六話 女子寮で
「が、学園に通うの!?」
学園長室で、エフィが持ってきたお菓子とお茶を口にしながら、今後のことについて話していく。
啓が学園に通うということで話を進めると、エフィが大きな声をあげた。
目を見開き、僅かに頬が赤らんでいる。
そんな彼女に、学園長がじろっと視線をやる。
「学園に通うからといって、あんまり構いすぎるなよ。馴染めなくなってしまうからな」
「わ、わかっています」
啓の性別がばれないようにという、学園長なりの配慮だろう。
気遣いに感謝していると、これからの生活についての話となる。
「とりあえず、ケイには寮で暮らしてもらう。寮での生活で困ったことがあれば、エフィに教えてもらうようにしよう」
(……まあ、問題はあるかもしれないけど、俺が何もしなけりゃいいだけだよな)
第一、他にどこで生活をするのだという話でもあった。
啓が口を閉じていると、エフィがぱっと顔を輝かせる。
「と、いうことは……もしかして私がケイと一緒の部屋で暮らすのですか!?」
エフィが学園長に聞き、啓はひくっと喉がなる。
それはまずい。たとえ、男女が……というわけではなく、一緒の部屋では間違いなく、性別がばれてしまう。
学園長はきっぱりと首を振る。
腕を組み、エフィに厳しい目を向ける。
「いや、それは駄目だ」
「な、なんでですか!」
「そ、それは、だな……」
学園長が困った顔で、ちらちらと啓を見る。
堂々としていたわりに、理由を考えていなかったようだ。
(けど、俺だって何も理由なんかねぇぞ……それっぽい理由、何かあるか?)
エフィの悲しそうな顔を見ると、「嫌だから」といったら、それこそ死んでしまいかねないほどだ。
だからといって、一緒の部屋で暮らすなんてありえない。
男としては憧れるが、ばれればどうなるかわからない。
「とりあえずは、一人でいたいんだ」
「……そ、そうよね」
しゅんとした様子のエフィに、啓は慌てて両手を振る。
女を悲しませるなんて男として最低だ。
(けど、この嘘をつき続けているのも……ざっくり心に刺さりやがるな)
「まあ困ったときはエフィを頼るから、そのときは頼む」
「う、うん。わかったわ」
「もちろん、私に頼ってもいいんだからな?」
学園長がずいっと言葉を挟む。
エフィと学園長の間で、視線がぶつかった。
「とりあえず、今話しておくことはこのくらいか?」
啓は二人に割ってはいってきくと、学園長が頷く。
「そうだな。入学は明日になる。そろそろ準備をしておく必要があるな」
「えっ、そんないきなりなんですか?」
「流れ者の扱いはだいたいそんなものだな。まずは適性検査を受けて、それから扱いを決めるのだが、ケイの場合はその部分がないからな」
「……そうですね」
(そういえば、どうして俺はデバイスを扱えるんだろうな。学園長もたぶん分からないだろうし、後でケルにでも聞いてみるかねぇ)
仮に、体内の女性ホルモンがどうたらとかであったら、ショックを受けるかもしれない。
啓が一人落ち込んでいると、学園長がエフィを見た。
「エフィ、ケイと一緒に寮で食事でもとってきてくれ。部屋は……確かいくつか余っている場所があったな。部屋の準備はこちらで話をしておく。それと、いくつか生活で必要なものも用意しておこう」
「……ありがとうございます」
何から何まで世話になっている。
学園長は首を振る。
「気にするな。それだけの価値があるんだ」
「そうよねっ。ケイは英雄の再臨みたいなものだものね!」
鼻息荒く、頬を赤らめるエフィに乾いた笑いを返すしかない。
これから、多くの女性を騙さなければならない。
そのことを考えると頭が痛くなる。
だからといってプライドを守れば、学園長との約束が果たせなくなる。
(難しいもんだな)
理想に生きるには力が必要だ。
今の自分にはそれがない。生きるための知識もロクにない。
「それじゃあ、ケイ。行きましょう!」
エフィがぎゅっと手を握ってくる。
女性と手をつなぐことはあまりない。
ぐっと握られ、啓は頬をかく。
「その前に、軽く服を調えておいたほうがいいだろう。メイド服は目立つし、それだけぼろぼろになっていたらな」
「あー、そうですね……」
メイド服はもともと借りたものであった。
今ごろクラスメートたちは何をやっているだろうか。
家族のことも思い出して、これからどうなるのかと考えてしまう。
ただ、感傷にひたってばかりもいられない。
エフィの笑顔に引っ張られるように、明るいことばかりを考えるように努めた。
○
学園長にとりあえずの服を用意してもらい、それに身を通す。
露骨に男物というわけではないが、それでもジーンズにあっさりと青色のシャツ。
女らしさは減ったが、軽くその場で服を確かめていると、エフィが声をあげる。
「かっこいい…ケイは顔が整っているから何を着ても似合うわね!」
きらきらとした目でエフィにいわれ、鋭く胸に刺さる。
エフィの素直な褒め言葉に、食いかかっても仕方ない。
今は男とばれていないのだから、それを喜ぶべきだ。
エフィの案内のもと、寮に到着する。
寮は学園の外、歩いて五分ほどの場所だ。
こちらも、そこらのマンション顔負けのサイズだ。
「でっけーのな……」
「まあね。あたしたち、魔導人機使用者が、国の戦力だからね。あたしたちの待遇はそりゃあもういいわよ」
魔導人機を操るのに基本的には年齢制限がある。
だからこそ、魔導人機を扱える人間は貴重なのだろう。
ただ、そうなると、何かあったときは魔導人機使用者が真っ先に送り出される。
危険と隣合わせでもある。
「戦争、とかってあるのか?」
「別にないわよ。昔、男と女での争いがあったみたいだけど、それで女が圧勝してからはもうずっと静かよ」
「他国といざこざってないのか」
「ないない。だって、人間が暮らす大陸はここだけなのよ?」
自分が考えていたよりもずっと世界は狭いようだ。
「もちろん、他にも大陸はあるけど、機獣が暴れてるからね。人間が住める大陸はここだけよ」
「結構、大変なことになってんだな……」
「そうね……けど、この大陸は大丈夫よ。……比較的、だけど。魔導人機使いがたくさんいるからね」
「魔導人機、か。……そういえばまだそのあたり詳しく聞いていなかったな。俺、学園に入るっていうけどさ、具体的に何をすればいいのかって感じだぜ。学園のこと、何もしらねぇんだよ」
学園長は、女の子と仲良くすることをあげていた。
ただ、他にもやることはあるだろう。
「それじゃあ、ご飯でも食べながら話しましょうよ。寮にある食堂を案内するわね」
「……あっ、俺金とか持ってねぇけど、大丈夫か?」
「大丈夫よ。寮内の利用はタダだから」
「まだなんもしてねぇのに、大丈夫なのか?」
「大丈夫よっ!」
そこまで至れりつくせりだと、むしろこちらが遠慮してしまいそうになる。
だからといって、この世界のお金を持っているわけではない。
日本で身につけていたものは、財布とスマホだけだ。
今持っているのはこの二つだけで、とてもじゃないがお金を払える立場ではない。
これから色々と大変だ。
寮に一歩踏み込む。入り口のロビーのような場所には、女性しかいない。
ここは女子寮だ。そう考えただけで緊張する。
(いかんいかん。……男らしく、堂々と。いや、あんまり男らしさを見せすぎるのものな)
啓は眉間に皺を寄せながら、それでも卑屈な態度は見せない。
こちらに視線がいくつも注目される。
目を見開いた後に、女性たちがこちらへと近づいてくる。
「え、エフィさん。その方は一体……?」
「その背中につけているのって、もしかして、英雄のデバイスではありませんか?」
「い、いやいや。今まで歴代の実力ある人が抜けなかったそれに……ただ似ているだけのものじゃ……」
質問と同時に、いくつもの視線が向けられた。
啓が返答に困っていると、エフィが一歩前に出た。
「詳しいことはまた明日伝えるわ。彼女は流れ者で、そのまあ色々事情があってあたしが面倒を見ることになったのよ」
「……お、お名前は?」
一人の女性がぼーとした顔を向ける。
啓は出来る限り疑われたくはないため、必死に笑顔を浮かべる。
「啓だ。その、色々とわかんねぇことがあるけど、そのよろしくな」
ドキドキと心臓が高鳴る。ばれていない、だろうか。
さすがにこれほどの数の女性が相手では、ばれてしまうのでは。
必死に笑顔を向けていると、女性は頬を赤らめてそっぽを向く。
「な、なんて美しい笑顔なんですか……。それにそのワイルドな言葉遣いも、かっこいいです……」
ぼーっとしたままそういわれ、啓はちょっぴり嬉しかった。
「か、かっこいいか? 嬉しいな、ありがとう」
(可愛い以外で言われるなんて思っていなかったなっ)
少しだけ嬉しかった。
もちろん、女性としてかっこいい、といわれている可能性もあったが、それでもその言葉はとても嬉しいものだった。
返事をすると女性は顔を真っ赤にして、うつむいた。
何か失礼なことを言ったのだろうかと啓が思っていると、エフィに腕を掴まれた。
「け、ケイ! もう行くわよ! みんな、ケイはまだ疲れているから、今日はもう休ませてあげて!」
「えーエフィさん、そうやって独り占めしようとしているんじゃないの?」
「そ、そんにゃんじゃないわよ!」
「怪しいです」
じろっと女性が覗き込んでくる。
啓も早いところこの空間から逃げ出したかった。
軽く片手をあげて、ごめんとポーズをとって、歩いていった。
どうにか一団から抜け出すと、エフィが頬を膨らませていた。
そうして、エフィは両目を鋭く吊り上げ、啓を睨んだ。
「どうしたんだよ?」
「あれよ? 言っておくけど、あの子たち、誰に対してもあんな感じなのよ? 変な勘違いするんじゃないわよ?」
「勘違い? まあ、別にそんなに気にしちゃいねぇよ」
(お世辞みたいなものだろう? それでも、かっこいいとはお世辞でもいわれたことないからな。嬉しいことには変わりないっての)
それでも、いつまでもそれを喜ぶつもりもない。
エフィはまだ膨れた面だった。
エフィが食堂に入っていき、啓も彼女の後を追いかけた。