5 騒がしい朝
意識がおぼろげな像を結んだ時、レアは真っ暗な空間の中に一人ぽつんと取り残されていることに気が付いた。
「ここはどこ? ねえ、誰かいないの? 〈オリオン〉?」
呼び掛ける声は、虚しく闇の中へと溶けて行く。辺りを見渡しても、吸い込まれるような暗黒の世界ばかりが広がっているだけだ。
途方に暮れるレアの背後に、複数の足音が迫る。すがるようにレアが振り向くとそこには、
「我々は『レアを〈オリオン〉から二◯◯メイン引き離して、首のチョーカーを爆破させちゃうぞ団』である! 我々の目的は、レアを〈オリオン〉から二◯◯メ」
「それ以上の説明は要りません!! 大変親切な団名のおかげで、事態がサッパリ分からないのにあたしの首から上が危機に晒されているって事だけは良く分かりましたので!!」
全身黒タイツ。見た目からして怪しい上、こちらに危害を加える気満々な名前の方々に完全包囲され、レアは悲鳴を上げる。
「早いとこ逃げよう……って動けない!?」
「はっはっは。既に君は我々の手によって拘束されているのだよ!」
レアが自身の身体に目をやれば、何時の間にやら荒縄でぐるぐる巻きにされた我が身が映る。肩口辺りからつま先まで隙間なくギッチリ縄が巻き付いた状態は、さながら人間ミノムシか逆エビフライとでも言うべき有様であった。
「そして今から我々は、君を〈オリオン〉から二◯◯メイン離れた場所まで持ち運ぶのだ、覚悟しろ!!」
「したくありません!! って言うか、〈オリオン〉は何処!?」
『ここです、マスター・レア』
レアの叫びに、何時の間にか傍らに立っていた〈オリオン〉が応えた。先程まで全く姿が見当たらなかったのに、一体何処から現れたのか。今のレアにそんな事を気にする余裕などない。旧文明の力であればこの窮地を切り抜けられるだろうとの公算を付け、レアは〈オリオン〉に向かって指示を叫んだ。
「〈オリオン〉! 今すぐあたしを助けて!!」
『無理です。私も既に縄でぐるぐる巻きにされていますので』
「対策済み!? 手際良いなあこの人達!?」
そして無慈悲なる荒縄の餌食となった〈オリオン〉の姿に、レアは己の公算が嵐に舞うチリ紙の如く彼方へと飛び去った事を知った。
「さあみんな、行くぞ!」
リーダーらしき人物の呼号を合図に『レアを(中略)団』は神輿よろしくレアを担ぎ上げ、勢い良く走り出した。レアは激しくもがき、抵抗するも、荒縄の前には所詮焼け石に水であった。
「嫌だよ!? あたしまだ死にたくないよ!?」
レアが叫ぶと同時に、『二◯◯メイン』と書かれた看板が彼女の視界の隅を流れ
る。
首元のコントラクト・チョーカーから、眩い光が膨れ上がる。
『チュドーン!』と言うチープな爆発音が世界中に広がり、ドクロ型の爆炎が陽気な笑い声を響かせた――
……と言ったところで、レアはようやく珍奇な夢から目醒めた。
窓から差し込む柔らかな朝日は、憎らしい程に眩しく輝いて見えた。
「う〜……。ラダさんおはよぉございます……」
「おはよう、レアちゃん。昨日は良く眠れた?」
「あたしのこの表情で判断出来ませんか……?」
「あらあら。興奮して良く眠れなかった、って顔ね」
「絶望と悲嘆と苦悶と恐怖がそれぞれ四分の一ずつで、そこに間違っても興奮は入ってませんよ!?」
「おはよー、レア。……何その『レアを〈オリオン〉から二◯◯メイン以上引き離して、首のチョーカーを爆発させちゃうぞ団』の人達から荒縄でぐるぐる巻きにされた挙句、神輿みたいに担ぎ上げられて〈オリオン〉から二百メイン離されて首が爆発する夢を見た、って感じの顔は」
「あなたの洞察力、もはやエスパーの領域にまで踏み込んでないイルマ!?」
『おはようございます、マスター。朝から元気ですね』
「その言い方、微妙に騒がしい原因があたし一人だけにあるみたいな感じに聞こえるんだけど〈オリオン〉!?」
騒がしいリビングの風景は、「朝からうるさいぞ」とサロモン達がやって来るまで続くのであった。
エイベル一家が朝食を済ませ、片付けをしている辺りで、にわかに庭の方が騒がしくなって来た。恐らく――と言うより間違いなく、〈オリオン〉目当ての住民達が集まって来たのだろう。昨夜の熱狂は一先ず落ち着いているとは言え、穏やかな朝とは程遠い光景である。
「取り敢えず、皆に詳しい事情を説明しよう。わしも改めて話を聞きたいしな。庭先では何だから、広場へ移動しよう」
……と言うサロモンの裁断で、レアは広場にて、村人達へ昨日の出来事を話す事になった。
広場を埋め尽くす人、人、人……。流石に村人全員ではないとは言え、ざっと見ても二百を軽く超えるであろう人数の前に出て話をするのは、彼女にとって初めての経験であった。
レアとエリクが山菜採りの最中、偶然旧文明の遺跡を見付けた事。興味本位で内部を探索した結果、〈オリオン〉を発見した事。内部に入り込んでいた魔獣に襲われ、咄嗟に〈オリオン〉を動かして事なきを得た事。その際レアが首に装着したコントラクト・チョーカーは外す事が出来ず、〈オリオン〉から二百メイン以上離れると爆発してしまう事――
大勢の視線に晒される中、記憶を頼りに筋道立てた説明をするのは想像以上の難事業ではあった。しかし所々でエリクからの助け船もあり、何よりも村人達が話を聞いている間、殆ど騒がずにいてくれたおかげで、レアは一通りの話をする事が出来た。
「――とまあ、そんな感じです。〈オリオン〉は私の言う事を聞いてくれるので、いきなり暴れだすとか、そう言う心配はないと思います。そうだよね、〈オリオ
ン〉?」
『肯定。私はマスター・レアからの命令がない限り、民間人へ危害を加える事はありません。どうかご安心下さい』
「ビミョーに不本意な説明ね……。あたしそんな事する気ないからね」
『了解。私は民間人へ危害を加える事はありません。どうかご安心下さい』
いちいち形式張った発言を行う〈オリオン〉に、レアは顔をしかめる。そんな二人の様子がおかしいのか、集まった人々の間からちらほらと笑いが漏れる。
「取り敢えず、あたしからは以上です。何か質問とか……」
言った瞬間、それまでの従順さが嘘のような勢いで、村人達からの怒涛の質問攻めが炸裂した。
皆が皆、興味と興奮で瞳をギラつかせながら、遠慮も秩序も何もなく声を張り上げた。レアにはもはや、誰が何を言っているのかさえ全く判別が出来なかった。
『マスター。どの質問から回答すれば良いのでしょうか?』
そんな中〈オリオン〉の淡々とした質問が、荒ぶる喧騒を押しのけてレアの耳に届いた。
「そう言われてもあたし、誰がどんな質問したのか分かんないんだけど……って、ちょっと待って。もしかして〈オリオン〉、あれを聞き分けられたの?」
『肯定。完全ではありませんが、推論で補える範疇です』
〈オリオン〉はサラリと言ってのける。旧文明のゴレムは、とことん優秀であるらしい。
「お前は聞き分けたかも知れないが、俺らは分かんねえからな。手を挙げて貰っ
て、指名した人から聞いて行く事にしようぜ」
最終的に、エリクの提案によって混沌に終止符が打たれる事となった。
挙手する村人の中からレアは適当に目に付いた人を指名して行く。
「本当に機械が喋ってるの? どこかに人が隠れてるとかじゃなくて?」
『肯定。中に人はいません」
「燃料とかどうなってんの?」
『大気中のマナを吸収しています』
「良く壊れずにいられましたね?」
『本機は自動修復機能を搭載していますので』
「本当に爆発するのか、試しにレアちゃんから離れてみて」
「上手く行った場合、あたしが死にますのでご遠慮願います」
「随分とデカイけど、身長とかどれだけあるんだ?」
『全長八・七メイン、重量一〇・七トラムです』
「好きな事とかは?」
『私はあくまでプログラムですので、人間で言う好みは存在しません』
「その何とかチョーカーっての、試しに無理矢理外してみて」
「隙あらばあたしの首を飛ばそうとするの止めてくれませんか」
村人達からの質問に、一つずつ答えて行く。
そんな中、
「……あっ!」
「ハナさん、どうしたんですか?」
一人の女性が、唐突に声を上げた。村の教会でシスターをやっているハナだ。
「いえ、そろそろ鐘を鳴らす時間だと思いまして」
時刻を知らせる鐘を鳴らすのはシスターの仕事の一つ、そして広場の時計は『八時五十一分』を指している。ハナが時間を気にするのも道理と言うものだった。
「もう良いだろう、皆。さあ、解散だ」
サロモンの言葉で、質問会はお開きとなった。




