苦い記憶
手は震えていた。視界がじわじわとぼやけていき、呼吸をしているかどうかさえ分からなかった。どんなに見直しても変わらない合格番号の画面の表示に深く絶望するしかなかった。
空は雲に覆われあとひとおしで雨が降りそうな天気のなか、くせ毛の男性が、眠そうな顔でパーカーに手をつっこみ、自分の所属する学部棟を目指して歩いている。
その途中に、そんな記憶を思い出して、諦めたように少し笑う。今でさえ思い出しても少し絶望の念が押し寄せてくる。
そう、自分は大学受験に失敗したのだ。
自信はあった。センター試験の結果から第一志望をあきらめ、安全圏を確実に狙ったのだが受からなかった。はっきり言って、第一志望だろうが第二志望だろうがどうてもよく、ただただ地元から出たかったのだ。しかし、後期試験の地元の大学には受かってしまい、国公立だったのもあり入学した。
別に地元が嫌いとかそんなことはない。むしろ好きだ。
自分一一藤城蒼太一一が生まれた場所は、日本の真ん中の日本海側にある県である。三方を山に囲まれ、一方は湾になっている。湾ではブリや海老、イカなどがとれ、山は連邦になっており雄大な景色が常に広がっている。田舎じゃないかと言われれば納得せざるを得ないくらい田舎ではあるが、そんなとこも彼は好きであった。
そんな彼がどうしても地元を出たかったのは、親元を離れたかったからだ。家族の関係は良好であるし、兄二人とは周りから驚かれるくらいに仲がいい。長男は私立のトップクラスの大学にはいり、次男は国立のトップクラスの大学にはいっており、コンプレックスは少しあったが、尊敬もしていた。
絶望の念から逃げるように足を速め、学部棟に学生カードを通し中にはいっていく。今日は休日のため、いつものようにエレベーターに乗り6階のボタンを押し、ゆつくりと動き出すのを待ち壁にもたれかかる。6階につき、すぐちかくの部屋のドアにとりつけられたパスワードロックの機械にパスワードを入力し部屋に入る。
「おっはー」
「ういー」
「うーす」
時間的にはお昼過ぎなのだがとりあえず挨拶をして入ると、いつもの顔がいつもの席に座っていた。この部屋はゼミの人達の部屋で、そのゼミにはいっていればいつでもはいれる。今日は休日なので、先輩達もおらず暇なやつらがあつまっているのだ。
面長で顔が小さく見た目でいえばイケメンの部類に入るであろう友人の東原が大好きな黒糖コッペパンを食べており、その横で、短髪でおでこが露になっており少し悪人面の寺田がスマートフォンで野球のゲームをしている。
「なんかする?」
「野球」
「ありよりのあり」
そんな短い会話で次の行動が決まり、すぐにバット、グローブ、ボールをもってグランドに出る。30分たったあたりで雨が降ってきたのですぐにゼミの部屋に帰る。
「ここ雨おおすぎやろ。ふざけんな」
「よくこんなとこで生活してきたな」
東原は年間快晴日の多い県から、寺田は神社やまいこさんがいる大都会からでてきている。
「この天気がいいんだろうが。青空よりも雨のほうが素敵やで」
「馬鹿だ」
「あほだ」
意味不明な罵倒を浴びせられたのだが、雨のほうがいいだろうと心底思う。雨の音は聞いてて気持ちよいし、なにもしなくていい気分になる。むしろ晴れだと、なにかしなければならないとい強迫観念に迫られ、なにもしてないのに責められている気持ちになるのだ。