オフ会行くんだけど、一緒に行ってくれない? 後編
結論から言うと、オフ会とやらは散々だった。
ススキノの多国籍料理だか無国籍料理だかの居酒屋に集まったのは、メンバー外の私を入れて五人。
「カオリン」こと男子大学生。
「魅華」こと男子大学生その2。
「めぐ」こと会社員(ネット関連の仕事をしているらしい)
「Cecilia」ことフリーランスのなんとか。
全員綸子のやっているネトゲのフレンドらしい。
が----全員男だった。
「ちょ、どういう事よ? 全員女の子だって話だったじゃないの!?」
テーブルを遠目に見た私は軽くパニくっていたが、それ以上に綸子の動揺は大きかったようだ。
席に着いてからもずっと、「うん」か「ううん」しか言わなかったが、おかげで私はかえって冷静になれた。
ウイッグを着けているせいなのか、いきなり夜中にやって来たあの時と同じような、寒そうな顔をし続け、料理にも手を付けない。
そんな綸子に、男達は「好きなタイプは?」だの「どこの学校?」だの好き勝手に質問を浴びせ続けている。
(こんなにしおらしい綸子は初めてかも……って、まぁ無理もないか……)
こういう時は横から助け舟を出すべきなんだろうなとは思いつつも、黙って座っていればいいんだからという雇い主の言葉を忠実に守り、私はひたすらウーロン茶を飲みながら事前に教えた「出よう」の合図が来るまで待っていたのだった----。
早々に居酒屋を出て、近くの立体駐車場まで歩く間、綸子は一言も口を利かなかった。
すれ違う酔客達の笑い声がやたらと響いて聞こえる。
もうコートを着ている人はいない。
「……オフ会って、あんなもんなの?」
「……さぁ?」
オフ会どころか女子会的なモノもとんとご無沙汰なせいで、世間一般のいうところの「あんなもん」がどんなもんか分からない。
「多分、アタリが悪すぎたんじゃないの?」
慰めのつもりだったが、返事はない。
『ジャンボ1000』という看板がでかでかと出た巨大な立体駐車場は、コンクリート剥き出しの作りのせいか初夏も近いというのに冷え冷えとしている。
本当に1000台収容できるのかは知らないが、空きスペースを見付けるために上へ上へと上って来る間、どのフロアも車がびっしりと並んでいた。
エレベーターから下り柱の陰に停めたチャンプ号の姿を見て、私はなんとなく安堵する。
綸子もそうだったのか、少し駆け寄るような感じで乗り込んだ。
「私、お役に立ちました?」
意地の悪い質問をしてみると、
「うん」
意外にも少女は素直に頷く。
「……世の中って、こんなもんなのかな?」
声に力がない。
「こんな風に……ネトゲで仲良くなれたって思っても、実際には全然思ってたのと違う人だったとかさ」
「あー、まぁ……よく聞く話ではあるんじゃない?」
こうやって人は大人になっていくんだ的な答えをした方がきっといいのだろうけど、正直私もどっと疲れが出ていた。
私も、緊張していたのだ。
「よく聞く話って……え、そうなの? だったらそういうの先に教えてよ」
「だって余計な事は何も言うなって言われたから」
寝るには早い。
でも帰ってご飯を作る気にはちょっとなれない。
「……なんか、疲れた」
今初めて気づいたみたいな顔になってウイッグを外した少女が、小さく呟く。
「別にそれ無くても良かったんじゃないの?」
「……でも、ススキノだと……誰かに会うかもしれないから……お父さんの会社の人とか」
そうか。
それで地下鉄じゃなくて車がいいって言い張ったのかもしれない。
この子なりに父親の事や世間体の事を考えているのだと初めて思い当たり、少し胸が痛くなる。
「……私の事、バカだって思ってるでしょ」
綸子がポツリと呟く。
「別に思ってないわよ」
「うそだ」
私はゆっくりゆっくり出口に向かって降りていく。
駐車場自体苦手なのに、それに坂道が加わっている事により、ハンドルを握る手に力が籠ってしまう。
「……自分でも思うよ」
「え……な、何が?」
集中が途切れるからできれば話しかけないで欲しいのだが、さすがにこの状況でそんな事は言わないほどの血も涙も持ち合わせているつもりだ。
「私だって、知らない人間といきなり会うのは危ないとかそういう事くらい知ってるわよ」
「あぁ、うん……まぁ……そうよね」
会話は諦めたのか、綸子は独り言のようにしゃべり始める。
「でもさ、普通はさ、女の子が三人来るってなったら、少なくとも一人くらいは本物の女の子だと思うじゃない?」
「……そうなの?」
やっぱり駐車場はタワー型に限る。
なんだか腕が攣ってきた。
「……こんなもんなのかなぁ?」
「そうね……何事も経験じゃない?」
少女はキッと私を睨む。
「なにそれ、自分だけ経験豊富なつもり?」
「いや、別にそういうつもりじゃないけど……」
やっとゲートまで辿り着いて、私は精算しながら聞こえないように小さな溜息を吐いた。
お嬢様は荒れていらっしゃる。
それは何故か----?
「……もしかして……お腹、空いてる?」
料理を目の前にして一口も食べてないのだ。
そりゃお腹も空くよね。
「あのねぇ、人が真剣に話してるのに……」
ぐぅぅ、と、小さいけれど確かな音が聞こえて、私達は顔を見合わせてしまった。
「……何食べよっか?」
「あ、またそうやって子供扱いする!」
不満げな声を出してはいるが、恐らく頭の中は何を食べようか考えているはずだ。
「でも、今日はこれからご飯作るって気分じゃないかな」
「えぇ、作らないの!?」
今日一番の落胆の声を聞きながら、私はメインの通りから裏道に入る。
(ここの道路、相変わらずボコボコだなぁ)
うろ覚えの道順を懸命に辿りながら、ラーメン屋や小さなスーパーの並ぶ通りに入ると、しばらく忘れていた懐かしさが甦って来る。
「確か郵便局の近くだったんだよな……」
「ねぇ、どこ行くの……?」
かなり年季の入った商店街も、この時間はほとんどシャッターだらけだ。
道を間違えたんじゃないのという顔で窓の外を見ている。
「……あった」
小さいけれど煌々と明りの付いた建物が見えて、私はニンマリする。
「……サンドイッチ……屋さん……?」
パーキングスペースには車が並んでいる。
どんな時間でもお客さんが途切れない----そう、ここは24時間営業のサンドイッチ屋さんなのだ。
「え? これ全部サンドイッチなの!?」
大人が横に6人くらい並ぶと隠れてしまいそうなショーケースの上から下までびっしりと、断面を向けた状態のサンドイッチが陳列されている。
その奥ではベテランそうな店員さん達が手際よく調理しているのが見える。
「サンドイッチって、こんなに種類あるんだ……」
ショーケースの前に立った綸子は、グルメ番組のタレントみたいなリアクションで驚いている。
いや可愛いから許すけど。
「うわぁ……すごい……どれにしよ……」
もう品定めを始めている。
立ち直りの早い奴である。
壁に張られたメニューには、ダブルエッグ、フルーツ、エビマヨ、といった魅惑的な文字が踊っている。
(……美味しそう……)
私も、唾をごくりと呑み込んだ。
「すいません! フルーツサンドとそれからハムカツください!」
ホクホクしながらビニール袋を提げて車に戻る頃には、綸子の表情はすっかり明るくなっていた。
「こないだ動物園行ったじゃん?」
「動物園じゃなくてサファリパークね」
やんわり訂正しながら、私は運転席でフルーツサンドを頬張る。
夜遅くに食べるフルーツサンドは罪悪感で美味しさ三割増しだ。
「どっちでもいいでしょ」
綸子はゴボウサラダだ。
美容に気を使っているようで、しかし三パック目である。
「あそこ行くまで、誰かと一緒に何かしたりするのがあんなに楽しいなんて忘れてた」
「……そうなんだ?」
この子が私とのドライブを振り返って楽しかったとか言うのは初めてだ。
「だから……私も、もう少し他人と行動したりした方がいいのかなって思って」
気持ちは分かるけど、いきなりオフ会とか人付き合い下手すぎだろ。
そう言う代わりに、私はフルーツサンドの苺を噛み締める。
「でもさ、結局は世間知らずだったんだよね……私って……」
ここのサンドイッチは、他と比べて具が多い。
だからちょっとだけ不格好に見えるけど、私は大好きだ。
「……あまり焦らないでさ、もう少しゆっくりでいいと思うよ」
今度は反論はなかった。
「……じゃ、帰りますか」
いつの間にか、車は私達の一台しか残っていない。
お仕事帰りらしいお姉さんが足早に店から出て行く。
この街も、悪くはないと私はふと思う。
「ま、次は本物の友達ができるといいね」
私がそう言うと、綸子は少し黙っていた。
「……もうオフ会は行かないよ」
ちょっと決意したような顔になって、私を見る。
「今日分かったから」
「え……?」
はにかんだような笑みが何故だかすごく眩しい。
口の端に生クリーム付いてるけど。
「……誰かと一緒だから楽しいんじゃなくて、ふーこと一緒だから楽しいんだって」
少しだけ顔を寄せるようにしてそう言った綸子の吐息が、届くはずがないのに私の頬を撫でたような気がして----私は、返事ができなかった。