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九話 食堂で

「ケイさんって、元の世界でも今みたいな感じだったんですか?」

「まあ、そう……だな」


 一部嘘、一部本当。

 啓はクラスメートの女子たちに囲まれ、必死に笑顔を張り付かせた。

 常に周りに誰かがいて、自分を見ている。

 

 所作一つにしても、気にかける必要がる。

 授業が終わり、休憩時間となった瞬間に、囲まれてしまった。


「ケイさんの元の世界って男子の扱いはどんな感じだったんですか? タイガさんくらい、かっこよかったら、男なんて必要ないですよね?」


 なんじゃそれは、と啓は心中で呟いた。

 彼女らは男性を嫌っている様子もある。

 それをはっきりと否定すれば、変に見られる。

 曖昧に誤魔化すのが精々だ。


「男子の扱い、こっちにきてから結構驚いたな。お互いに平等って感じだから」

「そうなんですか? けど男子って、何もできないし、補助しかできないじゃないですか」

「まあ、まだ俺はお世話にはなってねぇけど、補助って結構大事なんじゃないか? それに俺の世界だと、男子、女子できちんと平等な役割もあったしな」


 少しむっとなった部分もあるが、なるべく抑えた。

 まだ詳しくは知らないが、男子の仕事は裏方。それがいるからこそ、女性たちが戦えるのだ。


 女子たちがほしいのは、同意の言葉だったのだろう。

 質問の声が止まった。


「まあ、そういうのは今後なれるでしょっ」


 誰かがそういって、また次には明るい調子で質問がされる。


「ケイさんケイさん、質問ですっ。元の世界では彼女っていましたか?」

「か、彼女!? なんで彼女なんだよ?」


 一瞬どきっとしてしまった。

 その反応が、彼女たちには面白かったようだ。

 からかうように目が細められて顔が近づく。


「だって、ケイさんくらい凛々しくて、美しかったらモテルでしょう? うちの学校の上位に名を連ねる人たちにも負けないくらい美しいですからね」

(凛々しい、か)


 「美しい」は聞こえないことにしておく。


「それで、どうなんですか?」


 吐息がかかるような距離まで顔が近づき、かぁと顔が熱くなる。

 女性に慣れていないのだ。あんまり近づかれると照れてしまう。


「あ、あんまり近づくなよ」


 彼女から逃げるように、顔をそっぽに向けるとそれがますますクラスメートには楽しかったようだ。


「なんていうか、ケイさんって凛々しいのに可愛いですね!」


 クラスメートたちにはそこが受けたようだ。

 可愛いは禁句だ。

 頬が引きつり、声を荒げそうになる。


(誰が可愛いじゃぼけっ!)


 内心で叫んでおくだけに努める。

 固めた拳はがちがちに震えていた。

 ひとまず、それで怒りを払うことができた。


「そういうのあんまり考えたことねぇな。俺の世界じゃ、男女でくっつくのが普通だからな」

「それじゃあ、これからは普通じゃない恋愛も覚えましょうか!」

「覚えるつもりはねぇよ!」


 この世界の女性は確かにおかしい。

 こんなことをしているから、出生率が下がるのだろう。

 と思ったが、日本の出生率もこういったあからさまな歪みはないのに、減ってしまったのだからあんまり関係ないのかもと思った。


「もういい加減にしなさいよっ! タイガはまだ慣れていないんだから、ほら、休ませてあげなさいよ!」

 

 エフィが犬歯をむき出しにするようにほえると、クラスメートたちはようやく自分の席に戻っていく。

 そろそろ休憩時間が終わるというのもあったが。

 教室につけられた時計をみると、次の授業まで残り三分ほどだ。


 大きく伸びをして、それから息を吐く。

 肩のこりをほぐすように何度かまわしつつ、エフィに視線を向ける。


「助かった、ありがとな」

「あんまりあれよ? お人よしになんでも返事しなくていいのよ? うちのクラス、ああいう子ばっかりだからね」

「……まあ、わかったよ。ほどほどに適当に返しておく」


 まだどれほどの距離感でいればいいのかが良く分からないのだ。

 冗談で返せば良いのか、真面目に相手をすればいいのかなど、そういった部分は親しくなっていくことでわかるものだ。


「ったく、質問ばっかりで休めなかったぜ」


 別にすべてが嫌というわけではなかったが、どちらかといえば静かなほうが好きだった。

 エフィが苦笑を浮かべる。


「みんな、ケイが気になるのよ。けどね、本当に困っているときはちゃんと拒絶するのよ?」


 びしっと指をたて、目を鋭くする。

 本気で嫌、というわけではない。

 それなりに、前向きに受け入れられて、悪い気はしていない。


「ああ、わかってるっての」

「本当に本当よ? 中には無理やり迫ってくる人もいるんだからね?」

(そりゃあ男としては羨ましい限りだけどな……)


 今のままでそれをやられるのはまずい。


「わかってるっての。そのときは全力で拒否する」

「……全力」


 エフィは悩むように顎に手をやり、ぽつりと呟く。

 ――全力はやりすぎか?

 だが、啓は先ほどの女性たちを思い出す。

 あれだけ積極的ならば、中途半端に断るほうが問題だろう。


「け、けどねケイ」


 エフィがそこで頬を染め、啓を見た。

 彼女の様子に首を捻る。


「あ? なんだ?」

「女性同士も、悪くないと思うのよね」

「……」

(おまえもそっち系なのか……っ!?)


 啓はそれに対して鼻がひくっと動いた。

 エフィも誰か女性で好きな人がいるのかもしれない。

 頬を引きつらせたまま、啓は曖昧に微笑んでおいた。


 休憩時間も終わり、二時間目が始まる。

 授業内容はさっぱりだ。

 分からない部分を一度にすべて理解するのは無理だ。少しずつ、学んでいくしかない。


 午前の授業は、座学だが午後は、実技となる。

 魔導人機の操作訓練、あるいは模擬戦。

 今は、そちらで挽回するしかない。


 とにかく、午前で情けない部分は、午後で挽回するしかない。

 これでも、遺跡でどうにか戦闘をこなした。

 多少はどうにかできるという自信があった。


 そうして、午前の日程が終わり、昼休みとなる。


「ケイ、学食に行きましょう」

「おう、行こうぜ」


 エフィに誘われ、校内の食堂に向かう。

 席を確保して腰掛けると、近くにクラスメートたちも座っていった。

 いまだ、視線は多くあるが、始めに比べれば随分となれた。


 食堂では他にも多くの生徒がいたが、クラスメートたちがよい盾となっている。


「うわっ、本当たくさん食べるんだね。私の残ったら食べさせてあげようか?」

「あ、私のも。私が食べさせてあげるね」

「……いや、そんなには食えねぇっての」


 一人からもらえば、次から次へと増えそうだった。

 女子に囲まれてばかりで、休まる時間がない。

 早いところ、寮の自室に戻ってケルとでも話をしていたいものだ。


 自分の言動一つが、致命的になる可能性もあり、話すのだって落ち着かない。 

 食堂の隅のほうで食事をしている男子たちに混ざりたいというのが、本音だった。


 クラスメートたちが自由に話をしている。

 隣に座ったエフィに視線を向ける。

 

「午後の授業は、魔導人機の訓練だよな?」

「そうね。B組と合同での訓練よ」

「……そこで、頑張れば遺跡調査部隊に少しは近づく、か?」

「……まあ、目にはとまると思うけど、そんないきなり焦らなくてもいいと思うわよ」

「けど、今できることを頑張らないとな」

「……そんなに戻りたい?」

「戻りたいっていうか、戻るための手段を見つけたいっていうのはあるんだよ。いつでも戻れるっていうのと、いつ戻れるかわからないっていうんじゃ、心持ちがちげぇだろ?」


 今はまるで先が見えなかった。

 不安を取り除くことができれば、もっと余裕も生まれてくる。

 エフィはしばらく考えるようにして、ゆっくりと頷いた。


「そうね……。頑張れば、確かに近づくと思うわ」


 エフィがそういって微笑んだ。


「あっ、エフィばかり話してずるいよー」


 クラスメートたちが再び割り込んでくる。

 彼女らに適当に相槌を返しながら、ぱくぱくと食事をしていく

 クラスメートの一人がスプーンを掴む。そこには、チャーハンが乗っている。


「ほら、ケイさん。こちらのごはんもおいしいですよ。一口どうですか?」

「ちょ、ちょっとタイガに何をしているのよ! タイガは自分の食べる分をきちんと確保しているのよ!」

「もうエフィったら、そんなにむきにならなくてもいいじゃないですか」


 エフィとクラスメートで口論が始まる。

 エフィがむぅと拳を固めて唸る。

 クラスメートがさらにスプーンを近づけ、啓は頬を引きつらせる。


「い、いやいいって。俺ももうかなり腹はいっぱいだからな」


 おいしそうな匂いはしたし、実際食べてみたくはあったが、女子と間接キスをすることになる。

 それを考えると、啓はかぁと頬が熱くなる。そんなの、絶対無理だ。


「あっ、ケイさん照れてますね?」


 口を閉ざし、啓はそっぽを向いてぱくぱくと食べる。

 クラスメートは自分のそういった反応が見たくてからかっているようだ。

 もっと女性になれておけばよかった。

 

 今更どうしようもなく、啓はただだまって食事をしていく。


 銀色の美しい髪を持つ少女が、自分たちのほうにやってきた。

 身長はそこそこだったが、どこか幼い感じの残る少女だ。

 彼女は躊躇することなく、啓の近く――空いた席に腰掛ける。


 じろっとしたやる気のない目を向けられ、啓は首をかしげた。

 「あっ!」と驚いたような声をあげて、エフィが唸る。


「アリリア! 何しにきたのよ!」

「ええどもども。上から読んでも下から読んでもアリリアです。紹介ありがとうございます」

「あんたのために紹介したんじゃないわよっ。あんた何しに来たのよ」

「いえいえ。英雄のデバイスを持っている方がどんな人なのかと、一度見ておきたくてですね」


 にへっと馬鹿にしたような笑い方。 

 それから肩をすくめる彼女に、少しばかりいらっときた。


「これはこれは、まったく。可愛らしいお方ですねぇ。英雄のデバイスにふさわしい凛々しい人、なんて聞いていたからどんなものかと思っていましたが」

(誰が、可愛らしいだ……っ)

「あんた聞いていたっていったけど、朝の体育館で紹介していたじゃない。まるで、初めて見たかのような言い方ね」

「ふんっ、この寝癖見えます?」


 アリリアが自分の頭についた寝癖を示すように指を向ける。

 おまけにどこか眠そうな顔である。


「それが何よ」

「寝坊しました。はい、つまり私はここにいる人たちとは違うのですよ、違うのです」


 自慢するように二度いってから、アリリアの視線がもう一度啓に向いた。


「確かに噂どおりの可愛い人ですね。英雄のデバイスを持つ人として、最低限の条件は満たしているようで」

(そもそも、俺は最低限の条件も満たしていないってのっ! わかったらいい加減可愛いっていうのをやめろよな! せめて凛々しいとか、かっこいいとかにしてくれ!)


 それなら素直に褒め言葉として受け取れる。

 啓はしきりに心中で叫んでいると、エフィが首を捻る。


「アリリア、あんた何しに来たのよ?」

 

 疲れた様子でエフィが聞くと、びしっとアリリアに指を突きつけられた。


「あなたの力が本物なのか、確かめにきたんですよ」

「……なんだと?」

「簡単な話です。私は、ちょっとある人に頼まれまして、実力があるのか判断をするように言われたのです」

(……誰に頼まれたんだ? 学園長なら、事前に言ってくるだろうし)

「それは誰よ?」

「おー、それはいえないんですよ。秘密秘密。私は秘密でできていますからね。というわけで、英雄のデバイスの力がどれほどのものか、確かめるためにこうしてきたんです」

「……それはわかったけどな。まだ俺なんて対したことできねぇぞ?」

「もしかして、びびっているんですか?」

「……あぁ?」


 からかうような調子のアリリアに、啓の頬が引きつる。


「大丈夫ですよ。加減してあげますから」


 ぽんと肩に手をのせてきたアリリアに、啓は睨みつける。

 もともと、さして沸点は高くない。

 挑発とわかっていても、それにのった。


「わかったよ。相手してやる。午後の授業か?」

「ええ、そうですね。ちょうどいいですよ」

「……あんた、一年の授業はどうするのよ?」

「い、一年なのかこいつ?」


 先輩たちばかりの席に割り込んできたのだから、相当に心が強い。

 アリリアはにやりと口元をあげて笑う。


「はーい。一年ですよ。ですからこんなに敬語使っているんじゃないですかー。わからなかったんですか? 残念頭ですねー」

「……こいつ」


 啓が頬をひきつらせると、エフィが嘆息をついてから肩をすくめる。


「アリリアは人をからかうのが生活の一部よ。あんまり突っかかっても仕方ないわよ」

「そうですそうです。アリリアは、人をからかうのが大好きなんです。エフィ先輩は今日もお胸が小さいようで」

「ぶちのめすわよ!?」


 叫んだエフィにアリリアはぺこりと頭をさげる。


「す、すみません。今日だけじゃないですよね。今日もでしたてへー」

「あんた……ね!」


 アリリアが逃げ出して、エフィがそれを追いかけた。


「それじゃ先輩、午後はよろしくお願いしますね」


 ひらひらと手をふって、アリリアが食堂から立ち去る。

 エフィが嘆息をつきながら戻ってきた。


「ケイ、いいの? アリリア、あれでも調査部隊に推薦されたこともあるくらい強いのよ?」

「……なら、ちょうどいいだろ? 勝てれば、俺の実力の証明になるし、負けても、今の自分を知ることができる」


 むしろ願ってもいない相手だ。


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