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オフ会行くんだけど、一緒に行ってくれない? 前編

「どうして、私なの?」


 一度だけ綸子にそう尋ねた事がある。

 このマンションに越して来てから数日後の夕食の時だったと思う。


「ねぇ、どうしてこんな風に私と暮らそうって思ったの?」


 綸子の前に皿を並べながら私はかなり緊張しながら聞いたのだ。


「確かに貴女とはあのシェアハウスで半月くらい一緒の部屋だったけど……でも、その……全然話とかもしなかったじゃない?」


 見るからに育ちの良さそうなお嬢様然とした綸子は、あの怪しいシェアハウスではいわば『掃き溜めに鶴』的なオーラを放っていた。

 一方で部屋を焼け出されたばかりのしがないOLの私は、同室の人間がお嬢様だろうが異星人だろうが、そんな事を気にする精神的余裕など1ミリも持ち合わせられない状態だった訳で。


 早い話が、ほぼ赤の他人だったのだ。


 なのに、綸子は私と暮らすと親に宣言して強引に家を出て来た。


 実は他の誰かと暮らすために私を隠れ蓑にした、という訳でもなく、こうして他人行儀ながらも(というか主従関係に近い気もするけど)ちゃんと私と同居生活をしているのが、ますます不思議なのだ。


「あ、ほら……今更聞くのも遅すぎてなんだかな、って感じではあるんだけど……」

「……うん、遅いと思う」


 会話は結局そこで終わり、それっきり私は質問するタイミングを失っていたのだが----。


「ほら、前にも一度聞いた事あるけど……あの、どうして私だったの?」

「……知りたい?」


 クラゲの中華風サラダを食べながら、お嬢様は言葉少なに答えた。

 彩りを考えてキュウリを多めに使っているので、咀嚼のたびにポリポリという音が微かに聞こえる。


「あそこのメンバーだったらもっと歳の近い子がいっぱいいたから……なのに、どうしてかなって」

「……」


 今夜のメニューは白髪ネギを盛った豚の角煮にクラゲの中華風サラダ、油揚げとわかめの味噌汁だ。

 豚の角煮はゆで卵も一緒に煮てあるので、結構ボリュームがある。


「ずっと気になってたのよね」

「……」


 綸子の部屋に食事を運ぶ時間は、私の残業とか綸子が外出しているとかの事情がない限りは八時と決まっている。

 ただ、最近はなかなか食卓まで出て来なくて、待っている間に私のご飯が冷めてしまうため、それならばとずるずると同じ食卓を囲むような感じになっていた。


(……ま、これはこれで片付けが一回で済むからいいんだけどね)


 それにしても、よく食べる。

 煮物、焼き物、和食に洋食----何を出しても完食してくれるのは普通に嬉しいものだ。


 とはいえ、さすがに沈黙が長すぎないか?


「あ、いや……嫌なら別に無理して教えてくれなくてもいいんだけど……」

「……」


 無言のままだが、無視している訳ではないようだ。

 食べるペースが、少し落ちている。


 たぶん、彼女なりに考えをまとめてくれているのだ。

 うんうん、本当はいい子なんだよね----分かってるよ。


(考えてみればこの同居に当たっての最大の理由かつ、私にとっては最大の謎が今ここで明らかになれば、この子の事がもっとちゃんと理解できる……はず……!)

 

 気が付けば私は箸をぐっと握り締めていた。


「……次の土曜日なんだけどさ」

「はい?」


 いきなり話題を変えやがった。


「オフ会あるんだ」

「……オフ会?」


 引きこもりのお嬢様の口から出た驚きの言葉に、私はごくりと唾を飲み込んだ。


「な、何のオフ会……?」

「ゲームの」


 ポリポリと音を立てながら、綸子はサラダを平らげた。


「ゲーム?」

「うん」


 最近夕食の時間に遅れるようになったのはそれか。


「そっか……オンラインとかの?」

「まぁね」


 何のゲームか聞いても私には分からなそうなので、その辺は聞かない事にした。


(ま、ネット上とはいえ知り合いや友達ができるっていうのは悪くない事だけど……)


 でも、一応同居人というか監督者としては、そのオフ会とやらが危ないものではないのか確認しておかなければならない----。


 などと目まぐるしく考えていると、


「で、一緒に来て欲しいの」

「……はい?」


 いや待て。

 なんだそれ。


「や、そんないきなり私みたいな部外者連れて行ったらマズいでしょ?」

「皆にはもう言ってあるから」


 綸子は豚の角煮の最後の一切れに箸を伸ばしながら、さらっとそう告げる。


「付き合ってる人がいるのか聞かれたから、風子がいるって言ったら皆会いたいって」

「……!?」


 下茹でをしっかりしているから、一時間ぐらいしか煮てなくても柔らかく仕上がった角煮は箸で簡単に切れるくらいに柔らかくなっている----って、違うそうじゃない。


「……今、何と……?」


 聞き間違いであった事を祈りながら私は身を乗り出した。

 

「ススキノで八時だって、よろしく」


 食卓のメニューをすっかり平らげたお嬢様はそう言うと、涼しい顔で箸を置いたのだった。

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