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(1) 前編

ー(1)ー


「うわああああああーー」

静寂の密林の奥から聞こえる悲鳴からこの物語は始まった。

「木のてっぺんか。ありゃあ足滑らせたな。1、2、3、4、‥‥‥」

「いま落ちたべ。20メートルくらいか」

川岸で舟をつけたばかりの漁師たちが網を上げながら小さなため息ついた。

「まあ、ここ『ガーデン』じゃよくあることだべ」


すると、川の中からゴボゴボと泡が浮き上がり始めた。

なんだ?、と漁師たちは顔をしかめた。

なんと次の瞬間、ぶはあ、と川の中から人の顔が飛び出てきた。目を血走らせ、必死の形相で川から上がってきたのはひとりの少女。かなり不機嫌そうでブー垂れた顔が印象的だ。

「こりゃあ驚いた、おめえこの川歩いてきたんか? 頼めば舟で安く運んでやったのに」

少女は口を大きく開くと大量の泥水と変な形した魚が何匹もこぼれ落ちた。少女は口に残った魚見せつけて、

「ねえ、これいくらで買う?」

目を丸くした漁師たちを尻目に少女は湿地帯の密林の中に消えていった。

「しかしまあ、ひどくブー垂れたがめつい娘っ子だなや」

「ありゃ間違いない、ハンターだな」

ああ、とふたりはうなづいた。

この漁師たちがウワサした通り、佐保姫詩音はプラントハンターとしてこの『ガーデン』にやって来た少女だった。

しかし、その詩音は自分の体と同じくらい大きなつづら箱を背負って旅を続けているのだ。その後ろ姿はまるで箱だけが歩いているように見え、重そうにヨタヨタとよろめきながら山道を進んでいった。

「しっかしでっけえ荷担いでるヤツだな。ハンターなら荷運びのシェルパ雇うだろうに」

「ハンターってのはケチが多いからな。特にあの娘っ子はセコそうだで、金払いたくなんじゃねえか」

「じゃが‥‥‥」

漁師たちは詩音の小さくなった後ろ姿を眺めながらひとつ疑問が湧いた。

「あの箱の中には何が入ってるんじゃろ? よっぽど大事なもン運んでるんかな」

「あんなでっかいのかついで大丈夫なのか。この森越えるのはタイヘンじゃぞ」






「 うわっつ!」

蹴飛ばされたティースはうめき声をあげて地面に転がった。人気がまったく感じられない密林のなかでは幼い少年の声は誰も聞こえない。

「悪いなボウズ、こちとらこれが仕事なんでな」

ナイフサイズの特製斧をチラつかせながらバッカスはティースが大事に握っていた『花』をひったくってしまった。

「それ、おいらのだよ、返してよ! おいらが登ってみつけたんだ」

ティースは反対方向に曲がってしまった足を庇いながらバッカスに追いすがった。さっき

木から落ちたきたのはどうやらこの子のようだ。

バッカスはぬるくなったビール瓶をひと口含むと再び蹴り飛ばした。そして奪った『花』をまるで薄着の女を眺めるように観察した。

「ふ〜ん、こいつはいい。『スターチス』か。効力は《永遠に変わらぬ心》。こいつは高く売れそうだぜ」

鳥の巣を思わせる弧を描いた蔓にまるで宝石を埋め込んだように花びらがいくつも咲き輝いていた。実はこの『ガーデン』で見つかる『花』は珍しい見た目だけでなく、特殊な能力も備わっているのだ。

「お願いだよ。それがないと家に帰れないんだ」

足にしがみつくティースにいい気分を邪魔されたバッカスは、

「コロシは専門外なんだ。面倒かけさせるなよ」

冷たく言い放つと斧を振り上げた。

そこへ、ゆっくり近づいてくる足音が聞こえた。ペキ、ミシ、と枝や蔦を踏みしめる音が奥から届く。バッカスは少し用心しつつ密林の奥に注意を払った。この『ガーデン』には高価な獲物を横取りするために群がる輩は大勢いることを知っているのだ。顔を腫らせたティースはすがるような思いで助けが来ることを待ち望んだ。

だが、姿をあらわしたのはあの詩音だった。主人公が颯爽と登場、とはいかず、体の毛穴全てから汗を流しつつ、歯を食いしばりつつヨタッ、ヨタッと足元が悪い斜面をのぼって来ては不審そうに見つめる2人を相手にせず何事もないかのように通り過ぎた。

なんだ、と拍子抜けしたバッカスが軽口を叩いて見せた。

「おいおい、すげえブータレ顔の嬢ちゃんだな。そんなに苦労してるなら荷物とあり金置いていけよ』少しは軽くなるぜ。ビール代くらいはもってるだろ」

目を吊り上げた詩音の目つきがさらに厳しくなり、バッカスを睨みつけた。

「ヘイヘイ、本気か、俺とヤろうってのかい。俺は子供には興味ないんだ。だが、その荷物の中身には興味あるがな。高く売れるもの持ってるなら許してやるぜ」

詩音は面倒臭そう、というより、口開くのもダルいんだからしゃべらせないで、の気持ちをたっぷり込めて、

「バカの言うことはいつもバカね。自分の稼ぎぐらい自分で探しなさいよ」

ほお、言うじゃねえか。と感心するバッカスの表情が一瞬にして強張った。すぐさま詩音の右手首を捻じ上げた。

「ゔぁだだだだ、なによ!」

「よお、おもしれえなあ。いい度胸してるじゃねえか」

バッカスのポケットからねじり出された詩音の手からパラパラとコインが溢れた。あ、やば、と詩音は吊り上がった目で笑って見せた。

「俺から金盗もうなんて大したヤツじゃねえか」

バッカスが詩音の肩口めがけ斧を振り下ろした。そばで見ていたティースは思わず目を背けた。

その瞬間、詩音は腰のホルスターから登山用ピッケルを素早く抜き、斧を跳ね返した。

「なにっつ⁈」

詩音はピッケルを構えながら距離をとり対峙した。

「やるねえ、嬢ちゃん。ピッケル使いとはな。いいサバキだったぜ」

「あたし揉め事って大キライ! さっさとこの『ガーデン』から出て行きたいんだからあたしのジャマしないでよ」

「そう迷惑そうな顔すんなよ。素直に金目のもの出せば優しくしてやるぜ!」

木の幹にビール瓶を叩き割り、斧と合わせて詩音に迫った。その顔は酔っ払い中年オヤジではないマジヅラそのもの。

「おらああーーー!」

だが、次の瞬間、なんと詩音はふああ、と大きなあくびをかいたかと思ったら力が抜けたように膝からゆっくり崩れた。

「くっそ〜〜、またコレかよ。大事な時いっつもこうなんだから」

ブツブツと愚痴こぼしつつ、なんとそのまま寝込んでしまった。

「あ、なんだ?」

状況が飲み込めないバッカスは油断せず様子を伺っていると、詩音のかついでいる箱の蓋がひとりでに開き始めた。すると薄く発光する長髪の少女が中から顔を出した。



http://20377.mitemin.net/i229038/



挿絵(By みてみん)




「女? 人が入っていたのかっ⁈」

驚きを隠せないバッカスとティースの見つめる中、その光る少女は箱から出ようと足を伸ばした。だが体が硬いのか足がうまくあがらず箱にひっかかりスムーズには出られなかった。カッコよく登場、というわけにはいかなかった。

うう〜ん、と大きな背伸びをして発光少女は泥地の上で熟睡する詩音にあきれながらつぶやいた。

「もう、詩音ちゃんたら、またこんなところでお昼寝しちゃって。体によくないっていつも言ってるのに。でも妹のお世話をするのもおねーさんの役目よね」

少女は足をひきづるティースに暖かいまなざしを送り、

「わたしと詩音ちゃん、旅をしながらいつも困ってる人を助けてるのよ。助けが欲しい時はいつでも言ってね」

そして、興味深く少女を観察していたバッカスに微笑み返すようにその少女は、

「あとね、わたしたちヒキョーで暴力する強盗さんは大キライ。だからめちゃくちゃにやっつけてあげなきゃ♡」

バッカスも嬉しそうに微笑んだ。

「言ってくれるね〜。ハッキリそう言ってもらえると俺もヤりやすいぜ」

「あと、ヒゲもじゃでビール腹の酔っ払いおじさまもニガテ」

バッカスから小型斧が少女に放たれた。

しかし、少女に命中する直前に斧は弾かれた。

「なにっつ⁈」

なんと少女はぶっといショックガンを抱えて斧を撃ち返したのだ。さらにバッカスに向けて発射。命中すると恰幅のいいバッカスが大きく吹っ飛んだ。続けて2発、3発。硬質ゴム製の弾なので死傷率は極めて低い。でも当たるとジンジン響き、死ぬほど痛い。

「ぐわっつ、くそっ、なんなんだあのオンナ」

たまらず退散するバッカスの裏太ももやお尻に弾が食い込むと激痛が走り、奪った『花』を手放してしまった。取りに戻ろうとするところをさらに数発撃ち込まれ、バッカスは足を引きづりながら森の奥に駆け込んで消えた。



「不思議なおねーさん、本当にありがとう」

大きく曲がった足を庇いながらティースが発光少女に心からお礼を伝えると、ふああ、と少女はもう眠そうに大きなあくびをかき始め、

「ごめん〜、あとは詩音ちゃんとお話ししてね。わたしの自慢の妹よ。困ってることはなんでも助けてくれるから安心してね〜」

じゃおやすみ、と自分で箱の中に入り蓋を閉めてしまった。

なんだったんだろう、とティースは箱をしげしげと眺めていると今度は代わりに詩音が大あくびをかきながら目覚めた。

「あれ、あの酒樽オヤジは?」

一切の状況がわかっていない詩音は辺りを見回してみたが、バッカスはすでに姿を消した後だった。

「あ、あの、詩音ちゃん」

「あ゛⁈」

なれなれしいぞコゾウ、の気持ちを込めて詩音はティースと向き合った。

「ど、どうもありがと。助かりました」

詩音は相手にせずそのまま去ろうとすると、

「あの、ボク実は困ってることがあって、よかったら詩音ちゃんたちに話を聞いてもらいたくて」

「なんであたしに。全然関係ないでしょ」

「あの、さっきおねーさんが何でも助けてあげるって言ってくれて‥‥‥」

「またあいつのせいか。ホントあのバカ姉は」

心配そうにうつむくティースの横顔を見つめた詩音はそれ以上断れなくなってしまった。

「わかったわよ。で、なに? 助けがいるのって」

詩音のひと言にティースの幼い顔が嬉しくてほころんだ。

小さく舌打ちしながら詩音はバカ姉の入った箱をひとつ蹴った。

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