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中学三年の夏。


剣道部に所属していた僕は、早々に一人引退試合を終えた。

しかし、部員の中に個人で地区大会まで駆け上がった強者がおり、その応援のため、遠くまで電車を乗り継いで行った。


だが、応援されていたその男子生徒には非常に申し訳ないと思っているが、僕の心の中は応援どころではなかった。


彼女に合法的に会うチャンスが、今日で最後になるだろう。

そんなことを考えていたからだ。


まだ蝉しぐれが鳴り止まない、八月の暮れだった。


暑かった。


会場にはクーラーがつけられていたが人の息でほぼ効果はなく、蒸し風呂状態だった。



大会の応援は、あっさりと終わった。


出場していた部員が、一回戦で負けてしまったからだ。

さすがは地区大会だった。

振りが違う。立ち振る舞いが違う。

僕があの場にいたら、きっと簡単に竹刀を振り落とされてしまうだろう。


それ程レベルが違ったのだ。


彼の敗北を最後に、三年生全員の引退が決まった。


夏が終わろうとしていた。



帰り道も電車だった。


たくさんの部員が、ずるずると電車に乗っていく。


僕と彼女は、電車の混み具合を考えて、一個後ろの車両に乗ることにした。


二両編成の、少し古臭いスカーレット色の電車だった。

席はクロスシートで、程よく埋まっていた。


僕と彼女は、応援用の荷物をたくさん持っていたので、場所を取らないように席には座らなかった。


いや、言い訳だ。


少なくとも僕は、彼女と電車内で席を共にするだけの甲斐性は持ち合わせていなかった。


端的に言うと、恥ずかしかったのだ。


「負けちゃいましたね。」


電車が動き始めてから、彼女が先に口を開いた。

田園地帯が、ゆっくりと流れていく。


「やっぱすごいですよ、地区大会。来年私も、あの大会に出れるでしょうか……。」


彼女は一個下の後輩だった。剣道は、強かった。


「藍なら大丈夫。きっと出れるよ。」


お世辞ではなく、本音で僕はそう思っていた。

それだけ彼女の剣道の強さに、僕は惚れ込んでいた。


「紘先輩がそう言うなら、信じます。」


紘というのは、僕の名前だ。

彼女は僕のことを苗字ではなく、名前で呼んだ。

だから僕も彼女のことを、名前で呼んだ。

その関係性が、なんだか特別のような感じがして、僕は嬉しかった。



電車はゆらゆらと進んだ。


僕は背が高かったので、つり革を掴んで電車に乗っていた。

背が足りなくてつり革を掴まない彼女は、僕の服を片手少しつまんでバランスを保っていた。

その様子が、とても可愛かった。


「ねぇ、先輩。」


彼女が僕を見上げる。


「もし、来年地区大会に出れたら、応援に来てくれますか?」


藍は少し不安そうな顔をした。

どこまでも一生懸命な彼女はあざとさを感じさせず、ただただ愛らしかった。


「あぁ。市内大会から応援に行ってあげるよ。」


「本当ですか?高校忙しいからとか言って、ドタキャンしたりしませんか?」


妙にリアルな内容の返しに、少し笑ってしまった。


「ちゃんと行くから。。安心していいよ。」


「良かった……。」


胸に手を当て、安心する動作をする彼女。


しかし、僕は心の奥に引っ掛かりを覚えていた。


「先輩、私練習頑張りますね。」


「あぁ、応援してる。」


もちろん応援したい気持ちはある。

でも、僕が本当に言いたいことは、こんなことじゃなかったはずだ。


僕が、あの暑い夏の日、言わずに後悔したことが確かにあった。


いつも夢に見ては、やっぱり言い出せなかった言葉だった。


高校時代を経ても、街を出ることが決まっても、僕は彼女のことを忘れることができなかった。


ずっと前を向けないままだった。







今なら、言えると思った。

ここで言わなきゃダメだと思った。


「藍、俺はお前のことが好きだ。」


彼女から僕は目をそらす。

体が、頭が、発熱していくのがわかる。

とてもむず痒くて、性に合ってなくて。

でも確かに言いたかったことを、

あの日から言えなくて後悔してることを、やっと言えた。


「やっと言ってくれましたね。」


僕はその言葉に、思わず藍の方を見てしまった。




彼女は、静かに笑った。

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