七話 新たな環境で
食堂に入ってからも、視線は多かった。
見慣れぬ生徒がいるのだから、注目を集めるのは仕方ない。
下手に反応すれば、それだけ声をかけられる機会も増えてしまう。
気にせず、食堂の料理担当者に食事を頼む。
注文した料理はうどんにカレーだ。
啓は聞きなれたメニューに僅かに驚いていると、エフィが首をかしげた。
「どうしたの」
「俺のいた世界と同じ食事なんだ」
「そうなの? ここにあるメニューもいろいろなところのが混ざったものだしね。案外、流れ者の話を聞くと、世界って共通点が多いみたいなのよ」
「へぇ……」
地球出身の人間などもいたのかもしれない。
出来上がった料理は、名称が同じだけということはなく、まさにそのままカレーとうどんだ。
料理を運び、席に座る。
しばらくそのまま食べ進めていたが、エフィが自分のほうを見てくる。
「ケイってたくさん食べるのね」
「……あ、ああまあな。その……駄目か?」
「そ、そんなことないわよっ。その食べている姿も似合うというか……」
「……俺、もしかして太って見えるか?」
それだけはありえないはずだ。
体は毎日鍛えていた。
ただ、生まれながらに筋肉がつきにくいらしく、むきむきではないが、これでも脱げばかなり引き締まっている。
逆に、それが太ってみえる原因である可能性もある。
エフィはぶんぶんと首を激しくふる。
「ぜ、ぜんぜんそんなことないわよ! その、たくさん食べるのが珍しかったから聞いてみただけよ」
「……うーん、まあ普通なんだけどな」
そういうしかなかった。
男女で食事の量に差がある、ということが理由かもしれない。
だからといって、せっかくの食事を制限するつもりはない。
空腹を満たしてから、腹を撫でる。
それから、エフィにたずねた。
「そういえば、俺は学園に入学するけどさ、学園の生徒って具体的に何をしているんだ?」
「遺跡の調査部隊に入ることが、最終目標になる人もいるわね。あとは、街に襲い掛かってくる機獣を破壊すること、くらいね」
啓は背もたれに体を預けるように腰掛け、呟く。
「……遺跡。それって、もしかしたら元の世界に戻る手段がわかるかもしれないんだよな?」
「ケイはその……もとの世界に戻りたいの?」
「まあ、な」
今すぐ戻りたいわけではないが、帰る手段は見つけておきたかった。
「……この世界だっていいことたくさんあるわよ?」
「けど、やっぱり自分の知っているところに戻りたいってもんなんだよ。……家族とか友達とかいるしな」
学校の友人は、冗談をいってはくるが、だからといって仲が悪いわけでもない。
エフィは口をぎゅっと結んで、それからゆっくりと動かした。
「そうね。遺跡にはまだまだあたしたちが知らないようなこともたくさんあるわ。元の世界に戻る方法も、きっとあるわよ」
「……そうか。遺跡ってこいつがいたような場所だよな?」
大剣を背負ったまま食事するのも邪魔だったため、隣に立てかけておいた。
大剣の腹をぽんぽんと叩くと、不満げな声が漏れた。
「ええ。不定期だけど、世界のどこかに遺跡が出現するの。そのときに、一緒に流れ者がいることがよくあるわ。元の世界に戻るっていうのなら、遺跡調査部隊に入って自分で探すのが手っ取り早いわね」
「それはどうすればなれるんだ?」
「強ければ問題ないわよ。特に、ケイの場合は専用の魔導人機も持っているしね」
「そうか」
エフィは少しだけ寂しそうな顔を見せた。
そんな彼女の顔は見たくなくて、啓は笑みを返した。
「けど、すぐに帰るってわけでもないんだ。そんなに悲しそうな顔、すんじゃねぇよ」
エフィは顔を赤くしてうんうんと静かに頷いた。
食事も終わり、軽く伸びをする。
エフィがポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出した。
もう啓は見たことくらいしかなかったが、一つ前の古いタイプのものだ。
自分が小さいころに、親が使っていた。
エフィはちらと何度か自分を見る。
なんだろうか? と首を捻ると、やがて彼女は携帯電話を折りたたんだ。
「部屋、お金、電話の準備ができたみたいよ」
「電話も用意してくれるのか? なんかもう色々してもらって悪いな」
「電話知っているんだ?」
「まあな。俺の世界でもあったからな」
「へぇ、それじゃあ、この世界の携帯電話に驚くんじゃない?」
ちょっとしたり顔の彼女に、腕を組む。
「……うーん、どうだろうな。俺の世界の携帯電話はこれなんだよ」
とりだしてエフィに見せる。
身につけていた数すくない地球のものだ。
エフィが「えっ?」と驚いたような顔をする。
「こ、これって今開発中の電話じゃない……っ。あんたの世界ってもうこれが使えるの!?」
「まあ……そうだけど」
この世界の文明のレベルがだいたいわかってきた。
魔導人機に関してはいくらかの疑問が残るが、生活の範囲では少し前の日本程度だ。
「……携帯電話さえ知らない世界から来る子もよくいるのに、ケイの世界にちょっと興味がわいていたわね」
「そうか? 今度ゆっくり話でもしようぜ」
「ふ、二人きりで?」
「別に他にも聞きたい奴がいるなら誘ってもいいぜ?」
「ううん! 絶対誘わないわ!」
「絶対って……まあ別にいいけど」
エフィが誘うなら、女性ばかりのはずだ。
それならば二人きりのほうが良かった。
「それじゃあ、部屋に行きましょうか。部屋に全部用意してあるみたいだからね」
「わかった」
食堂のある一階から、階段をあがっていく。
エフィは携帯電話をみてから、歩き出す。
「部屋はどこだ?」
「318号室ね。三階の一番奥よ」
「了解だ」
階段を使ってあがっていく。
寮は全部で七階建てで、この街一番の大きな建物でもある。
エレベーターもついているが、三階程度なら利用する必要もないだろう。
三階に到着して、いくつもあるドアを見て番号を確認していく。
「……部屋は基本二人部屋なのか?」
「まあ、例外もあるわね。あたしも、一人部屋だし、あとは相方がいなくなったとか色々ね」
「俺も一人部屋なんだよな?」
「とりあえずは、そうみたいね。けど、心配しないでね。あたしもすぐ近くの315号室だから。何かあったらきて頂戴」
「ああ、わかった。そのときは頼りにするな」
「そ、そんな……頼りになるのがあたしだけなんて……頑張るわね!」
確かに、頼れるのはエフィだけだ。
315号室。何かあったときのためにも彼女の番号をしっかりと覚えておきながら、自室へと入る。
玄関のドアノブにかけられたビニール袋に、鍵が入っている。
それを使って玄関をあける。
玄関では靴を脱ぐ場所があり、見慣れた明るい色の廊下があった。
玄関で靴を脱ぎ、フローリングの床を歩いていく。
廊下が続き、途中にいくつか部屋がある。
トイレや、風呂も備え付けられている。
それに少しだけほっとする。
「あっ、お風呂は一階に大浴場もあるわよ。自由に使っても大丈夫だから、後で……その行かない?」
「い、いや……俺はいい」
(女の裸が見放題とか絶対行きたいんだがな……この体で入るとか絶対無理だな)
エフィが悲しそうな顔をしていたが、それに関しては何もいえなかった。
(くぅぅ……みてぇのに、見れない、このジレンマ。けど、もしもエフィと一緒に風呂に入ったとしよう)
想像して、顔が熱くなってくる。
そういうシチュエーションに、まず体がついていかない。
余計な妄想はやめて、部屋を見ていく。
部屋の奥……リビングのような場所は、それなりだ。
簡素ながらキッチンもついているし、テレビにソファもある。
ベランダもあり、二人部屋とはいえ――。
「かなりいい部屋だな」
「そうね。あたしも初めて入ったときは驚いたわよ」
「そうだよな……」
それだけ、国が重要視しているということだ。
エフィがテーブルの上にのっていた電話を掴む。
「これ、ケイの電話ね。そのちょっと待ってて」
「うん?」
エフィが電話を開き、ボタンを押していく。
電話帳にエフィと学園長の名前があった。
「なんか学園長が一番上に登録されてあったけど、これがあたしね」
「連絡先登録しておいてくれたのか。ありがとな」
「う、うん……なにかあったら連絡してね」
「わかった。何かあったらな」
「あっ、その。何かなくても連絡していいわよ? あたし結構暇だし」
「そうか。それなら、暇なときにでもするからな」
「う、うん……あたしも、そのするから」
指を合わせながら、彼女がはにかむ。
「とりあえず、今のところはこのくらいかしらね?」
「色々ありがとな。マジで助かった」
「そんな、気にしないでいいわよ」
エフィはぶんぶんと両手を振って、それから前髪をいじる。
「それじゃあ、あたしも一度部屋に戻るわ。困ったことがあったらいってね」
「わかった」
軽く彼女が片手をあげて部屋から去っていく。
エフィが部屋を出てから、ようやく肩の力が抜けた。
玄関のカギを閉めて、軽く伸びをする。
背負っていた大剣を部屋の隅に置き、リビングのソファに腰かける。
質の良いソファが体を受け止める。
疲れも一緒にソファへ吸い込まれるような感覚だ。
「おい、ケル。ちょっと聞いていいか?」
『なんだマスター?』
「どうして俺はおまえのマスターになれたんだよ?」
ずっと聞きたかったことだ。
マスターになる条件は何かあるのではないか。
特にそれが女性しか持っていない特徴などであったなら、頭が痛くなる。
ケルはしばらく考えたような唸り声をあげる。
『いや、そんな何か理由があるわけではない。単純に我はおまえが気に入ったといっただろう』
「それなら、俺以外でもデバイスを扱える奴がいるってことか?」
『まあ、我が気に入ればの話だ。ただ、何千年という歴史の中で、我が気に入ったのは前の主と貴様だけだがな』
ケルを使うことは、他の奴にもできる。
それならば、と別の疑問が浮かぶ。
「それじゃあ、お前以外のデバイス……例えばエフィが持っているデバイスを他の男子が使うことはできるのか?」
『まあ、使えないことはないだろうな。ただ、デバイスとの適合率は、魔力の多さが関係している。男子は魔力なんてひとかけら程度しかない。デバイスの起動さえできないのが現実だ』
ケルの話をまとめて、啓は声をあげる。
「デバイス使用には魔力が必要で、つまり俺は例外的に魔力が高かったとかか?」
『それも違う。まあ他の男子と比べれば多少は多いが、それでもほとんどないようなものだ。我は他のデバイスとは違い、特殊な技術が一つ入っているからな』
「特殊な技術……?」
『ああ。我は魔力を吸い上げて活用することができる。他のデバイスが持っていない唯一の能力だ』
それがあるからこそ、魔力の少ない自分でも扱えるということか。
「なんだよ。じゃあ結局俺が男の中で特別に使えるってわけじゃないんじゃねぇか」
『いや、特別だ。なぜなら、我がおまえを気に入ったのだからな』
「はぁ、そうかよ。俺の何が気に入るんだよ?」
そう何度も言われると、照れるものがある。
啓は頬をかきながらケルに聞くと、嬉々として答えてくる。
『あのときだ。女を守るために、我を抜こうとしたではないか。なかなかそうはっきりと意志を口に出す人間はいないからな。少し気になった、というところだ』
「はあ、そうか」
『それに、いい加減毎年の祭りのたびに我を抜こうとたくさんの人間が押し寄せるのも疲れてきたからな』
ぽろりとケルがそういった。
「そっちが本音なんだろ?」
『まあ、そうだな。とにかくだ、マスターよ。我はおまえを気に入った。おまえが我を使い、どのような人生を歩むのか、その先を見届けるためについてきたんだ』
「たいした人生じゃねぇよ。とりあえずは、姉貴の捜索と、学園の遺跡調査部隊に入って、元の世界に戻る手がかりを探す。それまでくらいの付き合いだろうな」
ごろんとソファに寝転がり、軽く目を閉じる。
一日色々なことがあった。
それらを整理していると、すぐに眠気が襲ってきた。