった。
「な、大丈夫!?」
「大丈夫……大丈夫デスよ……」
対向車も後続車もいない田舎道がこれほどまでにありがたかった事はない。
私は停めかけた車を再び走らせようとしたが、
「……あ! 猫ッ!」
視界の端を黒い影が素早く通り過ぎて行く。
「すごい! 猫がいたのなんで分かったの!?」
「……いや、そういう訳じゃないんだけど……」
畦道の草の中に姿を消したのは紛れもなく黒猫だった。
(……不吉、なのかな?)
私はゴクリと唾を飲み込む。
(やっぱり、ジンギスカンに関わるとロクな事がないっていう私のジンクスは……正しかった……?)
そう、私と綸子はこれからはるばるジンギスカンを食べに行くのである----。