三話 英雄の魔導人機
自分よりも目線の低かった彼女だが、装甲をまとったいま、全長三メートルほどはある。
さらには、彼女の左手にオレンジ色の大剣、右手には大きな銃が展開される。
啓が持てば巨大なそれらも、今の少女には適したサイズだった。
少女は一気に機械へと飛び掛る。
剣を振りぬくと、機械は前足を軽く動かしてさばいてみせる。
機械はその場で軽く体を捻る。
蜘蛛のような見た目をしているが、足は四つ。その先には刃がついている。
その四足を使った攻撃は、人間相手よりもトリッキーで相手がしにくいだろう。
事実、少女はすべての足の先についた刃と剣を打ち合って、互角の戦いを見せている。
少女が距離をあけながら、銃を向ける。
放たれた銃弾が機械へと当たる前に、機械は天井高く飛び上がる。
よく見れば、この場所は非常に広い。天井までは、目を凝らしてもはっきりと見えない。
ドーム上のつくりをしていて、その天井付近で機械は待ち構えている。
まるで蜘蛛の巣のようにも見えて、不気味だ。
機械を追いかけるようにして、少女も背中部分の翼のようなものを動かす。
その先からは、風のようなものが放たれている。
エネルギーを用いて、魔導人機は動く。エネルギーは魔力、と少女が言っていたため、あれもエネルギーのはずだ。
オレンジの機体が残す美しい線を目で追っていた啓だったが、天井が白く光った。
飛びあがった機械が光を放ったのだ。
白いレーザーが少女へと襲い掛かる。
少女は回るように身を捻ってどうにかかわしたが、空中姿勢が崩れる。
天井に近づけば近づくほど、遺跡は狭くなっている。
翼のようにはえた機体の後ろ部分が、遺跡の壁に掠るとさらに彼女は上体を崩した。
敵はそれを好機ととらえたのだろう。怪しく目のような部分が光る。
壁に四足をつけ、かつかつと突き刺して走る。
まるで、カニのようにも見えたが、その速度は尋常ではない。
少女が慌てた様子で剣を振るが、不利な姿勢からの攻撃だ。
機械はそれをぴょんととんでかわし、その足を振りぬく。
少女の体に当たる直前に、壁のようなものが出現する。
それにぶつかった機械の足が弾かれた
少女の体にはバリアのようなものでも張られているのだろう。
それが今の一撃を防いだようにみえた。
だが、少女の顔色は悪いままだ。
機械がそのまま少女へと飛び込み、その足を広げる。
少女が剣を振りぬいたが、機械は器用に身を捻ってかわす。
人間には絶対にできない身のこなし。
機械はそのまま少女を抱え込むようにして、足を動かす。
少女のバリアごと、抱きしめるかのように足をたたみ――。
「がああ!?」
その先から電流が流れた。
少女の体をばちばちと光が襲う。
少女の翼からあふれていたエネルギーがなくなり、そのまま啓がいる地面へと叩き落される。それでもまだ、機械の雷攻撃は終わらない。
少女の体に直接は当たっていなかったが、少女は悲鳴を上げ続けている。
バリアのようなものが防いでいても、あくまで体に明確な傷がないだけで、ダメージはあるのかもしれない。
「おいっ!」
少女が体を動かした。なんとかしようという必死さは伝わってきたが、電流がそれを阻む。
啓は一気に駆け込んで、電流から彼女を助けようとする。
一瞬でもこちらに気をひきつけられれば。
「おい、この蜘蛛野郎、俺もいるぞ!」
雷だろうが関係ない。このまま少女を助けられなければ、どうにもならない。
蹴りを放つつもりで駆けだすと、機械が自分のほうを見てきた。
機械の体の一部が開く。
そこから、小さな虫のようなものが飛んでくる。
それも機械のようだ。警戒していると、その機械は啓の近くまできて、爆発した。
「うおっ!?」
なんとか一歩後退したところで爆発したため、爆風だけが届いた。
それでも、遅れていればどうなっていたかわからない。
近づくな、と機械が自分に言っているように感じた。
少女の悲鳴が続く。見れば、魔導人機の展開する箇所が減っていた。
このままでは、少女が死んでしまう。
だからといって、今の自分に何ができる――。
小さな機械虫が襲いかかってきて、啓は後退しながら考える。
周囲をみた啓はそれから祭壇に刺さっている大剣を見て走り出す。
「女も守れないで何が男だってのっ!」
愚痴るようにいって一気に階段をあがる。その後を虫が追ってきては、爆発を繰り返す。
爆風に乗って、一気に跳躍する。転がるようにして祭壇に着地し、刺さる大剣を睨みつけた。
その柄へと手を伸ばす。
『魔導人機は女にしか展開できない』
少女の言葉を思い出す。
例え、魔導人機を展開できなくても、この大剣を使えればあの機械を殴り飛ばすことくらいはできるだろう。
柄を握って上へと力を引き上げる。
だが、大剣はぴくりともしない。
「おい、くそったれ! 抜けやがれよ!」
叫んで、さらに力を入れる。
抜いて駄目なら、蹴り飛ばしてでもなんでも。
一歩引いて体を捻りながらの回し蹴りを放つが、それでもびくともしない。
最悪剣が折れたとしても、殴るものが手に入ればそれでいい。
そんな考えでもう一度蹴りを放った瞬間だった。
『貴様、我に何をする』
声が聞こえた。もう驚くつもりはない。
大剣をじっと睨みつけ、啓は叫ぶ。
「あぁ!? てめぇがしゃべってんのか? ならいいからとにかく力を貸しやがれ!」
『何故に力を望む?』
「女を守るためだっての! それ以外に理由が必要か?」
『女を守る?』
「男なら当然だろうが!」
『お、男?』
「黙れ! いいから、力を貸しやがれ! 伝説がどうたら知らないがな。伝説として語り継いでほしいなら、役に立ちやがれ!」
声を荒げて剣の柄を握る。
『……おかしな奴だ。確かに、ついているようだな。……女を守るため、か。そいつはおまえの彼女か何かか?』
「ちげぇよ! 名前だって知らねぇよっ。いいから、早く抜けろ!」
『……なら、なぜ助ける?』
「だからっ、男だからだ! 俺がお、と、こ、だからだ! それ以外に理由がいるのかよ!?」
苛立ちをこめて蹴りを放つ。
そういうと、その声に苦笑が混ざった気がした。
『面白い奴だな。気に入った、貴様を二代目として認めてやろう』
「わかったから、さっさと力をか――」
もう一度怒鳴り声をあげたところで、剣はあっさりと抜けた。
思ってもいないほどあっさりと抜けて後ろに倒れてしまう。
大剣を両手で持つ。
重かったが、それでも触れないほどではない。
それをもって祭壇から飛び降りて、真っ直ぐに走る。
『ま、待て! まずは我を展開しろ!』
「やり方なんてしらねぇからおまえがやれ!」
『な、なんだと!? 我だっていつも使われているだけだからやり方なんて知らないぞ! ……どりゃ!』
大剣が声をあげると、左腕に装甲が展開される。
おおよそ肘から腕まで。女性が展開していたものよりもずっと薄い。
それでも、体がいつもよりも軽い。啓は一気に機械への距離をつめる。
「おらよっ!」
魔導人機を展開したからか、片手でも扱えるようになった大剣を振りぬく。
少女に夢中になっていた機械だったが、それでもこちらに気づくと飛び上がってかわす。
逃げた先へと大剣を放り投げる。
『おまえっ! 大事な我の一部を!』
「うっせ、どうにか戻しやがれ!」
投げた大剣をさすがに機械もかわしきれなかったようだ。その足の一つを切り裂いた。
腕をまとっていた魔導人機が消滅し、再度展開される。
途端、自分の左手には剣が戻ってきている。
「なんだよ、やればできるじゃねぇか」
『……こんな手荒なマスターは初めてだ』
「二代目だろ? 世間の何もしらねぇじゃねぇか」
『貴様だって、何も知らないようではないか!』
大剣が声を荒げる。
啓は倒れていた女性のもとでしゃがむ。
だいぶ疲労しているようだが、呼吸はある。
「おい、大丈夫か?」
「お、お姉ちゃん……?」
「残念だが俺だ。なんだ息はあるみたいじゃねぇか、あとは俺がどうにかしてやるからそこでゆっくりしてな」
「……あ、あんた……もしかしてそれって」
よろよろと体を起こそうとした彼女をでこぴんで静止する。
おでこを押さえて彼女がむっとした顔を作る。
「な、何するのよ!」
「だから、安静にしてろっていってんだろ。後は俺がやる」
「あ、あんたねいくら英雄の魔導人機とはいえ、なんの訓練もなしに――」
「細かいことはこいつにやらせる」
『我かい』
「とにかくだ、おまえは黙って守られてろ」
軽く笑ってから立ち上がる。
大剣を軽く振る。体の中に、直接何かが接続してくる。
それが、恐らくはこの魔導人機なのだろう。
受け入れる。自分のすべてを任せるように、このデバイスにすべてを託す。
四肢をまとうように装甲が展開され、背中部分を翼のようなものが作り出される。
それらは黒を基調としたものだった。
全身に展開された魔導人機は、黒にわずかな青と赤を含んだもの。
「こりゃ英雄というよりも悪だな」
『何をいうか……とにかくだ。我も久しぶりの起動でエネルギーがありあまっている』
視界の端ではエネルギーメーターのようなものが見えた。
何より、視界が随分と広がっている。意識すれば、自分の背後だってみることができる。
慣れない感覚であり、今は人間が扱える目の範囲だけにとどめておく。
細かいことは後で聞けば確認する。今できることで、あの機械を破壊する。
空から飛び降りてきた機械が四肢を振りぬいてくる。
大剣の腹で受け止める。
機械の重量もあわさり、相当な負荷が襲いかかる。
「おい、この程度じゃねぇだろ!」
叫び、腕に供給する魔力を一気に増やす。啓はそれで、無理やり機械の体を弾き上げる。
機械は壁に足を突き刺し、移動を行う。
その先へと、翼にエネルギーを送り距離をつめる。
『……まったく。我にほとんど任せおって。……せっかくのエネルギーがほとんどなくなってしまったではないか』
「いや、十分だ!」
大剣を振りぬく。
一瞬の抵抗の後、大剣は機械の足から腹部へと抜ける。
ばちばちと電流が流れ、砕け散るような機械の悲鳴が腕に伝わる。
完全に切り飛ばしたところで、地面へ着地する。
後には大剣が残り、潰されそうになったのを何とか支える。
「おまえ、重たいな……」
『文句をいうな。これが我を扱うための鍵なんだからな』
とりあえず邪魔だったので、大剣を置いてから少女のほうに向かう。
少女はぽかんとした顔で自分をいている。
「体は大丈夫か?」
「う、うん……そのありがと」
「おい、どうした? 体調悪いのか?」
「べ、別に……そういうわけじゃないけど、そのありがと……」
とにかく守れたようでよかった。
啓はほっと息を吐いていると、少女は赤くなっていた顔を引き締めるように口を結ぶ。
「ねえ、そのあの……その大剣は……」
「ああ、こいつか? おい、おまえ名前は?」
『我はケルとでも呼んでおけばいいだろう。少なくとも、前の主はそう呼んでいた』
「だそうだ」
「やっぱり……英雄が使っていた魔導人機、よね? まさかあなた様が抜けるなんて……」
呼び方が丁寧になっていることに首をかしげながらも、それ以上に気になる部分があった。
「やっぱりまずいか? なら、あそこにぶっ差してくる」
『いや我はマスターが死ぬまではマスターをマスターとするからな。勝手に戻そうとするな』
「あぁ? 俺だって面倒事は嫌なんだよ。そもそもだ。俺は自分の世界に戻るんだからな。おまえいたら邪魔だろ?」
『じゃ、邪魔とはなんだ! ほれ、我意外と生活の中でも活躍するぞ。計算だってできるし、前の主のときは朝にきちんと起こしてやったくらいだ』
「いらねぇよ。俺はアラームでおきたくない人間なんだよ」
「そ、それ以上はやめて。その、とりあえずは一緒に学園にきてちょうだい。あたしにも判断できないからそのとりあえずは一緒についてきて」
少女の視線が、何度も顔と大剣を行き来していた。