二十四話 夕焼けの景色
結局購入したのは、ジーンズとそれにあう控え目な色のシャツをいくつかだ。
それだけあれば、外にでるのに最低限の格好となるだろう。
エフィとアリリアが、例のゴスロリ服を何度も勧めてきたが、私服としては使えないし、そもそも二度と着るつもりもなかった。
購入した衣服はたいした金額にはならなかった。
財布にまだまだ余裕がある。
「お昼はどうする? 何か食べたいものがあったらそこに案内するわよ?」
しばらく考えたが、特にこれといって食べたいものがあるわけではない。
「俺は別になんでもいいから、エフィの食べたいものでいいぜ」
街の案内など、エフィに頼りきりだ。
昼食くらい彼女の食べたいものにしてほしい。
そういうと、エフィは顎に手をあて、笑みをうかべた。
「それじゃあ、あたしが良く行く場所にするのはどう?」
「俺はそれでいいよ。アリリアは?」
「私もそこでいいですよ。食えればなんでもいいです」
「……まったくアリリアは食事を楽しむって心はないの?」
「おなかに入ったらすべて同じですし」
啓もどちらかといえば、質より量を優先する人間であったが、口には出さなかった。
嘆息をついたエフィとともに、ある店に到着する。
エフィが自動ドアではない木製の扉を押し開ける。
ちりんちりんと入店を告げる鈴の音が耳に心地よく届く。
「いらっしゃいませー」と店員の声が響いた。
あまり店内は広くないようだ。
ソファの席がいくつか並んでいて、残りはカウンター席となっている。
カウンター席に何人か人がいたが、それ以外に客の姿は見られない。
喫茶店、といったところだろうか。
がつがつと食事をする場所ではないようだ。
自由に席に座っていいようで、近くの席に腰掛ける。
と、快活な女性店員がこちらへとやってくる。
「いらっしゃいませー。あっ、久しぶりです」
「ええそうね。今日は他にも一緒にいるから――」
エフィが店員とのやりとりを行っている。
その間に啓は、用意されているメニューへと視線を向ける。
「……ポーション専門店?」
「昔使われていたものですね。冒険者の人たちがポーションを使って生活するんですよ」
「……へぇ、冒険者か。確か――」
以前エフィに聞いたことを思い出していたが、アリリアが口を開いた。
「迷宮とかの調査ですね。まあ、私たち魔導士がやったほうが手っ取り早いですけど、迷宮内での戦闘は男でも可能なことが多いですからね。だいたい、世の中の男たちの生活の場として大事なものになっています」
「……なるほどな」
「実際、迷宮で得られるものには日常生活でも使えるものがあるんです。男の冒険者がそれを見つければ、私たち魔導士がでていって、大量に確保したり……みたいな関係ですね」
「ポーションってのは食事に使われるんだな」
「はい、薬士と呼ばれる人たちが調合したものは、健康にいいですし、疲労回復などの効果もありますからね。冒険者の人たちは、回復能力を高めたり、筋力強化などを利用していますね」
「魔導士は使わないのか?」
「デバイスとポーションの相性が悪いんです。薬士の作るポーションは土地の魔力を吸収して作るものなので、人間の魔力を使うデバイスとはどうしても相性が悪いんです」
ポーションで魔力強化でもできればと思ったが、そううまくいかないようだ。
啓はぱらぱらとメニューをめくっていく。
「アリリア、詳しいんだな」
「あたしも驚いたわ……思っていた以上に詳しくて」
「まあ、知り合いに冒険者がいたんですよ。それで、覚えたんです」
アリリアは軽く笑って、それからメニューに顔を近づけた。
うどんなどの料理もあるが、それらはすべてポーションを用いた特殊な汁などがついたものになっている。
エフィがここを選んだのは、おそらく自分の体を考えてのことだろう。
彼女の気遣いに感謝しつつ、料理を注文する。
店員は三人ほどいたが、すべて女性だ。厨房のほうには別に料理担当の人間がいるのかもしれない。
そのうちの一人が食事を持ってくる。まだ慣れていないのかふらふらとした様子であり、見ているこちらが不安になる。
自分たちのもとに料理が運ばれて、それから両手をあわせる。
啓が注文したのはうどんだ。
見た目は普通のカレーうどんだ。
ところどころに見慣れぬ葉がついていて、啓はそれを含めて一口食べる。
味はあまりしなかったが、口に含んだ瞬間に心が落ち着くような感覚を味わう。
「うまっ!」
「そうでしょ? ここあたしの自慢の店なのよ」
エフィが嬉しそうにはにかむ。
アリリアももぐもぐと食事をしていく。
「これ……なんだ? おいしいんだけど見たことないな」
見慣れぬ葉があり、啓は顔を近づける。
見た目はほうれん草のようなものだが、ずいぶんと想像していたものと違う。
「たぶん薬草ね。ポーションの材料になるのよ。……これで少しでも体が休まればいいんだけど」
「いや、本当ありがとな。こりゃあ、いいや」
運ばれてきたドリンクを口に含む。
オレンジポーションと呼ばれたそれを一口飲むと、普通のオレンジジュースと変わらない味がした。
プラシーボ効果かもしれないが、すべてを食べおえたときには体にあった重みのようなものが消えていた。
食事を終え、店を後にする。
軽く伸びをする。これでとりあえず済ませなければならないことは終わった。
啓が一人ならば、このまま家に帰る。
だが、二人の足は止まったままだ。
啓も家に戻るかどうかの質問ではなく、別のことを聞いた。
「二人はどっか行きたい場所あるのか?」
「私は特にないですね。おいしいものも食べられましたし、もうこのまま家に帰っても構わないです」
「エフィは?」
「あたしは……」
ちらとエフィの視線がこちらに向けられる。
それから彼女は僅かに頬を染めて、ある方角を指差した。
「あのデパートの屋上からの景色が凄い綺麗なのよ。もともとは、機獣の襲撃の見張り用に作られたから、遠くまで良く見えるのよ」
「街全体が見えるのか……行ってみてぇな」
「それじゃあこれから行く?」
「まだ時間は……大丈夫か」
この街がどのような規模をしているのか良く知らなかった。
魔導人機を使い、空高くに飛び上がれば見ることはできるが、もっと落ち着いた状況で見てみたい。
エフィとともに歩きだしたところで、影が一つ逆へと向かった。
「私はそれじゃあ戻りますね。部屋でごろごろしていたいですし」
「あんた来ないの?」
「なんです? 来て欲しいんですか? それならついていきますよ?」
「別にこなくていいわよ」
エフィがしっしっと手を振ると、アリリアは短く息を吐く。
それから彼女は啓のほうに視線を向けた。
彼女は一言二言何かを言おうとしていたようにも見えた。
だが結局、アリリアは「またあした」とだけ言って去っていった。
エフィはそれからはっとしたような声をあげる。
それから、頬を赤くして、戸惑ったように口をぱくぱくと動かしている。
金魚が餌を求めるような姿に、啓が首を捻る。
「どうしたんだよ?」
「あっ、い、いえ。なんでもないわよ」
エフィの顔から朱色はなかなか抜けなかった。
それでもエフィがすたすたと歩き出したのだから、啓もそれについていく。
現在いる場所は、どちらかといえば住宅街に近い。
店が並ぶ街の中でも外れのような場所に、エフィの紹介してくれた店はある。
そこから店の並ぶ地区へと踏み込んでいくと、交通量もまして人の数も増えていく。
最近の状況や、機獣、魔導士に関してなど、通り過ぎる人たちはそれぞれ思い思いの話で盛り上がっている。
そんな人々に混ざるように啓たちも進んでいく。
目指す建物は、この地区の中央だ。
中央にいけば行くほど、建物の規模も大きくなる。
先ほど服を購入したケロケロも、この地区の中では比較的人が少ないのだというのがよくわかる。
店の入り口近くでは、店員たちが声をあげている。
自分の店の商品の特売などを伝えては、近くにいる人を誘っている。
目指しているデパートは眼前に迫る。
学園の寮に負けず劣らずの規模だ。
横に長い建物はあっても、縦に長い建物はあまりない。
「そういや、あんまり上に高い建物ってねぇよな」
「まあね。昔までは機獣の襲撃が多かったからね。あんまり大きな建物にすると、狙われるっていうのが多いのよ。このデパートも、見張りの建物だったけど、使われなくなってこうして今ではデパートになったのよ」
「学園の寮は?」
「あれは新しく建てるってなって、高めに作ったのよ。学園生がいるんだし、まあ、襲撃されても大丈夫でしょう、って判断らしいわ」
「……そりゃまた。本当に襲われたら大変だな」
「そうね。まあ、最近じゃ街にきても小さな集団くらいなのよ。あたしたちだけで十分対処できるようなね」
エフィがふふっと笑って、デパートへと入る。
自動ドアが開くと、すぐに大きなフロアとなる。
いくつもの店舗が入ってできた通路は、それこそ幅広い年齢層の人であふれていた。
店を一軒一軒回っていけば、一日あっても足りないかもしれない。
自分たちの今日の目的は、屋上からの景色を眺めることだ。
時間的にも、うまくいけば夕日が沈んでいくのが見えるかもしれない。
それはきっと幻想的な光景だろう。
そんな中で、街全体を見回すというのはとても贅沢な時間となるだろう。
どきどきと心臓が脈打つ。啓はエスカレーターを歩いて上っていく。
「上からの景色、かなり綺麗なのよ」
「前も来たことあるのか?」
「ええ……前は、お姉ちゃんにつれてきてもらったのよ」
彼女は昔を懐かしむように目を細めていた。
啓はそんな彼女に何かを言おうとして、けれどうまく言葉は浮かんでくれなかった。
次の瞬間にはエフィがぎゅっと片手を握ってきた。
ちらと視線を戻すと、彼女が照れたように笑っていた。
「ちょ、ちょっとその……お姉ちゃんを思い出しちゃったのよ。だから、その……手つないでてくれない?」
エフィの言葉に啓は頷いた。
同時に、彼女に嘘をついているということがちくりと胸をさした。
エフィは姉と自分を重ねて、その悲しさを埋めようとしている。
自分は姉の代わりになんてなれない。性別からして、まるで正反対だ。
ぎゅっと力のこもったエフィの手に、啓は軽く握り返すだけにした。
それからエスカレーターをあがっていく。
エレベーターで一気に移動したほうが早かっただろうが、それでも示し合わせたようにエスカレーターにのった。
やがて、四階に到着した。
最上階を目指す人はほとんどいないようで、誰も乗せていないエスカレーターがただただ動いているだけであった。
今の季節、外は蒸し暑い。最上階を目指す人間がいない理由はよくわかった。
多くが四階でおり、店へと向かっていく。
そんな彼らに背を向けるように、自分たちはさらに上へとあがっていく。
エスカレーターが久しぶりの人に喜ぶように、いつもよりもうるさい音を上げたような気がした。
やがてエスカレーターが終わり、最上階にたどりつく。
最上階にはエレベーターもある。その空間から、外に向かって歩いていった。
夕焼けが顔へと襲いかかり、啓は目元を隠す。
屋上には特設ステージが置かれている。
時にはここで何かのショーが行われるのかもしれない。
夏に近づいた今の季節では、外に出るというだけで気分的にめいるものがある。
デパートの中はクーラーもきいている。
啓は自分の手が汗ばんでいないかを確認する。
屋上の落下防止用の柵へと向かう。
柵に触れるようにして、外を見た。
街はそこまで大きくはない。
円形になった街の端まで、この屋上から見ることができる。
その先は広大な草原が広がっている。目を凝らしてみても、夕暮れということも重なってその先までは見えない。
けれど、どこまでも広がっている世界に心臓が揺れたように感じた。
「……久しぶりよ。この景色は」
そういったエフィは、真剣な眼差しでその先を見ていた。
「エフィ?」
「あたし……絶対におねえちゃんを見つけてみせるわ。生きているか、死んでいるかわからない。けど……あたしは自分の目でお姉ちゃんのこと、確かめるのよ」
「……そうか」
「……あたし一人じゃきっと無理なこともあると思うわ。だから、ケイ……あたしに力を貸して」
夕焼けの中で自分を見てきたエフィは、先ほどの感動に負けないほどに美しい。
心を奪われた、といっても過言ではない。
エフィのその表情は、女性としての美しさというよりも絵画的な意味合いが強かった。
啓はそんな彼女から視線を外し、口を結ぶ。
彼女の決意を、今の自分が聞いてもよいのだろうか。
今は性別を偽っている。
エフィが、協力を求めているのは、ケイであって、啓ではない。
彼女の覚悟に、啓は唇を結ぶ。
黙っていた、隠さなければいけなかったその事実を、今彼女に伝えたくなる。
嘘をついて苦しくなった胸を握り締めるようにして、エフィに顔を向ける。
「エフィ……俺は――」
男なんだ。
その言葉を吐き出すより先に、耳に届いた虫が羽ばたくような音。
だが、その音は耳元で騒がしく飛ぶ蚊のような小さなものではない。
もっといびつに、大きな、鋭く耳を破ってくる。
空を見上げたエフィが驚いたように目を見開き、啓もそちらに視線を向ける。
「なによ、あれ……っ」
エフィの焦りを含んだ声は、すぐに機械の駆動音にかき消される。
啓もまた、眉間に皺を刻むしかない。
空に現れた、大量の機獣に対して――。




