プロローグ=キャラメイク
再投稿です、誤字とかは修正済みのはずです、ねこです
――脳波検出、異状なし。加速処理完了、接続しました。
真っ暗だった視界がゆっくりと明るくなり、白い空間が広がる。それは出来立ての病室の様に清潔感があり無機質だ。
ただ、実際の病室と異なる事は壁と天井が確認できない所だろうか。どこまでも続いていって終わりの見えない感覚、ピントを合わせようとするとちょっと目が痛くなるようなあれだ。なんとも非現実的、SF映画を彷彿とさせる。
――疑似アバターとの接続を確認、5秒後に権限を移行します。
機械的なアナウンスの後に体全体を電気が走る様な、体がブルっと震えるような感じがした。反射的に体が反応するといつの間にか自分の体が有ることに気がついた。
視線を落として見たそれは真っ白く皺のない、のっぺりと生気の感じられないマネキンの様な腕と体だ。きっと顔もマネキンのようなのっぺらぼうなのだろうか。それとも顔の凹凸くらいはあるのか……確かめる為に顔を触ってみるも鼻や口、目などと思われる凹凸は無いように感じた。のっぺらぼうだ、なんか不思議な感覚だ。見えるのに目がない……。
しかしそれに対しては初めて体験する技術である為か心ばかりワクワクしてきてしまう、腕を振り回したり指を動かしたりしてみた。自分の腕とは思えないそれが自分の意識通りに動く不思議、関心と興奮で徐々に動きが大きくなる。
腕を回した際の空気の抵抗や手を握る際の力を込めている感覚、ジャンプからの着地時の足への加重も現実のそれと全く同じだ。
ダイブリンク型VR、数年前から普及し始めた装置で、意識を電脳世界とリンクさせる最先端技術だそうだ。
原理とかはさっぱりだが従来の物よりもよりリアルな体験が出来るため娯楽として若い世代を中心に人気なのだとか。
――ゲームを起動します。
ラジオ体操のようにジャンプしたり腕を振り回したりしているとゲームの起動を告げるアナウンス、そして足元から緑の草原が円状に広がっていく。風で揺れているのか草がなびく音と共に花や木々、山々が現れていき無機質だった空間は見事な景観へと変わっていった。草木の匂いも風に乗って徐々に感じられるようになっていく。
仮想だと分かっていても山や草原の緑は綺麗で吹いてくる風も気持ちがいい、まだゲームを起動しただけなのに感動してしまう。タイトルで感動した経験は幾度とあれどこれは初めての体験だ。
従来のVRとは全く違うな。
景色に見とれていると現れたのは『Life of AVELALD online』のロゴ、先週から稼働しているこのオンラインゲームのタイトルだ。内容は昔ながらのファンタジー世界を冒険するものでcβでのテストでは中々評価が良かったらしい。
題材自体は使い古されてはいるがダイブリンク型の装置でリアルな体験に加えて、ロケーションやスキルを自分で探したり装備もプレイヤー同士が協力して作ったりなどオンラインでのゲームならではの体験ができるのだとか。
個人的には現代の生活では味わえない大自然を楽しんでみたいと考えている。冒険もいいが、せわしないよりはゆとりがある方が好みだからだね。
ほぼコネに近い形で手に入れたゲームだが、せっかくなので満喫したいのだ。
ちなみに入手経路は上司の知り合いから『30代の男性でダイブリンクの経験がない人』という条件のお願いを受けたからである。なんでもリハビリへの利用も進んでいるダイブリンク型VRだが、そのリハビリへの効果を高めるために必要なデータを取るため何だとか。
内容はただVR装置を使用する事だけ。
装置などはその上司の知り合いから提供され、装置に取り付けてある機材で健康状態などを観測するだけなので俺自身がする事はほぼなくゲームソフトも付いてくるとの事だったので何となく立候補したのだ。ちょうど該当するの俺だけだったしね。
ちょうど欲しかったというのもあるけどね。仕方ないね、役得だね。
そうして棚から牡丹餅的に手に入ったゲーム、期待はどんどん膨らんでいく。
「ようこそ、アヴェラルドへ。私、ガイドの『ダリア』です、早速ではございますがアバターの設定を始めさせていただきたいと思います」
景色を眺めていると1人の女声が現れた、スーツをモチーフにしている様な服装をしている。この牧家的な風景には少々不釣り合いではあるが所謂ファンタジーで見るような美人さんで髪は赤く切れ長の目は黄金色、凛々しいその顔立ちと立ち姿はとても真面目そうな印象だ。敏腕秘書というのがぴったりかもしれない。
「よろしくおねがいします」
そういえばアヴェラルドとはなんぞや。この仮想世界の名前だろうか?
「それでは此方の質問に答えていただけますか?数分で終わりますので」
「あ、はい」
俺の疑問なぞ意に介さず、手渡されたのは半透明で水色の板。そこにはアンケートのような質問が書かれており、タブレット端末のように操作して入力できるようだ。
名前…この場合は自身のキャラクターの物だろう、それに身長や体重……ちょっと数字で見ると油物は控えないといけない気がしてくるな……だがそれは置いておこう、趣味や好きな食べ物、嫌いな物、好きな映画のジャンルなど簡単なものばかりだったがそこそこの量がある。
「できました、ところでこれでキャラクターを作るんですか?」
「はい、このアンケートと脳波などを参考にこちらで作らせていただきます。接続されたデータ端末の画像データなども参照されます。ですが細かい部分や種族などは変更が可能ですし、最悪一からお客様自身で作ることも可能です」
「凝る人は一から作るんでしょうね…」
「はい、最長で4時間かけていた方はいましたね。最後は納得していただけたようですが……」
やはり世の中にはいるもんなんだな……、細部にこだわるというか自分との戦いというか……。俺にはそんな情熱もないし、おまかせでちゃちゃっと終わらせてしまおう。
そうして入力し終えた水色の板をダリアさんへ渡す、そこから彼女は更に何かを操作しているようで気が付くと俺の目の前に光の粒子が集まり人の形を作っていく。
「できました……ね」
「そうですね……」
そうやって出来上がったアバターを2人で見上げる。
それは巨漢の猫だった、背丈も大きければ横にも大きい。眠たそうに閉じた目と笑っているような口がとても実家にいた猫を彷彿とさせる白猫である。骨格は人に近いようだがまごうことなき猫である。
「これは珍しい種族ですね、精霊族と言ってアヴェラルド内ではスピリタとも呼ばれる種族です、更に細かい分類でいえばケット・シーと呼ばれる種ですね」
「これが精霊……」
たしかにケット・シーなんかはゲームとかによっては精霊とか妖精あたりに分類されるかもしれない……、いやこの世界ではそうなんだろう。きっとそう。
長靴を履くにも結構なサイズが必要だろうとかどうでもいい心配が過ってしまう。
「一応種族の変更もできますが……」
「あー……せっかくなのでこのままでお願いします、ところで容姿の調節はできますか?」
「はい、こちらのウィンドウで調節できます。分からない点がございましたらその都度質問してください」
「わかりました」
ウィンドウと共にアバターを改めて見るとやはり実家の猫に少し似ている。そういえば画像データ使うって言ってたし実家の猫の写真でも使ったのだろうか。
あの真っ白な猫もいいが俺の趣味というか好みも入れておこう、右側の目の周りを茶色のブチにして手足の先も茶色に変更する。所謂くつした猫というタイプだと思う。
身長と体重も変更したかったがなぜかしっくり来るのが初期のままだったのでそのままにした、なんだか悔しい……だが使っているうちに愛着が湧くだろう。
「これで完了です」
「はい……不備はありませんね。それでは、はんだ様。どうぞ冒険を楽しんでいってください」
「ではいってきます」
手を振ってくれたダリアさんに手を振り返してみたが、いつの間にか俺の手は先程作成した猫の物になっていた。同時に変化している目線の高さにも不思議と違和感は感じない、不思議だ。さすが最先端、不思議だ。
そういえば、ダリアさんがアバターと現実の肉体との体格差は特に問題はないって言ってたからそれが先ほどの違和感の無さなのだろう。
消えていくダリアさんに最後まで手を振って、さあ冒険だと一歩踏み出すと突然空から家が降ってきた。
ズシンと重い音を響かせながら土煙を立てて現れたそれに唖然としていると今度は荷車や農具が落ちてくる。
そして最後に柵が生え、ちょっと遠くに家が何軒か降ってきてあっという間に簡素な村が出来上がった。
――チュートリアルを開始します。
……ああ、これが噂の初見で驚くと言われているチュートリアルなんだね。
2025/8/27 修正