(4) 後編 ー下ー
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バトルは詩音が先に仕掛けた。
その方が有利だったからとかなにか計算があったわけではない。精一杯力を出し尽くせばいい。そんな気持ちではここ《ガーデン》では生き残れない。スポーツではないからだ。
そばで寝てる時雨を庇わなければならない。ティース父もできれば助けたい。
負けた方はその後、どんな未来が待っているか、考えただけで恐ろしい。強敵を前にキャリアの浅い詩音は今にも取り乱しそうな気持ちを抑えるのでいっぱいだった。
鋭く踏み込みピッケルを薙ぎ払う。袈裟斬り。逆袈裟。連続技を少ない体捌きで身を翻しリンは口を開いた。
「ふうん、我流じゃなさそうね。顔はひねくれてそうなのに筋はまっすぐ。もっと雑かと思ってた。それなりの師についたのね」
リンは少し見直したように詩音のピッケル術を評した。冷淡さとブチ切れ逆上が同居するリンだがこの相手の力量を認める冷静さが怖い。
「だかましい、ゔっだらぁ〜〜‼︎」
詩音は気にせず突進を続けた。止まると恐怖に押しつぶされる気がしてならなかった。
一閃、二閃。
だが、当たらない。リンは受けない、避けない。だが詩音のピッケル攻撃が届かないのだ。
敵はすぐそこにいる。だが遠くにいる気もする。目がおかしくなったのか? いや、気配や雰囲気がぼやけたりハッキリを繰り返している。
これがリンが皮下に埋め込んだ《虫》”シャドウー”の能力のひとつ『遠影』。
リンの首の影が一瞬発火した。《虫》が発動したのだ。
リンの足元から影が10に分かれた。実体は見えない。だがリンを中心に10の地面影が詩音に跳びかからんと唸りをあげていた。奥技『十影』だ。
やばい、これはゼッタイやばい!
詩音はなりふり構わず腕をクロスしてバックステップしたが幾つもの影が迫ってきた。影が通り過ぎた!、と感じた瞬間しっぽのようなもので叩かれた気がした。
「ゔぉげっ!」
実体は見えない。だが明らかにひんやりしたヌルヌルした感触があった。
目の前で交差する影、影。その打撃は湿って粘るせいか重く芯に響いた。2発、3発。ネットリと粘るせいか少し張り付くように叩かれ激しく回転しながら吹っ飛んだ。
こんなのもらい続けたらヤられる。
地面に叩きつけられた詩音は散らばっている水槽の破片を急ぎかき集め、血だらけになった手でリンに投げつけた。
だが、涼しい顔してリンは体を躱し、
「もう決着かしら。案外もたなかったわね」
だが、リンの視界から詩音が消えていた。用心しながら辺りを伺うと熟睡していた時雨の姿もない。
ふうん、とリンの口が深く三日月型に開き、
「やるじゃない。2人いっぺんになんて。さて‥‥‥」
どこに隠れたのか。リンは宝物を探すかのようにもったいぶりながら火が残る工場の中に入っていった。
その時、詩音はーー。
息を殺し身を潜めていたが、そこは天井から吊るされている水槽の中。《水》に浸された首のないヒトの上半身の部位と一緒だ。腸ワタや神経束が胴部からはみ出ている。詩音はこみ上げる吐き気を力一杯首を締め付け堪えていた。
「ねえ、あなた名前なんていうの。プラントハンターやってどのくらい? やってて楽しい?」
周囲を用心しつつも問いかけるリンの声は詩音にしっかり届いていた。
「よかったらあたしと組まない? そろそろ花集めも疲れたんじゃない。楽に稼がせてあげるわよ」
本心か、誘いか。
詩音は答えなかった。
「ふふふ、怖がらなくてもいいわよ。世の中さあ、バカが多いじゃない。バカこづくと楽しいわよ。あたしもさ、以前は《花》をモノにするためにいろいろやったよ。誰よりも稼ぎたくてね。で、後で気がついたわけよ。稼げれば別になんだってよかったんだって、ね」
工場の外ではティース父が月明かりの中、宙を眺めて佇んでいた。何を見つめているのか、その瞳は焦点があっていない。それは魂の抜けた、意志の入っていないパペットそのものだった。
「《セルヴィス》の花をゲットした後は楽だったわ。後はキチンと貢いでくれるターゲットを探すだけ。近くに住む家もあったしね」
工場のすぐ隣の家にはティース父と”同じ瞳”をした大人と子供たちが、灯りもついていない居間で無言で俯いていた。リンの住み家だが顔はリンとは明らかに似ていない。みんなの首にはティース父と同じ《セルヴィス》の影が寄宿していた。
「あの人たち、私を家族のように迎えてくれたわ。”下僕”にはうってつけ。私に噛み付いたのは最初だけ。でも、すぐに打ち解けたわ」
自分以外を見下す過去話を口にしながらリンは注意深く工場内に目を凝らした。そのとき、物陰からはみ出た二本の足を見つけた。リンの人間味のない眼が冷たく光った。
「ねえ、あなた、お姉さんのことはどのくらい好き? 一緒にいてちょっと楽しいくらい、 それとも、お姉さんのためなら命を捨ててもいいってくらい?」
水槽の水に浸かりながら詩音は胸の中でギクリと音がした気がした。
「私には弟がいたわ。お互いいがみ合って喧嘩ばかり。だからこの世からいなくなったと聞いた時は心の底から笑ったわ」
リンは火が残る崩れ落ちた工場の木片を拾い、棚の影に隠されていた時雨に火を向けた。
「あなたは、どうかしら?」
リンの指先から力が抜け、幸せそうに寝ている時雨の顔の上に炎がこぼれ落ちかけた。
次の瞬間、詩音がたまらず飛び出した。
思惑通りだった。リンの口元が堪えきれないとばかり緩んだ。リンの指先の吸盤が膨らみ、頭上から襲いかかる黒い影に向かい薙ぎ払った。
だが、それは水槽にあった上半身の部位。ダミーだ。本物はーー
下から!
鈍い打撃音と同時に詩音の飛び蹴りがリンの顔面にヒット。ようやく一矢報いた。
「っつだらぁ〜〜‼︎」
連続攻撃。すでに体制の出来ている詩音はリンにまっすぐ向かい、逆水平にピッケルを走らせた。
が、ピッケルが刺さるより先にリンの指先吸盤が詩音のほほに密着。
あ、やば、と感じたその瞬間にはぶん投げられ床に叩きつけられ、跳ねた。
「がばっつ‥‥‥」
1発ではすまず、2発、3発、4発と延々ぶん回され、炎が残る柱、梁、床に叩かれた。
「クソガキがぁ、クソ!クソ! チョーシこきやがって ◯△■×◇! 」
自分で何を発しているかわかっていないくらい逆上したリンは口から泡を吹きながら、動かなくなった詩音を何度も何度も踏みつけた。かかとで。白目剥いて我を失ったリンは、自分が怪我してしまうほどの衝動で、床に転がる機器や炎の木片を蹴りまくった。
口に溜まった血を吹き出す力さえも失った詩音は、首から上だけをなんとか動かした。
「誰が起きていいっつーたよ。赦してねぇだろ」
詩音が手放したピッケルをリンが拾い上げ、
「テメェの武器で逝けやぁ!」
リンは大きく背をそらし振り上げたピッケルを怒りとともに、動けなくなった詩音に叩きつけた。
だが、ぎゃっつ!、と呻き声をあげたのはなんとリンの方だった。
なんと、リンの手の平がザックリと裂け、血が溢れていたのだ。歯を震わせながら、リンは手を押さえ芯まで響く痛みになんとか堪えていた。
血まみれになったピッケルがリンの手元からこぼれ落ち、刃先が青白く光った。そのピッケルは、握る柄部分に刃がついている特別製で、古のプラントハンターから伝わるもの。その刃は日本刀の様に刀身が厚く、鋭く、何か霊的なオーラを帯びている雰囲気すらあった。かつて、この柄を握り込み、指を四本全て落としてしまう者もいた。
ヨロヨロと立ち上がった詩音はうずくまるリンをよそ目にピッケルを拾い上げた。
その直後、詩音の周りが暗くなり、その背後から大きな鎌の刃先が現れ、詩音の首に巻きついた。その大鎌はところどころ錆びついていた。
アザだらけの顔を上げた詩音の目つき顔つきがは先程までとは打って変わり、厳しく、そして澄んだ瞳に変わっていた。
「まったく、あんたのおかげでいつもこうよ。でも、ヤるしかないわね」
大鎌の主はなんと時雨。まだ睡眠中なのか目を静かに閉じているが、薄い紫の気を発しながら穏やかに毅然と答えた。青白いその貌は死神のそれを思わせた。
「いいのね、詩音ちゃん。始めちゃっても。もし失敗したら戻ってこれないわよ」
「かまわんっつ!」
時雨は静かに笑みを浮かべ、
「じゃあ、いっしょに始めましょう。《太刀斬りの儀》」
2人は、工場の外で時を失ったように居座るティース父に向かった。
「あと、隣人の人たちもいたわね。まとめてヤるわ。《花》から解放する!」
詩音はピッケルを力一杯握り込み、文言を唱え始めた。
『花を狩るもの 命を狩るもの
汝、自らを狩るか
その身体を懸けて かまわぬか』
詩音の足元から気の風が舞い上がり、髪に巻いたロングスカーフが激しく揺れた。
『鎌輪ぬ(かまわぬ)!』
詩音は覚悟を発したその刹那、太刀ピッケルを斬り下ろした。無数の花びらが散った。
”太刀斬り”は《断ち切り》
次の瞬間、大鎌が詩音の首を刎ねた。その切り口が輪に見えた。これが”鎌輪ぬ”の結果。
舞い散る花びらの中、2つになった詩音が漂った。
周囲が明るくなり、工場で燃え続けた炎は消えた。
地面に倒れている詩音に、白目剥き人相が変わったリンがガラスの破片を握りしめ近寄った。
「ぐるるる、るる‥‥‥」
だが、2人に割って飛び込んできたのはティース。両手を広げて詩音をかばった。
リンはかまわず破片で殴りつけた。
「ぐるっあああぁーー!」
ところが、リンは跳ね飛ばされて地に倒された。
ティース父がティースを庇うように抱きしめていたのだ。破片がかすめ、腕から薄っすら血が流れたが。
「お父さん‥‥‥」
ティース父の目に生気が溢れていたのだ。《セルヴィス》の解除に成功したのだ。
倒されたリンは、周囲に幾つもの人影に囲まれたことに気づいた。
「はっ」
それは、リンが《花》で支配していた隣人の家族たち。やはり詩音の《太刀斬りの儀》によって解放されたのだ。みな、力のある目で眼下のリンを見つめていた。
全てを失ったことをハッキリ悟ったリンは、脇目も振らずこの家から去っていった。
詩音は自分の首まわりを恐る恐る触ってみた。何度も‥‥‥。
離れていない。ちゃんとある!
気が緩み、もう少しで涙が溢れるところだった。大きな安堵の息をつき、詩音はゆっくりと起き上がった。
「詩音ちゃん、詩音ちゃん!」
その声は明るく元気があった。ティースが駆け寄り、地べたに座り込んだ。
「ありがとう、ありがとう詩音ちゃん。またお父さんといっしょに暮らせます」
涙ぐんでお礼をいうティースから詩音は軽く顔を背けてうなづいた。泣きそうになっている顔を見られたかどうかの方を気にしていた詩音だった。
「これ食べてください。お父さんといっしょに作りました」
詩音はティースからお弁当の包みを渡された。実はちゃんとしたご飯が食べられる、ということが辺鄙な地で旅するプラントハンターたちにとって最高の贅沢なのだ。
お礼を言いたかった詩音は、でも黙って受け取った。
「あの、お姉さんの分も作ったんだけど」
「あいつはいいのよ。また起こすと面倒なんだし」
「あ、あとそれからーー」
ティースは紙に包んだひと房の花を差し出した。これは昨日、ティースが木から落下した時に摘んだ花。花の効力は”永遠に変わらぬ心”
「これ、詩音ちゃんにあげる約束だったお花」
「これってあんたが足折って摘んだやつでしょ。結構いい値段つく花なんだから。あんな目に遭って摘んだんだから自分のものにしなさいよ」
とか言う前に、詩音は《スターチス》を自分の懐に仕舞い込んだ。だったら素直に貰えばいいのに。
「じゃあね詩音ちゃん、さよなら! また遊びに来てね〜」
詩音は黙ってしばらく歩いたらあと、振り向かずボソッと漏らした。
「‥‥‥昨日、食べたスープ、美味しくて、あったかかったよ」
今回の収穫は《セルヴィス》とたなぼたの《スターチス》。セルヴィスの方は小さなアンプルに入れて確保した。まずますのスコアといっていい。だが、詩音の顔はもうひとつ晴れなかった。
「まったく‥‥‥、今回も散々だったわ。1日も早く、こんなの下ろしたいよ。満足ヅラで気持ちよさそうにしてると思うと腹たつわ〜」
詩音が担ぐつづら箱の中で揺られている時雨は、詩音の言うことなどお構いなしにお休み中であった。もちろん、いい顔で♡
ー END ー
※後日、また別の読み切りエピソード書きますので、
続けてどうぞよろしくお願いします!
駄文で失礼いたしました。