二十五話 姉
今まで見たことのない数の機獣に、啓はちらとエフィを見る。
しかし、驚いた様子のエフィからして、これが異常事態であることはすぐにわかった。
だが、行動しなければならない。
今は一般人ではなく、魔導人機をもった魔導士だ。
「エフィっ。こういうときはどうすればいいんだ!?」
声を荒げると、エフィも慌てた様子で自分を見てくる。
それから彼女は、顎に手をやり魔導人機を展開する。
フルではない、簡易展開。
彼女の片腕に装甲と剣が握られる。
「基本的には、学園の指示を待ちながら、市民の避難誘導よ。魔導人機には通信機能もあるわ。啓ならニローね」
「……了解だ」
啓も起動するために、大剣を取り出す。エフィが慣れた様子で拳銃を啓に向ける。
放たれた銃弾を切り裂き、啓は簡易展開を行う。
『あっ、ケイだよね? 聞こえてる!?』
「ニローか? ああ、一応聞こえてる」
すぐに通信が入り、啓は耳元に手をやる。
『今どこ? 空に機獣が大量にやってきて、大変なことになってるんだけど……』
ニローの声は落ち着いた様子である。
エフィのほうはというと、サポートの人を宥めている。
エフィに伝えたかった言葉は、舌の上で転がっただけだったが、後できちんと伝えよう。
「今俺はエフィと一緒に……街のでかいデパートの屋上にいるんだ」
『でかいデパート……ああ。あそこか。それじゃあ、もしかして機獣が良く見える?』
「ああ、そりゃあもうばっちりだ」
『……了解。学園からは、とにかく街の人たちを守ることを優先するようにだそうだよ』
「町の人の避難誘導だな?」
「ただ……今学園に残っている戦力だと、エフィ、アリリアはもちろんだけど……ケイも前線に出ることになると思うよ』
「了解だ。むしろ、大歓迎だぜ。全部ぼこぼこにしてやるっての」
『気をつけてね。相手は機械だから、無茶な攻撃だって平気で仕掛けてくるからね』
ちらと空を見ると、機獣たちが降下してきている。
あれを迎え撃つのは難しい。
まずは、市民の避難誘導を行う必要がある。
啓はケルを背中に背負うと、エフィも疲れたような顔で通信を切断する。
「ほんと、あの子は優秀なんだけど、声に余裕がないわね」
「エフィのバディか?」
「ええ、そうよ。そっちは大丈夫だった?」
「ああ、かなり落ち着いていたな。とにかく、まずはデパートの人たちの避難誘導だよな? どこに誘導すればいいんだ?」
「魔導士が滞在している避難先があるのよ。ここからだと……あの建物ね」
学園のマークだろうか。
機械を割いたようなマークがあり、それが建物の壁にでかでかと張り付いている。
場所はわかりやすい。
方角を覚えてからデパート内へと戻る。
エフィとともにエスカレーターを駆け下りて、声を張り上げる。
まずはデパートにいる人間の誘導だ。
状況の簡単な説明と、避難する場所。
それと笑顔と落ち着ける言葉を合わせて、広報は完成だ。
四階から一階へと、避難遅れがないように伝える。
エフィがデパートの人に声をかけ、緊急避難放送を流してもらう。
それを聞いた人たちが、いよいよ慌てたように外へと向かっていく。
ら彼女らがパニックにならないように必死に声を出していく。
逃げる人々の表情は真っ青だ。
避難訓練などは良く行っているだろうが、それでも機獣が襲撃してくること事態が久々のことだ。
人々の心から、その脅威がなくなる程度の期間があいていたのだろう。
しばらくして店内が静かになる。
「避難終わったわよ」
エフィが耳元に手をあてて声を荒げる。
啓も次の指示を待つことになる。
『それじゃあ、避難先に合流して。機獣たちは、まだ空でこちらを威嚇するように滞空しているようだから』
ニローの言葉に頷いて、エフィのほうに向かう。
彼女も通信を終えたようだ。嘆息まじりに腰に手をやる。
「機獣たちは何がしたいのよ?」
「さあな。そのままおとなしく帰ってくれればいいんだけど……」
「それなら本当にいいんだけどな」
「あたしたちもとりあえず向こうに合流よ」
エフィに頷き、街の中を移動していく。
周囲を観察し、機獣が街に降りていないか。
あるいは、逃げ遅れた人たちがいないか。
それを確認しながら、街を移動する。
と、そんなときだった。
「……えっ!?」
エフィが突然声をあげて、わき道へと駆け出した。
突然の行動であったが、エフィを無視するわけにもいかない。
彼女の後を走って追いかけると、歩幅の違いもあってすぐに追いついた。
「どうしたんだよ? 逃げ遅れた人がいたのか?」
「……わからないわ。ただ、誰か今人がこっちに来たように見えたのよ」
「……本当か? それなら探さねぇとな。もしかしたら、間違えている可能性もあるしな」
エフィがこくりと頷き、どこか緊張した面持ちで走っていく。
啓もエフィの言葉を信じて、周囲を探していく。
エフィは必死に走っていく。まるで体力を考えないように走り、啓は彼女の肩を掴む。
「エフィ、そんなに慌てたって仕方ないだろ。息も乱れているし……俺たちはこれから戦闘だってやるかもしれないんじゃねぇのか?」
「そ、それはわかっているわよ。ただ――」
エフィはぐっと唇を結び、視線を外に向けた。
彼女のただならぬ様子に、いよいよ啓も無視できなくなる。
「……エフィ、おまえどうしたんだ? さっき見かけたのが、知り合い、とかか?」
「……その」
エフィはそこで言葉を区切り、一度下を向く。
そして彼女はばっと顔をあげる。目じりに涙が浮かんでいた。
「お姉ちゃんに、似ていたのよ」
「……お姉ちゃん、か? 行方不明の、だよな?」
「そうよ」
「……事情はわかったよ。けど、このまま慌てたように探しても仕方ねぇんじゃないか? 落ち着いて、探そうぜ」
「啓の、いう通りだわ。……ええ、もう大丈夫よ」
エフィが深呼吸を繰り返し、それから顔をあげる。
啓も視線をあちこちに向ける。
「エフィ、あっちに人がいるぞ」
建物の間。啓が声をあげると、エフィがすぐに駆けつけてきた。
そちらに走ると、フードをかぶった女性がいるのがわかった。
ある地点で、その女性は立っていた。
そこには別段何かがあるわけでない。
建物と建物の間にある空間。
そこは、子どもたちのたまりばとして使われそうな場所だった。
温かな風がこの空間を抜けていく。
そんな場所に、女性はいた。
女性はフードを被っていて、その素顔を見ることはできなかった。
だが、それでもエフィは確信したようで、物陰から一歩現れた。
「お姉ちゃん……っ!」
エフィが声をかけるが、女性は返事をしない。
まるで、何も聞こえなかったとばかりに、女性は地面に手をあてる。
一体何をしているのか……そう疑問に思っていると、地面から突然魔法陣が浮かび上がった。
幾何学模様の青色の魔法陣が、その空間を覆いつくす。
まるでこの魔法陣のためにあけておいたようなそんな、錯覚さえ覚える。
「……な、なにこれっ」
エフィならば知っているかもしれないと視線を向けたが、彼女もこの現象は知らないようだ。
唯一の知っている存在である、女性のもとへとエフィが近寄ると、彼女の右手がばちばちと光る。
この現象に啓は名称をあてはめることができた。
「魔法……じゃねぇのかこれ!」
心臓がぎゅっと縮んだ。
一瞬で全身からいやな汗が現れれ、啓は気づけば駆け出していた。
ほとんど反射に近い動きだった。自分でも驚くほどの速度で、エフィの体を抱きしめて跳躍する。
先ほどまで啓たちがいた場所を雷が抜ける。
行き場を失った雷が、近くの壁をぶちやぶり、建物の中が見える。
ちょうどその建物には本でもあったのだろう。
雷が直撃した本のページがばらばらと風にのる。
啓の目の前に落ちた紙には、黒い焦げ跡がついていた。
それがもしもエフィに直撃していたならば――。
おそらく五体満足ではいられなかっただろう。
啓はエフィを起き上がらせながら、女性をにらみつける。
「おまえ……いきなり何しやがるんだよ」
啓は女性のことを何も知らない。
どのような人格者だったとしても、今起きたこの目の前のことに対しての評価で、彼女を最悪な人間であると決める。
「……」
しかし女性はこちらを見ずに魔法陣へ乗ると、突然その姿が消える。
「おいっ!」
「待ちやがれ」と怒鳴りつけて、啓もその魔法陣へとのる。
途端体を浮遊感が襲った。
次に目を開けた場所は、見慣れないどこかの広間だ。
足場や壁は、灰色の加工された石が敷き詰められている。
初めてエフィと出会った、遺跡の中に似ている。
だだっぴろいその場所で、目的の人物の姿は見当たらない。
啓の背後には自分たちがやってきた魔法陣がある。
あの魔法陣を使って、転移してきたというのが正しいところだろう。
とにかく、今はあいつを見つけなければならない。
エフィを傷つけるような真似をした理由を聞き出すまでは、帰るつもりはない。
この広場から奥へとまだ道は繋がっている。先ほどのフードの女もそちらにいったのだろう。
啓が走り出したところで、魔法陣がもう一度光をあげる。
そこからはエフィが姿を見せた。
「ケイっ、お姉ちゃんは!?」
「わかんねぇっ。けど、ここからいける場所はあそこくらいだ。あっちにもう行ったのかもしれねぇ」
先の繋がる通路を示すと、エフィはぐっと拳を固める。
急いで彼女を追いかけるために走る。
ここがどこなのか、考えるのは後だ。
街にも早く戻らなければならない。
この機獣の出現と、フードの女性、まったく無関係ということもないだろう。
「それにしても、お前のお姉ちゃんはあんな雷なんてうてるのか?」
「そんなわけ、ないわよ。……あれは、まるで失われた魔法の力みたいだった」
「おまえの姉ちゃんは魔法を使った、かもしれないってことか?」
「……デバイスを用いて、使用した可能性はあるけど、さっき見た限りだとよくわからないわね。それに、なんでお姉ちゃんが攻撃して……くるのよ」
エフィの問いに答えは浮かばない。
啓は彼女に首を振ってから、大剣に手をやる。
いつ襲撃されても問題ないように、準備だけは整えておく。
「とりあえず、エフィ。最悪やりあうことになるかもしれねぇぞ。様子がおかしかった」
「わかってるわよ。……今のお姉ちゃんが普通じゃないってのは、さっきので十分わかったわ。戦いのときはあたしが援護に回るわ」
「……わかった」
啓としても、今までの訓練から突っ込んでいくことほうが得意だ。
エフィが仲間の援護を出来るというのならば、今考えられる中で一番良いコンビネーションだろう。
お互いにいつでも戦闘ができるようにしたまま、通路の先へと向かう。
「ここは、遺跡、かしら……ね?」
「たぶん、な。初めておまえとあった場所に似ているような気がするぜ」
「……確かに、そうね。英雄の武器が置かれた遺跡が作られた時代の、建築様式に似ている、のかもしれないわ。ってことは、ここはそのくらい古い遺跡なのかもしれないわ」
確かにところどころが、崩れ落ちていて、いつ崩壊するのか分からない状況だ。
啓はちらと自分の背中にある大剣を見た。
もしかしたらケルならば、何かわかるかもしれない。
期待の目を向けると、
『……なんか、懐かしい感じはするな。ただ、我もはっきりとしたことは思い出せない』
悩んだような声が返ってきて、啓はがくりと肩を落とす。
そのまま通路を進んでいくと、やがて先ほどの空間に似た広い空間に出た。
足元は灰色の石であったが、周囲の壁はレンガのような色をした壁がある。
だが、その壁はところどころが崩れており、その奥、土が見えている。
どうやらこの遺跡の周りは土が多くあるようだ。
戦場となりうる場所を確認してから、広場の中央にいた女性へと剣を向ける。
「おいっ、あんたっ。今度は逃がさねぇぞ」
声をあげると、女性は顔をあげてフードをはずした。
エフィが感動とも、驚きともとれる声をあげて、一歩踏み出す。
「お姉ちゃんっ!」
「……」
女性は無言をこちらへと返す。その両目には感情の一切がないかのように、暗く、沈んだ瞳であった。
返事のかわりは、右手に集まった雷撃。
啓とエフィはすかさず魔導人機を展開した。




