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(3) 後編 ー上ー

ー(3)ー




夕方すぎ、ティースが温めてくれた具のかなり少ない野菜スープをひと口ふくんだ。

「うんまぁ〜」

喉を通った暖かみはじわっと身体に広がった。一年のほとんどを密林や沼地、時には冬山で過ごす詩音らプラントハンターにとって、火の通った食事を口にできることがどれだけ幸せなことか。

『ひとりで食事をするのは狼やライオンの行き方と変わらない。ともに食べ、ともに飲む人を探すことだ』そんなことを旅の途中で誰かが言っていたような気がしたが、詩音はほっこりとした気分になっていた。顔には出さなかったが。


ティースの家は狭かった。

「昔はもっと広かったんだよ。庭からあの《水》が出る前は」

ティースが話すには、庭から《水》が湧き出てしばらくしてからあのトカゲ女ことリン・ジンカが隣に引っ越してきた。それから、水を掘り起こすためのポンプや浄水器などがティース父によって用意され、生成工場が庭に作られた。するとなぜかその工場と庭はリンの持ち物になってしまい、ティースたちはすみに追いやられれてしまった。

もっと不思議だったことはティース父はリンに反対や抵抗はせず、むしろ自分から積極的に多くを差し出した上で協力さえしているのだ。

「おかしくない? だって、もともとあんたたちのものでしょ。庭だって家だって、あの不思議な《水》だって。あれあったらめちゃくちゃ稼げるじゃん。お宝だよ。それなのに、あのトカゲ女の言いなりになって」

まるで自分のことのようにプンスカしてる詩音にティースはお願いをぶつけた。

「ボク、詩音ちゃんにお願いがあるんだ。これからハンターのお仕事の時にボクも連れてって欲しいんだ」

「え、あんたが?」

「お父さんがシェルパのお仕事行けないから、代わりにボクがお金稼いでお父さんを助けたいんだ」

「だったら、あの女追い出して水取り戻せばいいじゃん」

詩音はティース父に寄生したセルヴィスは、宿主である人間を隷属させる働きがあることを看破していた。しかも、強制的に従わせるのではなく、あくまで自然と本人が望んで『優秀な奴隷になる』ように働きかけるのだ。支配された本人はむしろ生き甲斐を感じ、幸せなのだ。

方法はひとつ。ティース父から《花》を外すこと。

しかしーー

「お父さんから初めて教わったのがコレです」

食事の後片付けを終えたティースはロープで作った8の字結びを見せた。空いている時間はいつもロープの結び方を練習しているのだ。

「初めて山に入ったのは4歳の時でしたが、山道が厳しくてお父さんについていくのがやっとでした。夜は火の起こした方と木の上での寝床の作り方を教わりました。火を絶やすと虫に刺されるので、ボクが寝ている間じゅうお父さんが火が消えないよう見ていてくれました」

何度も何度も8の字結びを繰り返すティースを見つめながら詩音は思った。単純に花を外すだけなら新人プラントハンターの詩音でもできる。だが、能力の強い花には常に副作用があり、この《セルヴィス》の場合は、『過去の記憶を消してしまう』のだ。

ティース父を解放することはできる。だが、ティースは父との想い出にすがっていた。

詩音はスープの最後のひと口を飲みほしたが、なにかのどにひっかかった気がした。

そのせいで、姉・時雨が寝ているはずのつづら箱の蓋がうっすら開いたことには気がつかなかった。







狭いが空けてもらった部屋に案内された詩音はホルスターから引き抜いたピッケルの刃先を長い間凝視していた。柄を握った手の指が落ち着きなく何度も握ったり開いたりしていた。

今まで以上にしかめっ面の詩音はつづら箱を腹立ち紛れに蹴飛ばした。

「ねえ、あんたはどお思う」

箱の中で滅多に起きることのない姉は聞いているはずもない。それでも詩音は話しかけずにはいられなかった。

「そりゃあ、あたしだってなんとかしてやりたいよ。父ちゃんの思い出残したままで花外せるなら。方法は、あるし。でも‥‥‥」

詩音は頭に巻いたロングスカーフの上から髪の毛をガシガシ掻いてつぶやいた。

「今のあたしに『アレ』はできないよ。怖いし、もししくじったらあたしはーー」

どうやら、詩音には何か奥の手があるようだ。だがそれは危険を伴うものなのか。

「それにしてもあのトカゲ女、ムカつく〜! とりあえず1発泣かしてやりたいワ。なんかいい方法ないのかよ」

「きまってるでしょ、やっつけるのよ」

えっ、詩音はギクリという音が自分の中から聞こえた気がしたかと思うと急激に眠気が襲ってきた。

箱の蓋が開き、ふたたび時雨が顔をのぞかせた。

「ふう、みんなが喜ぶところ想像しただけで楽しくなってくるわね♡」

「お前は3歳児か!ゼッタイ何も考えてないでしょ。ムチャやったらみんな困るんだから、あんたはおとなしく箱の中で、寝て、ろ‥‥‥」

ゴロリと詩音の頭部が床に転がった。最後まで言い切る前に詩音は睡魔に捕まってしまった。

片や時雨は箱から色付きの球を幾つも取り出し足取り軽く出て行った。

「‥‥‥またあたしにメーワクかけるんだから」

詩音の寝言もイケイケになってる姉には届かなかった。






ロープで固定された大小の水槽が滑車で持ち上げられて運搬されている。

「もうそろそろ彼らが取りに来る時間よ。1箇所でも支障出たら責任問題よ。大丈夫でしょうね」

「はっ、プラン通り進んでます、リンさん」

強い口調でリンは《水》工場で運搬するティース父に指図をしていた。腰に手を当てモデル立ちで。

と、次の瞬間、轟音とともに工場が破裂し瞬く間に火に包まれた。

「ぎゃっ!」

爆風に煽られリンとティース父は地に突っ伏した。

そして2つ、3つと立て続けに火の手が上がった。工場の機器は破損し、浄水ポンプから《水》が漏れ溢れ破片の山に変わった。

「なに? これはいったいどういうこと。誰の仕業⁈ 責任とれよバカヤロー‼︎ どこのドイツだよっつ」

当然の凶行にリンが取り乱した。目が泳いでしまっているティース父に顔がくっつくほど詰め寄り歯ぐきをむき出しがなり立てた。

「うふふ、この赤い球は炎が出る球。この緑の球はバクハツする球。旅の途中でとても気の利く売人さんが売ってくれたの。使える日が来てくれてとても嬉しいワ。で、この水色の球は火を消してくれるお水の球。でも今日はこれは使わない♡」

爆煙の中心から何色もの球をお手玉しながら時雨が姿を現した。時折吹く夜風に後ろ髪と極薄のワンピースが生き物のようにエネルギッシュに舞った。その笑顔はリンの神経を逆なでするように挑戦的に見えた。

「コラ、そこのオメーちょっとこっち来い。テメ誰に向かってチョーシこいてんだ」

すっかり人相が変わってしまったリンは金属質の声を張り上げた。見開いた縦長の瞳は蛇かトカゲのそれを思わせた。

「あ‥‥‥」

時雨の手元からお手玉してた球がひとつ溢れた。緑色の球。弾んで転がった緑球はリンたちの背後へ。2人が飛び退けた瞬間縦に激しい火柱が登り、積まれていた『商品』の水槽とその中身が砕けながら渦巻いて宙を舞ってからボトボト落ちた。

「ふあああぁ〜〜、楽しかった。私の役目はこれで終わりね。じゃあ、あとは詩音ちゃんにおまかせネ」

おやすみなさい、とその場にへたり込みかなり満足気な笑顔とともに地べたに寝てしまった。

髪の毛が逆立っていた。白いシャツの襟も立っている。顔が真っ赤に紅潮していた。自分でコントロールできないほど震えているリンは口から短い泡を飛ばし、うまく口が回らないほど興奮していた。完全に別人格化していた。これが彼女の本性なのか。

ガラスの破片を拾い上げ、言葉にならない奇声を上げながら時雨に襲いかかった。

「うっだらあぁ〜〜!」

詩音が飛び込んできた。跳び蹴り一閃! 足裏でリンの横っ面を跳ね飛ばした。

ギギ、と昆虫みたいな呻き声漏らしながらリンが地に伏した。

満足そうに寝息立てておやすみ中の時雨をかばいながら詩音は、

「なにこの『勝ち誇ったアンドやり遂げた感』の笑顔。すっごいムカつく〜。結局あたしが後始末つけるんだから。くそ〜、悩むヒマもないんだから」

腰ホルスターから刀を抜くようにピッケルを抜き、詩音はリンに向かい身構えた。さあ戦闘やるぞ、の合図だ。ゴクリと固い唾をひとつ飲んだ。

「でも、おかげでわかりやすくていいワ。もう出たとこ勝負、ね」

時雨が爆破させた水槽から《水》と中身が地面に幾つも転がっていた。なんだろ、と詩音は目をやるとそれは《人体の部位》の数々。指、耳、目鼻、毛髪‥‥‥

「うげっつ、キモッ。なにこれ、これがあんたたちの『売り物』⁈」

転がっていた眼球が詩音を見つめている気がした。

リンがティース父を使って進めていた《水ビジネス》。

ヒト細胞を蘇生・再生できるこの水資源を使用し、『故障した部位』を回収し修復、高価格で売買していたのだ。

「だめ。あたし、こーゆー暗い感じってニガテ。今回は時雨グッジョブね」

「よくもやってくれたなぁ」

詩音はギョッと息が止まった。

シェイプシフトし、姿が変化したリンが詩音を睨みつけていた。紅潮した顔はいささか熱が下がったのか青白く血の気が引き、頬にウロコのようなヒビが浮いた。瞳はヒトというよりは爬虫類のそれを連想させ、よく見ると指先に吸盤らしき膨らみがあった。

リンから体温をあまり感じないな。そう詩音は思った時、リンのシルエットがぼんやりし始め、そしてその場から動かないのに近くなったり遠くなったり揺らめき始めた。詩音は後で知るのだがそれはリンの能力で『遠影とうかげ』という技。

これらはリンの体内に埋まっている《虫・シャドウー》が発火した結果だった。プラントハンターだったリンの凄みを垣間見えた。

「ガキ、いいよな。二度と治せないくらい壊す壊すぶっ壊す!」

リンの舌が少し長めで先が割れて入ろうようにも見えた。

もしかして、ちょっとヤバい相手かも。イヤな予感がする詩音だったが、

「いいねえ〜、あたしも楽しみ。もうワクワク!」

小刻みに震える足を見えないようにつねっていた。





ー ⑷ ーに続く


※すみません、⑶で完結する予定でしたがもうひとつやらせてください!



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