5・農場とクエストと屋台と
「農場なんてあったんだ……」
帰り道、防壁の外側になにやら柵で囲われた場所があるのを見つけたので行ってみることにしたのだが、どうやら農場らしい。
家畜は居ないようだが耕された畝にはニンジンやピーマンなど多くの作物が植え付けられている。磯とは異なりファンタジーな物はないようだ。
納屋や休憩用と思しき東屋もあるようで幾人かの人たちがそこで休憩している。
「どうも、こんにちは」
「ん?お、おお……これまた珍しいお客さんだな。何か用かい?」
「ああ、いえ特に用事はないのですけど。気になったので来てみたのです、この農場は皆さんが管理なさっているのですか?」
「いや、わしらは雇われた作業員さ。地主は来訪者の人なんじゃよ」
「土地が広すぎるから俺たちが管理を手伝っているってわけさ」
「育てているのは野菜だけなのですか?」
「そうじゃな、地主はロイさんと言うのじゃが彼は果樹園も作りたいと言っておったな」
「最近じゃ農具の点検をしてくれる鍛冶屋とかを時々呼んでくれたりしてるな」
ここのオーナーさんはかなり農場に力を入れているようだ、セカンドライフを楽しむゲームならではの楽しみ方と言ったところだろう。
それに話を聞いてみれば農地の貸出もあるそうなので育ててみたい植物が見つかったら育てて見るのもいいかもしれないな。
「ああ、そういえば薬草を買い取ってもらったりっていうのは出来るのですかね?」
ふと植物なら買い取ってもらえるかなと思い聞いてみる事に。
「それならできるよ、ロイさんから料金表をもらっているからここでも買い取れるがどうするかね」
「じゃあこのくらいでお願いします」
「……これまた随分と多く持ってきたね。ふむ、品質は問題なさそうだな…これなら全部で1000Gといったところだろう」
意外と高値で取引されて驚きだが、傷薬やポーションの原料なのでいくらあっても困らないらしくそこそこの値段で取引されるんだとか。
その事からロイさんは薬草を栽培できないか実験しているようだが上手く行っていないらしく、なにか使えそうな物があったら持ってきて欲しいとも言われた。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「はいはい、お達者でな」
従業員さん達に見送られて街へと向かう、向かうといっても農場内から街へ入れたので実質街の中での移動と言ってもいい。
街を出るときの門とは異なり小さな門に初老の衛兵さんがいるだけだった、区画的にここを通る人は少ないか決まった人しか通らないのだろう。でも衛兵さん、居眠りはどうかと思うよ……。
そしていつもの道具屋で魔石を買い取ってもらい、傷薬やポーションを買った。
出来る時に備えておくのは精神的な余裕につながるからね。
「そういえば、今日新しく釣り竿を仕入れたんだがいるかい?」
「本当ですか!ぜひ見せてください」
「ほれ、ちょいと高いがお前さんなら買えるだろ?」
そう言って渡されたのは最初に買った竿と同じタイプの竿だった。
・スピニングロッド+ ランクC 品質C 耐久値10000
品質の良い素材から作られた釣り竿、魚の釣りやすさに補正がかかる
どうやら現状では2ランクほど上の装備だ、しかしながらお金は足りない。
「……そうだ、これをまけてやるからちょいとスズキを1匹釣ってきてくれないか?」
「え、まぁいいですけど……」
「よろしくな」
―クエスト「住人からの要求」を受託しました
店を後にした瞬間にアナウンス、どうやら先ほどの頼み事はクエストらしい。メニューからクエストの詳細を見てみるとスキル経験値やなにかアイテムが貰えるらしい。
それにNPCとは言え仲良くなったお店の店長からの頼みだしルアーもらっちゃったし、やるしかないよね。
新品の竿ほしいからね。
そうして海にやってきたのだが、前回の雪辱を晴らすため最初から磯のような場所に来た。改めて来てから気付いたのだが農場の近くのようだ。
まずは肩慣らしでルアーを投げる、心なしか遠くに飛んだ気がするが最初は海底を探るようにリールを巻いていく。次に中層、表層と深さを変え場所を変えながら投げていく。
「ちょっと大きいかな」
:カサゴ ランクD+ 鮮度100(24時間後に0)
10投目で掛かったのは大きめのサイズのカサゴだった。前回は20センチほどの物しか釣れていなかったがこれは25センチほどありそうだ。ランクに+とあるのはサイズのせいなのだろうか。
早速捌いてインベントリへしまい今度は道具屋さんからもらったルアーに変えて投げてみる。
もらったルアーはミノーと呼ばれる小魚に似せた物でリールを巻くとリップと呼ばれる部分によって揺れながら進んでいくルアーだ。
赤色の目立つ色合いをしている、大きさは5センチより大きいくらいかな。
どう動かせば正解なのかわからないので適当に巻いては止めたり、竿を動かしたりして誘ってみる。
竿を縦に振りながらリズムよく巻いていると魚が掛かった。
竿から感じる引きからして大物の予感がする、前回の失敗を活かすため慎重にリールを巻き見える位置まで手繰り寄せても油断はしない。
2分ほどの格闘の末に釣り上げたのは大きなスズキ、40cmはあろうかという大きさだ。
・スズキ ランクD+ 鮮度100(10時間後に0)
ちょっと高いランクだ、やはり大きさが関係しているのだろう。
大きさ故にいつもより解体に時間がかかったが何とか終わらせられた、せっかくなので道具屋さんにはこの大きなスズキをあげる事にしよう。
その後はカサゴとスズキ、アジが釣れ、日が暮れ始めたので釣りは一旦終了にして魚でも売りにでも行こう。
●
「釣ってきましたよー」
「……お前さん、ちょっと多くはないか?」
「まぁまぁ、ちゃんと切り身にしてもらってますから」
「お前さんがいいならいいんだが」
釣った魚を売るついでに大きいスズキを何匹か三枚におろしてもらっていた、でかい魚をまるごと渡されても困るだけだろうと思ったからね。
「思った以上の多さだが助かるよ、頼みを聞いてくれた礼だ」
「これは……腕輪ですか?」
「在庫整理してて見つけたんだが古い物でな、売ってもいいが折角なんでな。ちゃんと手入れをしてやったから現役だぞ」
「おお……」
・快軽の腕輪 ランクD 耐久値5000
アクセサリー、装備者の行動ステータス補正
報酬としてもらったのはアクセサリーだった、金属で出来ていて狼が駆けている姿が細かく細工されており所々には綺麗な石がはめ込まれている。内側にも何かないかと見てみたり、縁に何か意味深な文章が彫り込まれてないかとか見てみたがそんなものは無くいたって普通の腕輪である。
早速腕に装着しようとするがサイズが合わず入らなかったが、メニューから装備してみろと道具屋さんから言われたのでそうしてみる。
「おお……お?」
すると腕輪は腕にではなく尻尾に着いたのだ、軽く振っても落ちる気配はなく尻尾自体も何か圧迫されている感覚はない。動くか軽くいじってみるが動く気配はない。なぜ腕輪なのに尻尾に着くのか……これがわからない。
ちゃんと装備出来ているようだしこれはこれでよしとしよう。そうしよう、今後のアクセサリーが全部尻尾に付くなんてないよね?ね?
店長曰く、特定の位置にアクセサリーが装着できる種族はいるとの事。獣人の尾に腕輪がそうらしい、一応このアバターは獣人ではないが尾があるのでそういう事なのだろう。
角があるとそこに装着されたりするらしい、ちょっと見てみたい。
ついでに魚を売り払った金とクエスト報酬のお金で新品の竿を手に入れたのだ。
ちょっと役立つメタな知識を教えてもらいつつ道具屋を後にして街を歩く、もう日が沈み街頭の明かりでいい感じに賑わっている。
金は竿を買っても少し余裕がある事だしこの前みたいに人が多くなる前に屋台で買い食いしよう、そして街の中を散策でもしたいかな。
マップを見ながら街の中央の通りを歩く、プレイヤー、NPC問わず露店の多いエリアを目指して歩く。心なしかすれ違う人がこちらを見てくるがやはりこの見た目では目を引くのだろうか…。
現実では向けられない視線、気が付き始めるとドンドン気になってしまう。
逃げるように目についた屋台へ向かう事にする。
「うさぎの串焼き2本くださいな」
「はーいまい……ど……」
串焼きの屋台を見つけたので突撃、エプロン姿の女性がやっている屋台だ。
少しウェーブのかかった長い茶髪の女性はこちらを見ると驚いたような顔をして動きが止まった。
あ、耳が長いからエルフってやつなのかな。
色白で目は青みがかった灰色と言えばいいのか、淡い感じの青色だ。
「えーと、どうかしましたか?」
「あ、えーとごめんなさい。見たことない見た目をしてたから……あなたプレイヤーですよね?」
「ええ、そうですよ。おまかせでこうなりました」
「そうだったのですね、鬼みたいな人とかちっちゃな小人のプレイヤーは見たことありましたけどあなたみたいなのは初めてですよ」
俺がプレイヤーだと分かり緊張がほぐれたのか彼女は笑いながらも焦げないように串をひっくり返して焼いていく、うんいい匂いだ。
味はタレではなく塩のみらしい、そもそもタレはあるのか。
「はい、2本で500Gですね」
「意外と安いのですね」
「肉は結構出回ってるからそこそこ安くできるのです、まぁ自前で用意できるのが一番大きいのですけどね」
「なるほど」
紙に包まれた串を受け取るとメニューが開き取引画面が出現する。その指示に従って金額を入力する、これで取引が完了したはずである。
そして受け取った紙から伝わる温度は焼きたてのアツアツだ。早く食べてみたい。
香ばしい匂いもまた食欲をそそる、がしかし人の多い場所で立ち食いは気が引けてしまうなぁ。
「また来てくださいね」
女性に手を振り大通りから路地の方へ入る。通りはやはり人が多くて落ち着かない、根暗とか言われるだろうが食事に限らず俺は静かな方が好みなのだ。
前回と同じく人込みを避けて路地を歩く、人目を気にしなく良くなったので歩きながら串焼きを取り出してかじりつく。行儀が悪いとは思うがやってみたかったのだ。
その味は意外と甘い、そして独特のクセというのか市販の豚肉などとは異なった風味だ。
こういうのをジビエというのだったか、シンプル故に感じられる肉本来の旨味を堪能していたら直ぐに2本の串を食べきってしまう。
名残惜しいがまた今度の楽しみにとっておくと考えることにしておこう。包み紙についた脂を舐めるなんてことは流石に控える事にした。
時計を確認してみるとログアウトにはまだまだ時間があるようだ、街の外へは出れないから街の中で時間を潰さないといけないかな。さっさとログアウトすればいいとか言うのは無粋なのだ、ゲームはギリギリまでやりたい派である。




