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8 平原にて

「しっかし、お前も思い切った事するもんだよな」

〈オリオン〉の左手に乗ったエリクの言葉に、


「そうかもね。でも、理には適ってるでしょ?」

〈オリオン〉の右手に乗ったレアが答えた。


 現在二人は、飛行する〈オリオン〉と共に村北部の平原へと移動中である。夜闇が降り始めた空の下、巨人の掌の上で感じる風は、どこか不気味な気配をレア達の胸に届けているようだった。


 レアが魔獣退治に出る、と言った時の村人達の反応は二つに分かれた。


(……確かにゴレムが使えるんなら、願ったり叶ったりだが)

 と、ピュッツが言えば、


(……い、いや! 普通は女の子一人に村の命運を託すもんじゃないだろう!)

 と、チャドが面食らったように叫ぶ。


 そんな中、こっそりレアとサロモンの話を聞いていたイルマが、


(女が覚悟を決めたってえのに止めるたぁ、無粋ってなもんよ)


 ……と言う謎口調で説得もしてくれた。冗談めかした風ではあったが、それが彼女だ。変に空気を重くしてもしょうがない。レアの身は案じているが、彼女の決断を尊重したい。そう思ってくれている事は、長い付き合いで分かっていた。


 結局、事態の重大さに対抗するには〈オリオン〉の力が必要だと言う事は、チャドを始め皆が理解している事だった。ここはレアの決断に頼るしかない、と村人達は結論を出し、少女と巨人を送り出す事を決めた。


「……でも良かったの、エリク? あなたまで危険な目に遭うかもしれないのに」


〈オリオン〉はレアの他にもう一人を手に乗せて運ぶ事が出来る。ならば自分も行く、とエリクは同行を申し出た。負傷の影響で迎撃隊に参加したところで戦力としては大して期待出来ない。それよりレアの補佐役をした方が役に立てるし、護衛役としてもいないよりはマシなはずだ……との事だった。


「気にすんな。大体言わなかったか? 俺はお前のためならどんな苦労だって平気なんだぜ」

「……うん、ありがとう。頼りにしてる」


 エリクの笑みに心強さを感じとり、レアも笑みを返す。


『お二人共、魔獣と接触します。ご準備を』

「うん、分かった」とレア。

「さて、行くか」とエリク。


 眼下前方、薄暗い草原を突き進む一団が見える。あれが今回、村へと向かっている魔獣だ。果たして何が彼等を突き動かすのか、ただただ唸り声を上げ、草を踏みしめ走り続けていた。


 魔獣達の進路上を遮るように〈オリオン〉が大地に降り立つ。すぐにレアとエリクは手の上から飛び降りる。


「レア! まずは先頭の奴から叩いて行け!」

「……だってさ! 〈オリオン〉お願い!」


 レアの言葉に『了解』と答え、〈オリオン〉は突進する。


 振り上げられた拳が鉄槌の如く叩き付けられる。集団に先んじていた一体、四足で土を蹴る狼型の魔獣の頭部に命中。断末魔の奇声だけを残して破壊された頭部

が、マナの粒子となって散る。残された身体ももはや維持出来ず、魔獣は淡い光と共に虚空へと消え去って行った。


「やった! 〈オリオン〉その調子!」

「油断すんなよ! 次来るぞ!」


 エリクが叫ぶ。


 魔中の群れは、止まらない。〈オリオン〉達へ襲い掛かるつもりか、無視して村へと迫るつもりか。彼等の行動原理は明確には分かってはいない。今回の襲撃に関しても、村を狙っての事か、進行ルート上にたまたま村があっただけなのか。一つ言える事は、彼等は何らかの手段で遠距離から人間の存在を感知する事が出来る。ここまで接近されては、ミメット村は既に襲撃対象となっていると見て間違いないだろう。


〈オリオン〉が突っ込む。振り上げた右腕が魔獣の身体を捉え、上方へと打ち上げる。二体目撃破。脇を抜けようとした魔獣を、左手で横薙ぎに打ち据える。これで三体目。


「レア! 左側抜かれる!」

「分かった! 〈オリオン〉、左にいる魔獣をやっつけて!」

『了解』


 レアが指示した方向へと半身を返し、移動する〈オリオン〉。あまり離れては危ないと、レアとエリクも後を追う。


「っててて!」

 わき腹を押さえ、エリクはうめく。何しろ、昨日負った怪我だ。本来であれば、激しい運動は控えねばならない。


「大丈夫!?」

「ああ、すまん! 鬱陶しいだろうが気にすんな!」


 後ろを振り向いて言うレアに、エリクは叫ぶ。


 二人がそうしている間にも、〈オリオン〉は魔獣に迫る。一体を足で踏み潰し、一体を平手で叩き潰す。これで五体撃退。


「ああくそ、今度は反対側……レア!!」

「え……きゃあっ!?」


 魔獣の一体が、レアへ向かって突進している。みるみる内に縮まる距離。


「ちっくしょう、だああああっ!!」


 エリクは咄嗟に足下の石を拾い上げる。人の拳より一回り大きい石を両手で掴

み、魔獣へ向かって投げ付ける。わき腹の苦痛と引き替えに投じられた石は、魔獣の胴体側面に直撃する。


『グギャッ!!』

「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 痛みを無視してエリクは走る。抜きはなった剣を腰だめに構え、勢いを乗せて突き出した。

 魔獣の左肩を捉える刃。淡く散るマナの粒子。


「っ! 〈オリオン〉!!」

 レアが叫ぶ頃には、すでに〈オリオン〉は動いていた。右手で魔獣を掴む。エリクが剣を引き抜き、転がるようにして離れるのを確認してから、魔獣を持ち上げ

る。


 もがく魔獣を容赦なく握り潰す。身体の水晶体が砕けて欠片となり、地面へパラパラと落ちていく。やがてマナの光が草を儚く照らしながら、一片残らず虚空へと還って行った。六体目。


「だ……大丈夫、か、レア……」

「うん……。むしろ、こっちが大丈夫って聞きたい……」


 激痛に顔を歪ませ、苦しげに息を荒げ、涙さえ流すエリクの姿。さぞや痛かろうと容易に察せられるその様子は、レアの口から感謝に先立って心配の言葉を引き出すものであった。


「そ、それはそうと! 〈オリオン〉、魔獣は!?」

『魔獣達は依然、南下中』


〈オリオン〉が言う。確かに、魔獣達はこちらを無視し、村の方へと向かってい

る。彼等がミメット村を優先している事は明らかだ。そして幾体かは、もはや追い付けないだろう。取り逃がした格好だ。


「せめて一体でも多く止めて!」


 レアの叫びに、〈オリオン〉が動く。進撃する魔獣達に横合いから突っ込み、勢いに任せて拳を振るう。一体を殴り飛ばし、一体を蹴り上げる。足下を抜いた一体を身を翻して追い掛け、背後から拳を振り下ろす。これで九体目。


「〈オリオン〉、そのまま……!?」

 レアは言い掛けて、止まる。コントラクト・チョーカーが震え始めたためだ。


『注意。マスターは本機から一五◯メイン離れています』

〈オリオン〉の声がする。一定距離が開いている事を知らせる合図らしい。どうやらこの段階では振動だけのようだ。


「か、構わないで! 追って!」

『了解』


 自身も全力で走りながらレアは指示を飛ばす。〈オリオン〉は先程のエリクに倣ってか、足下にある石を拾い上げようとする。いや、むしろ岩と言うべき大きさのものをねじるように掘り起こしていた。


 無造作に振りかぶり、投げ付ける。人の胴体位はありそうな大きさの岩が、狙い澄ましたかのように魔獣の背後へと襲う。


 直撃。重量と速度の両方が備わった投石に、魔獣の身体は粒子と散る。そのまま岩は地面を荒々しく転がり、明後日の方向へと跳ねて行った。これで十体目。


「まだ……っ! そのまま――」

 追って、と言うレアの声は、コントラクト・チョーカーのけたたましい音にかき消された。


『警告。マスターは本機から一八◯メイン離れています。これ以上は危険です』

「だ、大丈夫、すぐ追い付く……!?」

「レア!!」


 足がもつれ、レアは転倒する。エリクが慌てて駆け寄り、助け起こそうとする。


「おいレア、しっかりしろ!」

「だ、大丈……夫、平気、だから……」


 息がせき切れ、上手く言葉が出ない。足に力が入らない。なにしろ〈オリオン〉を追って全速力を続けたのだ。動きを止めた拍子に、気力で無視していた疲労が一気に襲い掛かって来たみたいだった。


『魔獣達の反応が遠ざかって行きます』

〈オリオン〉の声がする。


 合計十体。これが限界だった。これだけの戦力で全体の三分の一を削ったのだから、上等と言える戦果ではあるが、喜ぶ気にはなれない。残った魔獣達が迎撃隊へと襲い掛かるのは必定なのだから。


「……い、急いで追わなきゃ。〈オリオン〉、こ、こっち来て。あたしとエリク

を、乗せて……」


 乱れた呼吸を整えるのももどかしく、レアは〈オリオン〉へと命じようとする。そんな彼女の傍らへひざまずき、エリクは声を掛けた。


「……レア、少し休め。ほら、深呼吸して」

「で、でも……!」

「無茶しないって約束だったろ。嫌だって言うなら無理矢理止めるぞ?」


 エリクに言われて、黙り込む。


 しかしこのままでは、魔獣達が村のみんなに襲い掛かる。何しろ、残りは二十

体。十年前の襲撃と同等の数だ。村でも弓矢を増やし、自警団の規模も拡張する等の対策は取って来たとは言え、犠牲者が出るのは免れないだろう。


 忸怩じくじたる思いがこみ上がる。もっと自分に力があれば。〈オリオン〉が本来の戦闘力を発揮出来ていれば、もっと。


 昨日今日で力を得た人間が、なおも力が足りないと嘆く。悪く取れば思い上がりとも言える心の働きだが、レアにそのような事を省みる余裕などなかった。


「レアは良くやっただろ。みんな、責めたりしないさ」

「だけど……」


 側へとやって来た〈オリオン〉が、ゆっくりと着地する。それを気に留める事もなく、レアは続けた。


「せめて〈オリオン〉が本当の力を発揮出来れば……」

「本当の力? 何だそりゃ」

「〈オリオン〉から聞いたの。今の〈オリオン〉は武器を持っていないから、本来の殲滅力を発揮出来ない、って」


 エリクの疑問に、レアは答える。


「昨日の遺跡、もうちょっと探しておけば良かったかなあ。何か武器が見つかってたかも知れないし……。もし〈オリオン〉が本気で戦えたら、魔獣達も……」


 重苦しい息と一緒に、後悔を吐き出す。せんもない結果論と頭で理解してもなお、言わずにはいられなかった。


『マスター』


 うつむくレアを前に、〈オリオン〉が身を屈め、両膝を付く。


『それは、本機の戦闘モードの起動要請でしょうか?』


 そして発せられた〈オリオン〉の言葉に、しばしの沈黙が流れる。


 ぽかん、とした顔をレアとエリクは互いに見合わせ、次に〈オリオン〉へ視線を送り、


「「……何、それ……?」」

『私は現在通常モードで起動しています。この状態では、本機の能力の全てを発揮する事が出来ません。戦闘モードに切り替える事によりリミッターが解除され、本機はその性能を完全に発揮する事が可能となります』


 再びの沈黙。やがてレアが口を開き、


「……つまり、今まで本気出してなかったって事……?」

『肯定』


「本気、出せるの……?」

「あなたからの命令さえあれば」


 三度目の沈黙。レアはまず全てを察したような笑みを浮かべ、次に肺一杯に大きく息を吸い込み、


「それを早く言いなさいよおおおおおおおおおおっ!?」


 最後に腹の底からあらん限りの叫び声を上げた。


『そう言えば、言っていませんでしたね。聞かれませんでしたので』

「今! この事態にこそ! 必要だって! 分からないかなあっ!?」


『戦闘モードはマスターからの要請がなければ起動出来ません。私の判断で使用する事も、私から使用の提案をする事も出来ません』

「ああ、もうっ!」


 融通が利くようで、利かない。〈オリオン〉に対して漠然と感じていた印象は正しかったと悟り、レアは思わず頭を抱える。


「要請する! その戦闘モードとやら、使って良いから! 今すぐ使って下さ

い!」

『マスターの要請を確認。マスタールーム開放』


 その言葉を合図に、〈オリオン〉に異変が起こる。


 ばしゅう、と空気が抜けるような音と共に、〈オリオン〉の胴体の前面が縦に割れる。内側から漏れた光が、夜闇を切り取る。そのまま扉のように左右に分かれ、機械仕掛けの体内が露わとなった。


 ごく簡素な球形の空間。つるりとした壁に覆われた内部にあって、何よりもレアの目を引いたのは、中央にたった一つ備えられた椅子であった。飾り気もなく主を待つその椅子は、彼女の目には選ばれし者を迎え入れる玉座のように映った。


『さあどうぞ、マスター・レア』

「あ……あなたの中に入れって事よね……?」

『肯定。マスターが本機のマスタールームに入る事により、私は戦闘モードへの切り替えが可能となります』


 そう言って〈オリオン〉は手を差し出す。


 迷っている暇はない。レアは〈オリオン〉の手を足場代わりにし、そのままマスタールーム内部へと入り込んだ。


「ええと、この椅子に座るのね。……わあっ!?」

『身体を支えるために、こちらを掴んで下さい』


 レアが座ると、椅子の両脇から肘掛けのようなものが持ち上がって来た。それぞれの先端には棒状の握り手が突き出している。言われた通りに、握ってみる。手に吸い付くような、不思議な感触だった。


〈オリオン〉の胴体が閉じる。照明のおかげで内部は明るいが、これでは外の様子が分からない……と思ったところで、内部の壁全面に外の風景が映し出される。ガラス越しのように鮮明な風景の中に、呆気に取られたように見上げるエリクの姿が見えた。午前中に見たカメラの映像の類だろうとは気付いたが、視界的には宙に浮いた椅子に座っているみたいで、レアは中々に落ち着かない気分であった。


「えっと……、あたしはこれからどうすれば良いの?」

『戦闘モード起動、と私に命じて下さい』


〈オリオン〉は言った。レアはごくり、と唾を飲み込み、


「……〈オリオン〉、戦闘モード起動。村を襲う魔獣を全部やっつけちゃいなさ

い!」

『了解。戦闘モード起動』


 鋭い双眸そうぼうが一際強く夜闇に浮かび、巨人のくさびが解き放たれた。


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