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夜更けの南瓜、どうやって食べる? 後編

「別にそういう訳で来たんじゃないんだけど……」


 そう言って、綸子はソファの背もたれに沈み込むようにして天井を見上げる。


「……言われてみれば少しお腹空いてるかも」


 どっちだよ!?


「なんか、こう……あったかいものが食べたいかも……」

「あったかいもの……?」


 そこで私は、ハタと困惑する。


 ご飯の残りは冷凍してしまったし、明日の朝用の食パンはあるけど、チーズやハムといった具材的なのはちょうど切らしているところだったのだ。

 ちなみに私はバターとジャムさえあれば問題はない派だ。


(ええと、今冷蔵庫にあるのは……?)


 あとは寝るだけモードだった頭を必死に働かせて、私はサイズだけはやたらとデカい冷蔵庫を漁る。


(マヨネーズと、あ、買ってあった南瓜かぁ……明日スーパー寄る予定だったからなぁ……何にもない……)


 スカスカの冷蔵庫を閉め、食糧庫の中を覗いた。


「ふぅむ……」


 さっさと作れてさっさと食べられるような都合の良い食材は、今この部屋には----。


「あ!」

「へ? な、何よ急に……?」


 変な人を見る目で私を振り返った綸子に、私は脳内会議の結果を厳かに告げた。


「南瓜にしましょう!」

「……えー、煮付けとか? 私あんまり好きじゃないんだよね」


 こんな時にまで一々煩いお嬢様である。

 そもそもこの南瓜、煮付けにしようと買ったやつなんだけど。


「ま、煮付けでも美味しいけど……今日は時間がないから簡単に美味しくサクッと作れちゃうものにします」

「……何作るの?」


 ちょっとだけ身を乗り出した綸子に、私はすかさずエプロンを手渡す。


「えー、私もやるのぉ?」

「二人で作れば時間は半分で済むでしょ」


 ええ、とか、そんなの机上の空論でしょ、などと嬢様はぶーたれながらも、案外大人しくキッチンに来た。 


 こいつ、結構お腹空いてるんじゃないの。


「まずは材料ね」


 天ぷら鍋を出して、私は食糧庫からサラダ油とお酢と小麦粉を取り出した。


「うわ……これ量ったりするの?」

「しないわよ」


 冷蔵庫からマヨネーズのチューブを取り、私はにっこり笑う。


「こんな夜更けにめんどくさいものは作らないわよ」

「そうなの?」


 南瓜を切らせるのはなんだか危なっかしそうなので、私の担当だ。

 サラダ油を温めている間に南瓜を4分の1くらいにカットして種を取り、気持ち厚めに櫛切りにする。


 その間に、綸子にはボールの中で小麦粉とマヨネーズとお酢を混ぜてもらう。


「マヨネーズは親指の先くらいでいいかな……お酢はコーヒースプーンに一つくらい」

「分かった……」


 真剣なお顔で少女は作業を始める。


「小麦粉は、そうね……袋からそっと少しずつかける感じで」


 私は蛇口からコップに半分くらい水を入れて、ボールの中身を混ぜている少女に手渡す。


「そうそう……最後はこのお水をちょっとずつ入れて」

「……これってつまりは目分量じゃん」


 逆に不安になったのか、綸子は更に真剣な表情になった。


「ドロドロになる手前でストップして」

「えぇ……難しいってば……」


 水を入れる手がプルプルしている。


「あ、そんなんでいいかも」

「ホントに?」


 そんなこんなしているうちに、天ぷら鍋は温まったようだ。


 菜箸の先でボールの中身を取り、私は油の中に放った。


 ジュワァ……。


 音を立てながら、小さな揚げ玉がぷかりと浮かび上がる。


「よし、それじゃ始めますか」


 櫛切りにしてあった南瓜を一切れ、ボールの中に潜らせ、天ぷら鍋に入れる。


 一切れ。

 もう一切れ。


「……これ、天ぷら……?」

「そう、南瓜の天ぷら」


 キッチンに香ばしい匂いが漂い始める。


「え、でも……天ぷらって、もっとちゃんと作るんじゃないの?」


 綸子が目を丸くして私の手元を見ている。


「うん、よく材料を氷水で冷やしておいたり、粉の配合を気を付けるとか聞くよね」

「でしょ? なのに、こんなんで大丈夫なの?」


 食器棚から大皿とつゆ入れを出す私に、聞いて来る。


「いいのいいの、大丈夫だから」


 食卓に用意するのはお箸と器と、あと買い置きのつゆの素だけ。


「あ、そろそろできて来た……もう座っていいよ」


 なんだかんだでいそいそとエプロンを外して食卓についているのは、まだ育ち盛りなんだなぁ、とか思ってしまう。


「……はい、お待たせ。熱いうちに食べてね」


 大皿に盛った南瓜の天ぷらは、うっすら黄金色で、見るからにサクサクだ。


「……美味しい!」


 一口食べて、少女は目をぱちくりさせた。


「すごい! なんで……!?」


 まだ熱いのに、一切れ食べたと思ったら、もう二切れ目を箸で摘んでいる。


「天ぷらって、こんな簡単に作れるんだ!?」

「うん、これなら夜食でもアリでしょ?」


 厚めに切った南瓜は、ほこほこしていて口中に甘みと香ばしさを伝えてくれる。


「……うん、これならアリかも」


 実家に行っていたのなら夕ご飯は一緒じゃなかったのかとか、何の話をしてきたのかとか、聞きたい事は色々あったはずなのに、気が付けば私も一緒になって南瓜をぱくついていた。


「これ、まだ作れるよね?」

「作れるよ」


 空になった大皿をもう一度南瓜の天ぷらでいっぱいにすべく、私はまたエプロンを着ける。


「次は南瓜切ってもらおうかな」

「えー」


 時計を見ると、そろそろ日付が変わりそうで----。


(そっか、二人でこうやって過ごすのって初めてなんだ……)


 不意に気恥ずかしいような嬉しいような気分になって、私は袖をまたまくり上げるのだった。

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